怯える者、怒る者、喜ぶ者、笑う者
5日ほど前、神殿からお告げがあった。
ソーリャの神殿がお告げを出すのは珍しいことで、事件でも天災でも、神殿から明確な言葉があることはほとんどない。
ソーリャの聖女は街と人々を守るため祈ることに力を尽くし、神官たちはそんな聖女を守り、人々の安寧のために協力して力を尽くしている、そう考えられていた。
そして議会は、もっと直接的に人々の生活を助け、支えているのだと。
実際、ソーリャの街はそうして回ってきたのだ。これまでは。
議会は人々の代表として様々な物事を取り決め、他の国のように住民が虐げられたり搾取されたりする事はない。
事実かどうかは別として、学校で子どもたちはそう教えられる。
ソーリャの住民を支配する者はいないのだと。
だが、5日前、神殿は人々に告げた。
ソーリャに都市王が現れる。
都市王は聖女に代わりソーリャの都市機能を全て掌握する。
都市王に忠誠を誓うか、ソーリャを離れるか決めておけ。
それは一方的な通告だった。
困惑するもの、怒るもの、怯えるもの。
誰もが不安のあまりの反応をする中、笑みを絶やさないものもいた。
都市の政を引き受けていた議会の面々である。
現在の聖女セレフィアムは、これまでになく若い、まだ幼いといっていいほどの年齢だった。
誕生日になってようやく13才になる、まだ12才の子ども。
そんな子どもが、なんの準備もなく先代の仕事を引き継いだのだ。
数年前から、それが原因で都市機能に限界がきているという噂もあった。
あちこちで機械的なトラブルが頻発しているというのだ。
議員たちは、いよいよ神殿から権力を完全に奪う日が来たとほくそ笑んだ。
神殿からすれば、彼らが権力を望んだことなどなく、議会が暴走しないための安全装置でしかないという認識だったが、議会からすれば神殿は聖女を独占する目障りな権力欲の塊でしかなかったのだ。
人は、自分の見たいものを見る。
そして自分と同じものを相手の中に見つける生き物だということなのだろう。
会場では、議会議員とその関係者だけが招かれたパーティが開かれている。
豪華な料理が所狭しと並べられ、喉が渇けば近くに控えたウェイターが酒でもなんでも用意してくれるのだが、実は毎週のように街のどこかでこういった会は行われていた。
特別なあなたと、あなたの大事な友人知人ご家族を招いた、飲食自由の特権階級の集まり。
顔ぶれを変えて、議員たちは都市の様々な人間を集め、『あなただけが特別なのだ』『ここへ招くのはあなただからなのだ』と自尊心をくすぐって釣り上げる。
そしてこの場だからこそ、議員たちは自分たちの作ったストーリーを広める事に余念がない。
「全く、神殿にも困ったものですな」
「ええ。聖女のシステムがうまく作動しなくなったと正直に言えばいいものを」
「プライドが邪魔をしているのでしょう」
彼らは疑っていなかった。
聖女とした女性たちを使った装置が壊れかけているのだと。
「しかしあれが壊れるとまずい事になりませんかな」
「まあ問題ないでしょう。結界自体は魔力さえあれば機能するそうですし。そうすれば地下の装置に犯罪者たちを放り込めばいいだけです」
「確かにそうですが、魔力の高い人間は減ってきていますしねえ」
「そこは神官たちに責任を取らせればいいのですよ。あとは流民の中から魔力の高い人間を犯罪者に仕立ててもいいし、なんなら……」
「今の聖女のようによその国から連れてきてもいい」
「そういう事です」
「あの時は往生しました」
「ええ。神殿はここ何代も次の聖女を選ばずに、我々がその役を引き受けているというのに、魔力の高い子どもを連れてきたら自分たちが引き取ってそれっきり」
「面会も制限させられますしな」
「まったく面倒な事だ」
「やはり我々がこの街をなんとかせねばなりませんな」
「全く全く」
並べられた料理は、都市の住民が作ったものだけではない。
周囲の国々から買い入れたものも当然ある。
けれど、この街の食料自給率は60%程度。
10年前、数年の間に繰り返し各地で起きた地震や豪雨。
増え続ける避難民により、都市の自給率は当時からさらに下がっていた。
満足に日々食べられない者もいる中、彼らは毎週末のようにどこかしらでパーティを開き、これは街のために必要なことだと口にする。
彼らにとって、自分の稼ぎで満足に食べられない人間は生きる価値などないのだ。
生きる価値があるのは、自分のような人間と、自分の役に立つ人間だけ。
そして利益を得るのも、金銭を得るのも自分たちだけ。
ほんの少し自分たちが我慢して、広く利益を分配することなど頭にはない。
いや、あるのだが、その分配の仕方はまず自分が好きなだけ取って、その残りを上手く芸ができた者にだけ恵んでやる。
彼らのために芸ができない者が困窮するのは仕方がない。なぜなら彼らの利益のために動かないのだから。
そうして意識の外に捨ててしまっているのだ。
困窮する者が増える原因が、自分たちが余計に取りすぎているからだとは考えない。
なぜならそれは彼らの当然の権利なのだから。
議員たちは政の成果で下々の役に立たない者に貢献しているのだから、これらは全て当然の事なのだ。
「しかし都市王とは」
「いよいよ神殿もおしまいだという事ですかな」
笑った彼らは疑っていない。
自らが、他の誰でもない自分こそが、その都市王なのだと。
人に傅かれて生きてきた彼らは、目の前の同僚議員の中の誰よりも、己こそがその都市王とやらに相応しいと、そう口にはせずに確信していた。




