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無防備都市  作者: 昼咲月見草
侵略

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31/89

王の帰還

 人々は帝国の軍に街を囲まれても、一向に気にしていなかった。


 ソーリャの街は結界によって守られている。

 帝国の軍など恐れる必要がない。


 だから、海岸の町や村が侵略されていると耳にしても、軍隊がやってきて街を囲んでも、まるで何かの催しのように感じていたし、軍が動き出しても特等席で劇を見られると喜ぶような気分でいた。


 さすがに草原まで出る者はいないが、テント村や農地になっている辺りには大勢の見物人が集まって、露台が組まれたり屋台が出ていたりと、誰も彼もが楽しげに浮かれている。



 ソーリャには確かに軍隊がない。


 だが街も神殿も兵士を抱えてはいるし、他のどの国にもない旧時代の武器や乗り物もあった。

 数は確かに少ないが、乗り物といえば馬、武器といえば剣と魔法しかないレベルで、ソーリャと戦おうなどあまりに無謀。

 誰もがそう考えていた。



 その様子が変わったのは、軍を率いる指揮官とおぼしき人物のそばに、見慣れた神官服を見つけたときだ。



 紫の神官服に、青の神官服と、緑の神官服。

 それは間違いなくソーリャの神殿のものだ。

 そしてそれを着ている人物ももちろん、彼らのよく知る人物に間違いない。



「おい、あれはエドガー様じゃないのか?」


「エドガー様だよ、そうだ」


「なんであんなところにいるんだ?」


「まさか誘拐、とか」


「人質に取られてるのか?」


「いやでも、後ろには他の神官様や神殿兵もいる」


「どうなってるんだ?」



 街と軍の間には、時折淡くゆらぐ透明な結界がある。

 整然と進んでくる軍は、もうすぐ結界に阻まれる、誰もがそう思った。


 1人で進み出た指揮官が、ゆっくりと結界に近づくと、手を伸ばして結界に触れた。


 すると、結界が大きく揺れて消えた。

 そして辺りに声が響く。


 それはソーリャのあらゆる場所で、あらゆる機械や設備から放送されていた。

 畑や草原では上空を小型無人機が飛び回っている。



『お帰りなさい、ウォーダン。ソーリャはあなたを都市王として受け入れます。善き政を敷いてください。あなたに祝福を。ソーリャの全てのシステムは、これよりあなたの管理下となります』



 街の中心にある神殿から、一条の光が放たれた。

 それはまっすぐにウォーダンへと向かってくる。

 そして彼の周囲をくるくると回って包み、虹色に光り輝くと、まるでウォーダンの中に吸収されるようにして消えて行った。


 

 人々はしばし呆然としていた。


 目の前で起こった事が理解できなかった。


 だが現実を拒否する人々を許すまいとするように、繰り返し声が響く。



『お帰りなさい、ウォーダン。ソーリャはあなたを都市王として受け入れます。善き政を敷いてください。あなたに祝福を。ソーリャの全てのシステムは、これよりあなたの指揮下となります』



 人々は気がついた。

 街を守る兵士たちはそこかしこにいる。

 だが、神殿の兵士はどこにも見当たらなかった。


 高位の神官を従える人物。


 消えた結界。


 帰還を歓迎する女の声。


 そして都市王。


 逃げ出すべきなのか。

 だがどこへ?

 人々がうろたえ、動き出そうとしたそのとき、女の声が止まった。


 そしてしばらくの後、次に聞こえてきたのは若い男の声だ。



『わたしははミッドガルシャ帝国将軍、ウォーダン・エヴァンズ・グリュプスだ。ソーリャはこれより我がミッドガルシャ帝国の支配下となる。抵抗しなければ暴力で押さえつける事はしない。諸君らの冷静な対応を願う』



 その言葉のあと指揮官が手を挙げると、背後でとどまっていた軍列が再び動き出した。

 ソーリャへと向けて。


 凍りついたようにその場から動けない者。

 恐る恐る動き出して家へと戻り、戸締りをして家族で身を寄せ合う者。

 怒りに満ちた表情で兵士の詰め所へと向かう者。


 様々な動きをする者がいる中、帝国軍は街へと入ってくる。


 空から小型の無人機が花やきらめく紙吹雪を降らせ始めた。


 楽しげな鈴の音が鳴り響く。


 凍りつき、怯える都市の住民たちの間を、まるで英雄の凱旋のように帝国軍が進む。



「派手だな」



 ウォーダンが思わずといった風情で独りごちる。

 それをすぐ後ろで聞いたエドガーが笑みを浮かべた。



「アナスタシア様でしょうね、用意したのは。あの方はいたずら好きで楽しい事が大好きでした」



 ふざけ過ぎじゃないのか、とウォーダンは思ったが口にはしない。

 都市自体の機能にこれだけ歓迎されていれば、正義を口にして戦闘を行う事はできないだろう。

 それは畢竟、都市にもそこに住む人間にも被害を出さずに済むという事だ。


 抵抗がゼロになる事はないだろうが、どちらにも傷が少なく済むならそれに越した事はない。

 聖女は、それをこそ望んでいるのではないかと思われた。




 道の端に組み立てられた露台の上で、子どもが目を輝かせて手を振った。

 それを親が慌ててやめさせる。


 まだ物事がよく分かっていない子どもの目には、これがパレードのように見えているのかもしれない。



 ウォーダンは苦笑して、泣きそうになっている子どもに向けて手を上げ、軽く振った。

 子どもは破顔して親の制止を振り切り、ぶんぶんと大きく手を振り返す。


 周囲の子どもたちもそれに倣って手を振り出した。


 金銀のきらめく紙吹雪を無人機が撒いていく。

 一緒に大小様々、色も種類も様々な花々が降ってくる。


 子どもたちは笑い声を上げながら楽しそうに手を振っている。


 親たちは今度はそれを止められなかった。

 止めれば、帝国軍の機嫌を損ねるのではと心配になったからだ。



 鈴の音が鳴り続く。



 それはまさに、王の帰還であった。










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