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無防備都市  作者: 昼咲月見草
侵略

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29/89

面会

 神官が待っているというテントの中に入っていくと、そこには紫の神官服を着た男性が1人と、青の神官服の男性が1人、そして緑の神官服の男性が3人、頭を軽く下げ、両膝をついて待っていた。


 ウォーダンがその前に用意された椅子に腰を下ろすと、部下が感情のない声で告げた。



「将軍閣下です。どうぞ顔を上げてください」



 神官たちが顔を上げる。

 全員がまっすぐにウォーダンを見つめた。

 その目にあるのは、侵略された怒りでも、平和を乱された悲しみでもない。

 純粋な興味と……一部の部下が彼に寄せるような崇拝に近い何か。


 会った事もないソーリャの神官から向けられるにしては不可解なその感情に、ウォーダンはわずかにたじろいだ。



「わたしがウォーダン・バイロンだ。今はミッドガルシャ皇帝の養子となりウォーダン・エヴァンズ・グリュプスを名乗っている。そちらはソーリャの神官方に間違いないか?」


「はい。お初にお目にかかります、ソーリャの神官・エドガーと申します、閣下。この度は……」


「いい。面倒な挨拶は無しだ。なぜやって来た? ソーリャの結界に篭っていれば良かっただろう」



 すると神官は小さく笑った。



「いいえ、それは無駄な事でしょう。街は軍に取り囲まれ、あなたはすでにソーリャの都市機能をその手にしている。結界はもういつでも、その気になれば解除できるのでしょう?」



 ウォーダンはこれに返事をしなかった。

 間違いではない。

 確かに、ウォーダンは都市の機能を掌握している。

 それは街を出た10年前に確認済みだ。

 ただ、この場所、結界の外からでもそれが可能かどうかは分からないので、軍の準備が整ったらためそうと様子を見ていただけで。


 結界があるからと安心しきった街の人間が、目の前で結界が解除されて軍隊が襲って来たら、どれほどのパニックになるか。

 おそらくは逃げ惑って混乱し、余計な犠牲を出すだけだろう。

 兵士のほうも、そんな街の人間を前に平静を保ち、上の命令を守る事ができるかどうかは怪しいものだとウォーダンは考えている。


 多くの人間がいれば、いろんな考え方をする者がいる。


 実際、ここまでの町や村でも上官の命令を無視して略奪をしようとする兵はいた。

 戦という非日常がそうさせるのか、それともそれが人間の本性なのか。

 理性で動けない者は問答無用で始末しろと命じてあるが、その通りには行かないのが人というものだ。


 そしてそのためにこそ遠征に参加したとうそぶく馬鹿もいるのが現実である。


 一方的な虐殺とならないようにするにはどうするか、慎重に慎重を重ねてもまだ足りない。

 そう考えていたところなのだ。


 だが当面の問題は。



「なぜそう思う?」


「常々言われていましたから、先代の聖女に。いずれ、ウォーダン・バイロンがソーリャに帰ってくる。そのときは抵抗などせず、都市を挙げて出迎えよ、と。そして、10年持たなかったことを詫びて欲しいと」



 ウォーダンは咄嗟に言葉が出なかった。


 10年。

 先代聖女。



「今は、ソーリャの聖女は……」


「セレフィアム様お1人です。先代のアナスタシア様は、7年前に永眠されました」



 淡々と告げられて、しかし心はまだ納得しない。



「セレ、フィアムは、今は」



 エドガーは痛ましげな表情でウォーダンを見る。



「冷凍睡眠装置の中です。もう、お目覚めにはなりません」


「間違い無いのか」


「はい。試してみる事はおすすめしません。過去に、次の聖女の準備ができたら試しに起こして欲しいと言った方は、装置から出されたあと目覚めることなく亡くなりました。装置の修理が完全ではなかったのです。部品が足らず、この街の施設では不可能だったと聞いています。セレフィアム様も、装置から出すことだけは絶対にしてはいけないと、そう仰っていました」


「話せるのか、先代のように」



 エドガーは首を振った。



「先代は頻繁に話しかけてこられましたが、セレフィアム様は姿を見せる事すらなく。なぜなのかは分かりませんが……」


「そうか」



 覚悟はしていたはずだった。

 それでも、もしかしたらと思わずにはいられなかったのだ。

 彼は約束を守ったのだから、アナスタシアももしかしたら、と。



「どうぞ、ソーリャへお入りください。神殿は現在、神官のもと完全に掌握いたしております。以前のように、不埒な人間が紛れ込んでいることはございません」


「神殿だけ、か?」


「残念ながら。ですが、しばらく前より都市の住人全てに『ソーリャに都市王が現れる』と告げております。一部にはそれを自分の事だと考える者もいるようですが……」


「都市王、か」



 ウォーダンは苦笑した。

 アナスタシアはその約束だけは守ってくれるようだ。

 それともこれは、ソーリャの聖女システムを壊せと、いっそこの街を壊せと、そう言っているのだろうか。



「先代のアナスタシア様がそう仰っておいででした。ソーリャの最初で最後の都市王、ウォーダンに忠誠を誓えと」


「それで、ソーリャの神官は全てわたしに忠誠を誓うのか」


「全員、問題なく」



 エドガーがウォーダンをまっすぐ見つめる。

 他の4人の神官も同様に。



「ソーリャの神殿は、全て閣下に……我らが都市王に忠誠を誓います」



 下げられた頭は5つ。

 けれど、ウォーダンはソーリャの神殿全てをその下に置いた。


 では後は、変わるまいと逆らう者を始末するだけ。



「2時間後に進軍を始める。統制を厳にしろ」


「はっ!」


「神官方は我々と共に戻るが良かろう。それまで幕舎で休むように」


「ありがとうございます」



 穏やかな春の陽気。

 その中でのんびりとくつろぐ塔の街。

 もうすぐそこは血の匂いに包まれる。
















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