変わらぬ君
犠牲は必要だったのだろうか?
何かが違えば、誰も傷つかずに済んだのだろうか?
いずれにしても戦いは起きてしまった。
死者はソーリャ側に60人ほど。帝国側にも数名出た。
今も、病院では生き延びられるかどうか怪しい者たちが手当てを受けている。
この程度で済んだのは、兵数の差からだ。
都市の防衛を結界と旧時代の兵器に頼っていたソーリャは、そもそもの兵が少ない。
そこへ持ってきて、帝国は大陸ひとつを相手にする覚悟で兵を投入してきている。
皇帝から見れば、戦場で全滅しても構わない貴族とその兵が大半だが、合わせれば15万もの軍勢だ。
そのほとんどは後方、海岸線沿いの町や村に待機しているとはいえ、ソーリャの兵士数5000と比べれば彼我の差は圧倒的だった。
しかもその5000のうち、半分以上の3000が神殿兵である。
都市兵2000、その中からハーレイ・アバノーシアに従ったのは1300人ほど。
銃器類を持っているとはいえ、それに対抗する結界を張られた上での戦闘はソーリャ側にとって厳しい結果となった。
それは帝国にとっては大勝利である事は間違いない。
実際、ソーリャの包囲戦で死ぬ覚悟でいた帝国兵たちは浮かれ騒いでいる。
背後で待つ貴族たちの軍からすれば彼らは捨て駒であり、死兵として派手に散って、彼ら貴族のためにソーリャにダメージを与える、またはそれができなくとも手の内をさらさせるための存在であった。
それが分かっているから、このあまりに易々と手に入った勝利が嬉しくてたまらない。
彼らの中には「ざまあみろ、貴族ども!」「お前らが手にできるものなんて何もないぞ!」と叫んでいる者もいた。
ウォーダンはそれらに苦笑しつつ、事後の処理を部下に命じると、エドガーとともに神殿の奥へと進んだ。
「アナスタシアが段取ってくれたのに、結局犠牲を出してしまったな」
広場の前の建物を抜けると、そこは中庭になっている。
美しく手入れされた花壇の間をたどりながらウォーダンがそう言うと、エドガーは微笑んだ。
「一般市民には被害が出ていませんよ。それに兵士といっても、ハーレイ・アバノーシアの下についた時点で、彼らは私兵となったようなものです。彼らの行いは都市の軍備を盗んだも同然。無知ゆえの愚かさですが、そのツケを払っただけですよ」
「手厳しいな」
「誰もが『都市王』などと馬鹿馬鹿しいと思ったでしょう。ですがそれは神殿から正式に出た言葉である以上、ソーリャの人間なら足蹴にしてよいものではないのです。ここはソーリャで、代々の聖女が『ソーリャ』の名を持つのは意味のない事ではないのですから」
神殿に仕える高位者ならば誰でも知っている。
ソーリャは、初代聖女ターニャ・ソーリャが作り上げた街。
そして次の聖女へと引き継がれてきた街なのだ。
この街の真の所有者は神殿でも議会でもない。
常に、ソーリャの名を継ぐたった1人の女性だったのだ。
聖女は結界を張るため、その中の人間を守るためだけにいる。
そう人々が思い込むよう、神官たちはずっと操作してきた。
その上いつからか議員たちは、自分たちがその役割を聖女に与えているのだとそう考えるようになったが、神殿はそれをいさめる事はしなかった。
好きにすればいいと思っていたし、何より真実を知らされていない者たちにわずかでもヒントになるような事を教えたくはなかった。
そしてそれは正しかったのだと、今日証明されたようなものだ。
議員たちは、聖女を、彼女たちの苦しみと労力を、あまりにも軽く見すぎている。
一生を都市のために捧げ、自由を奪われるという事実だけでも普通は耐えがたいというのに。
中庭の奥には門がある。その門を開いてさらに奥へと2人は進んだ。
門の先はまた別の庭になっている。
先ほどまでの庭が散策するためものだとしたら、こちらは部屋から眺めるための庭だろうか。
緑が目に鮮やかな芝生の間を人口の浅い川が流れる、広々とした庭の所々に、季節には美しく花を咲かせるのだろう大きな木が立っている。
中心には3階建てのコの字型の建物を2つ並べたような大きな洋館があって、そしてそこはこの庭だけでなく神殿の、そしてソーリャの中心。聖女たちが暮らす館であった。
「あれが、聖女の住まいです。聖女の間と呼ばれる場所もあの中にあります」
ウォーダンは表情を硬くした。
あそこにセレフィアムがいる。
どうしても、この目で姿を見たかった。
全ては聖女アナスタシアのタチの悪いサプライズで、実は婚約者候補たちから隠れるための嘘なのだと、そう言われる事を期待していた。
「本当に、ご覧になりますか」
「ああ」
聖女の館の3階。
今はもう誰もいない館の最上階の頑丈な扉、システムの認識装置によってしか開かない扉の向こうで、彼女は眠っていた。
草原の風になびいていた金色の髪が凍りついている。
生き生きと感情を乗せる大きな瞳は、閉じられたまま。
別れたあの頃からひとつも変わらない、幼いままの彼女。
ぎり、と唇を噛んで、ウォーダンは拳をポッドの表面に押し付けた。
「どうして」
どうして、なぜ、こんなことに。
言っても仕方のない言葉がぐるぐると頭の中をめぐる。
なぜ。
なぜ、君は死んで、俺は生きている。
さらに強く噛んだ唇から、口の中に血の味が広がった。




