抵抗
都市の警備兵は議会の配下だ。
彼らの多くは、都市のシステムが受け入れた『都市王』という存在を受け入れられずにいた。
神殿からお告げが伝えられたときは、誰もがそれは都市の中から現れるのだと信じていたのだ。
帝国と戦うために必要な力を持つ人間が選ばれるのだと。
だが蓋を開けてみればどうだ。
都市の人間ではない帝国の将軍を、ソーリャのシステムは都市王として認め、『お帰りなさい』と歓迎している。
ソーリャを出て行った人間だという事なのだろうか。
だが、彼らが愛する、守るべきソーリャを捨てた人間が、ソーリャに選ばれるなどあっていいことではない。
帝国軍に大人しく投降するべきか否か。
兵士たちの意見はまとまらず、いくつもの主張が為された。
そんな中、徹底抗戦を唱える者が現れる。
議会議員の中でも若手の、ハーレイ・アバノーシア。
清潔感ある見た目の好青年で、現在25才。
過去には聖女セレフィアムの婚約者候補の1人となった人物だ。
爽やかな印象にも関わらず、情熱的に改革を訴える彼こそが、次のソーリャを支える議長には相応しいと考える者も多かった。
多くの議員たちが帝国軍に従うことを選ぶ中、彼は兵士たちの前でこう語った。
「諸君! 都市王とはなんだ! それは独裁的な帝国のやり方で、我々ソーリャの民主主義を破壊しようとするからくりではないのか! そもそも、これまで我らソーリャの歴史にそのような胡散臭いものが存在した事はなく、あやしげな支配体制が敷かれた事もない! それを思えば、このどこからともなくやってきた『都市王』なる言葉は、帝国の侵略作戦のひとつではないのか!」
拳を握り締め、我ら、我々、と語りかけるハーレイの真剣な眼差しは、兵士1人1人へと次々向けられる。
目が合った兵士はみな、ごくりと唾を呑み込んだ。
「考えてもみてほしい、兵士諸君。我々のソーリャは、ここ数年おかしな事ばかりではなかったか。我が愛する婚約者である聖女セレフィアムは、都市機能の劣化により亡くなったアナスタシア様の跡を継ぎ、わずか12才で聖女の間に籠る事となった。以降、誰とも接触せず1人で祈り続けている……」
ハーレイはセレフィアムの婚約者候補の1人であったのだが、それをあえて『婚約者』と断言し、彼は悔しげな表情を作った。
ここで帝国軍に勝利を収める事さえできれば、全ての問題はなくなる。
アバナーシア家は議会の中では新参の一族で、議長や副議長、役職持ちの議員の一族と比べれば格下だと認識されている。
議長席も役員職も、議員席同様に代々引き継がれるもので、後発の家はいつまでたってもその末席という扱いだ。
なんとか上へ行こうと聖女の婚約者に立候補したり、妹を友人として神殿に通わせたりとやってみたが上手くいかない。
そこで次は改革を目指して兵士や下層の人間に近づいてみたが、どいつもこいつも下品で図々しく騒がしい。
こんな連中とずっと付き合っていては己の格が下がると吐き気がしたが、それを表に出すわけにもいかず、人生とはどうしてこんなにも面倒ごとばかりなのかと憂う日々だった。
そこへ帝国が攻めてきたのだ。
最初は帝国に取り入ろうと考えたが、『都市王』というお告げを聞いて考えを変えた。
勝てばよし。
負けても、どうせ帝国の支配下になれば何もかも失うのだ。
ならば、この命を賭けてソーリャを手にする夢を掴みに行く。
「これは帝国の策略なのだ! 幼くして急に母の跡を継ぐ事となった聖女の隙をつき、ソーリャのシステムを混乱させているのだ! 兵士諸君! どうかわたしとともにソーリャのため、聖女セレフィアムのために戦って欲しい!!」
歓声が上がった。
兵士たちはみな興奮して腕を振り上げ叫んでいる。
彼らはその腕を振り下ろす先を欲していた。『あれこそ敵だ、あれこそ悪だ』と指し示してくれる誰かを、指示し、命じてくれる誰かを欲していた。
ハーレイはその様を満足げに見やり、手を上げて兵士たちに応える。
彼は今、自身の野望に他の多くの命を賭けさせることに成功したのだった。




