罪人たち
10年前、議員とその関係する協力者の数を大きく減らす原因になった事件がある。
それは、ルードゥ・ハストという1人の犯罪者的思考を持つ人物が神殿に送り込まれ、地位を確立していった、その背景を調査する過程においてだ。
神殿はこれを理由に徹底した調査を行い、一見関係ないと見える場所までも調べ上げて神殿のありとあらゆる場所から議会関係者の手垢のついたものを排除した。
何しろ、聖女に恐怖を与え、命令を無視して精神的に抑えつけようとしたのだ。
記録映像を見た神官たちは激怒し、殺すにしてもただ殺すだけでは済まさないと意見が一致した。
彼がこの事件で唯一死刑となったのは、その悲惨な死に様を見せしめとするため。理由はそれだけに尽きる。
神殿は議員たちの犯罪を暴き、その罪により多くの人間が捕らえられたが、これで最も得をしたのは神殿でも、無辜の人々でもない。
大勢の議員がその地位を追われ、そもそも少なかった議員の数が一気に減り、何よりも誰よりも得をした者。
それはトカゲの尻尾切りなどで罪を隠しおおせた残りの議員たちである。
彼らは失脚した、あるいは犯罪者となって市民権を失い消えた議員たちの利権を我が物とした。
それにより権勢はますます強まる。
議員どもをようやく削れたと喜んだ神殿側には頭の痛いことだった。
神殿にとって政治家どもはただの犯罪者である。
対する議会にとっても、神殿は聖女を盾に都市を支配する犯罪者集団であった。
一般市民からすればどちらもどちら。
実態を知らなければ美しいと信じていられるが、知ってしまえば眉をひそめるだろう。
そして薄々そうと気がつきながら目を逸らしているのだ。
誰もが罪の片棒を担ぎ、罪の上にそれぞれの与えられた幸せを後生大事に抱えて生きていた。
「父さん、帝国の将軍どうだった?」
ダイナは息子に訊かれて即座に答えられなかった。
彼の中に明確な答えが無かったからではない。
その将軍に対しての彼の気持ちや過去を知られたくなかったからだ。
「うん……どうだろうな」
言葉を濁した父親に、子どもは無邪気に続ける。
「カッコよかった? 都市王なんだよね、その人が。空にたくさん鳥が飛んでて、その鳥が人の言葉を話したんだ。お帰りなさいって。帝国の将軍はソーリャに住んでた事があるのかな? 隣んちのトールの父さんは『強そうだった』って言ってたんだって。父さんはどう思った? やっぱり強そうだった?」
「うん、そうだな。強そうだったな」
「そっか、やっぱり強そうなんだ。どのくらい? 父さんとどっちが強い?」
ダイナは目を輝かせる息子に苦笑した。
「相手は将軍なんだから、父さんじゃ相手にならないよ」
「そうかな、だって父さんは元兵士だし、神殿でも強い兵士が集まってる部隊にいたって聞いたよ。それでも?」
「それでもだよ。大体、そんな話誰に聞いたんだ」
少しばかり不機嫌な空気になった父に、息子はそれでも気づかない。
物静かで善良な、あまり心のうちを語らないかわりに進んで人助けをする父親は、近所でも評判が良く子どもの自慢の父親だ。
普段は忙しくてなかなか家にいない父。大好きな父と会話ができる機会に彼は浮かれていた。
「みんな言ってるよ。ねえ、戦ったらどっちが強い?」
子どもにとって父は英雄である。
彼の知る狭い世界の中での、だが、それでも英雄は英雄に違いない。
どう言ったものかと困り果てるダイナの、表面に表れない心境を読み取って、妻のユーリエは優しく言った。
「さあもうそのぐらいにしなさい。父さんはまだご飯を食べてないのよ? 準備を手伝ってちょうだい」
「は─い」
妻と目が合うと、ダイナはこっそり目で礼を言う。
妻はそれに小さくうなずいて、子どもを連れて奥の台所へと引っ込んだ。
1人になると、ダイナはため息をついた。
帝国の将軍、ウォーダン・エヴァンズ・グリュプス。
ダイナは彼を知っている。
おそらく、知っている人物だろうと思っている。
当時彼は元移民の子どもで、都市の外で結界の内側にあるテント村で暮らしていた。
あの時の子どもが、成長して、将軍となって帰ってきたのだ。
それを、ダイナは羨ましいような、申し訳ないような気持ちで畑の端から見つめていた。
人々が見上げる中をゆっくりと進む帝国軍の軍列。
その先頭を神官たちを従えてゆくのは、長い黒のマントに黒銀の鎧の精悍な若者。
眩しさに目を細めたのは、春の日の陽光のせいか。
ダイナの胸には己の犯した過去の罪が重苦しくのしかかっていた。




