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無防備都市  作者: 昼咲月見草
侵略

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35/89

聖女の役割

 ハーレイは満足だった。


 自分が負けることなど想像もしていなかった。


 ソーリャの軍事力は、兵の数こそ少ないものの世界でも最強の力を持つ。

 それは旧時代の技術に裏打ちされた強さであったが、ソーリャに生まれ、ソーリャで育った特権階級のハーレイにとっては己の力そのものである。


 彼の前に並ぶ兵器と、それを扱うための兵士たち。


 それら全てが彼の命ずるままに動いている。


 最高の気分だった。



 毎年行われるソーリャの軍事訓練には、各国から多くの要人たちが集まってくる。

 失われた旧時代の科学を見ようと、あわよくば同じものをどうにか自国でも作り出せないかと考えて。

 そして圧倒的な力の差に絶望して帰って行くのだ。


 ソーリャですら、旧時代の地下施設と当時の技術者の残したマニュアルが無ければ再現は不可能な技術ばかりだ。

 その基盤がない他国ではどうやっても真似できない。

 ソーリャも、それらの技術や情報をよそへ漏らすつもりは全くなかった。



 その圧倒的な暴力が、彼の力として今目の前にある。



 例え帝国軍相手でも負ける事はあり得ない。


 不敗を誇るという帝国の将軍に土をつけ、目障りな旧家の議員どもを追い出し、ソーリャの救世主としてこの街を支配する。

 その時には、聖女の間から出られずにいるあの生意気な小娘を一度は妻にしなければならないだろうが、そんな事は些細な事だ。

 使い続ける必要が無くなれば始末してもいいし、また聖女の間に閉じ込めてもいい。

 女など向こうからいくらでも寄ってくるのだから、その中から従順なものを選べばいいのだ。何も可愛げのない妻に我慢する義理はない。


 だが、とハーレイは笑った。


 案外、聖女の間から出られて僕の足元で泣いて感謝するかもしれない。

 そうしたら、少しは許してやらないでもない。



 聖女セレフィアムは、婚約者候補として初めて顔を合わせたさい、ひどく冷たい態度で彼の事を見下した。

 我儘に育てられた子どものする事だと笑顔で対応したが、本音のところは不愉快だった。


 過去に聖女と結婚した男たちはみなソーリャ議員の関係者だけで、若い娘が選ばれるようになってからはその結婚生活は大抵数年程度で、多くは他に恋人を持っていたという。


 誰からも必要とされないような少女を聖女に仕立て上げているのだ。

 夫側にとってその結婚が喜ばしいものでなかった事は想像に難くない。

 だがそれを押し殺して、街のために好きでもない女の機嫌を取る。それができる者が夫候補となった。


 ハーレイもまた、まだ若いながら理性的であり、紳士的な態度を崩さないところが買われて候補の1人に選ばれた。


 そうして会った聖女は、顔は人形のように美しいが、高慢で身の程を知らない子どもだった。

 聖女は孤児の中から連れてこられ、己の出自を知らされないまま生涯を終える。それは政治家とその一族にとっては公然の秘密だ。

 たかが孤児が聖女と担ぎ上げられていい気になっている。

 そういう印象だった。


 恋人ならすでに何人もいる。


 その誰とも結婚する気などさらさらないが、もしもあの聖女が縋り付いて謝るなら許す事を考えてやってもいい。



 彼の頭の中では、自身が『都市王』となり、ソーリャに輝かしく君臨する、そんな未来が見えていた。










 結界を張り終えると、ウォーダンはソーリャの都市機能で軍備に関するものを調べ出した。


 アナスタシアの記録の通り、車両関係は全てソーリャの支配下にある。

 それぞれの車両の電源を切ってしまえば、現場の兵士たちがどう頑張っても絶対に動かない。

 単純な火薬式の銃ぐらいなら動くだろうが、戦車や装甲車の兵器は一切使用できないのだ。


 全ての軍備の電源を落とす。


 すると前線にいた兵士たちが慌て出した。


 彼らからすれば、帝国もどこの国も皆同じ。

 強力な兵器の前に消し飛ぶ塵芥である。

 だが、突然頼みの綱のその兵器がただの鉄の塊になってしまったら。



「アバノーシア様、戦車が動きません!」


「装甲車もです! 銃器類は車両から外せば使えそうですが、時間がかかります!」


「エネルギー銃はダメです!」



 次々入る報告に、ハーレイは兵士へ指示を出せずにいた。


 予想もしなかった出来事に、頭の中は凍りついてしまって言葉がでない。



「なぜだ、なぜ動かない!」



 必死でようやくそれだけ言葉を絞り出したが、帰ってくるのは悲鳴のような声ばかりだ。



「分かりません!」


「エンジンがかからないのです!」


「兵器は安全装置が外れません!」


「どういう事だ!」


「おそらく兵器や車両も、都市機能の支配下なのだと……」


「なんだと……」



 都市機能の全てはその街の人工知能の管制下にある。

 それは人々の生活に不可欠なもののみならず、都市の防備に関するものまでがそうであった。


 旧時代の人々にとっては当たり前のことも、この時代の人々にとってはそうではない。


 何が、あるいは何のどこまでが機械の管理下にあるものなのか、もしくは機械で管理が可能なのか。

 彼らには分からない。

 それらは学校や家庭で教えられるものではないからだ。


 一部の専門的な人間が詳細を知っているだけのこと。

 そして機械が当たり前でない社会においては、誰も知らなくとも問題のない事なのだ。


 現在ソーリャでは、人工知能の代わりを聖女が行っている。

 壊れて復旧が不可能となった都市の基幹部分を、人間が補っているのだ。

 だから彼女たちには強い利他心と強い自制心が求められた。そしてソーリャの全ての人への愛も。


 ソーリャの聖女は結界を作り出して人々を守る、ただそれだけの存在だと議員たちは認識していた。

 もちろんハーレイもだ。



「アバノーシア様、指示をお願いします! アバノーシア様!」



 兵士たちは指揮官の命令を求めて叫び、待機している。

 だがその期待が叶えられることはなかった。


 動かない大型装甲車の後部には、緊急時に手動で開くドアがある。

 その非常時の脱出ドアが開かれ、閉じられもしないまま大きく揺れていた。










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