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無防備都市  作者: 昼咲月見草
侵略

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28/89

皇帝の養子

 ここまで来てしまった、とウォーダンは整然と並ぶ部下を背後にソーリャの姿を眺めていた。


 もうあの街に、彼を待つ少女はいない。

 7年以上も前に覚めない眠りについてしまった。


 なのに彼は戦争をしにここまでやって来た。

 あの街の結界を破壊し、支配下に置くために。



 ソーリャ、多くの高い塔が草原の真ん中立ち並ぶその姿は輝かしく美しい。

 外壁を持たない街。

 街の周囲には畑が続き、その畑の外には草原と、いくつかのテント村が固まっていた。

 神殿へと続く大通りには、片側に管理局があり、そこでソーリャを頼ってきた人は移民申請を行うが、大抵は街の外のテント村で待機となる。


 テント村に入れる者はまだいい。

 なぜならそこは結界の中だから。


 結界の中にすら入れなかった者たちは、近くの町や村へ向かわない限りそのほとんどが草原で命を落とす。


 ソーリャの結界の外は魔物や魔獣が多く棲む。

 自然とはつまり、人の居場所ではないという意味なのだ。



 

 帝国はこの遠征のため長い時間をかけた。

 それが建国からの悲願だったからだ。


 そのために海を越える船を作り、銀色に輝く戦艦を作り、その戦艦で固めた大艦隊を作り上げた。

 全てはアスガレイド王国をこの手に取り戻すという皇族、そして古くからの帝国貴族の妄執のためだ。


 実は皇帝本人はそこまでゴール大陸に執着していない。


 戦よりも政治に重きを置く皇帝は、帝国の政情の安定と統治、更なる発展に目が向いている。

 正直なところ、建国から1500年以上が経ち、モルカ大陸を統一した今、なぜ遠く離れたゴール大陸へ侵略戦争を仕掛けなければならないのかさっぱり分からない、どうしてもしたいなら、せめてモルカが安定してからだろうと話すのをウォーダンは目の前で耳にした。


 大陸の統一を急ぐあまり、様々な事がおろそかになり、各地で混乱が起きている。

 この状況を放置して別の大陸へ戦争を仕掛けるのは破滅への第一歩だと言うのだ。


 そんな彼にとって、ウォーダン・バイロンの登場は非常に都合が良かったのだろう。


 同じアスガレイドから追放された王族の血を引く子ども。

 胸の紋章がその血の正しさを証明している。

 それは一定以上の魔力と才能を持つ、アスガレイド王国の王族に現れる(しるし)


 皇帝は彼とその祖父を保護し、ウォーダンを自身の養子とした。

 その時にはすでに利用する心づもりだったのだろう、ウォーダンがゴール大陸への遠征軍に参加したいと告げたとき、皇帝は手を叩いて喜んだ。


 ウォーダンにアスガレイドへの遠征軍を率いらせ、成功すれば良し、成功しなくとも邪魔な古い貴族どもを追い払う役には立つ。


 行かせてやってもいいが、その前に将軍になれ。

 そして戻る事になったその時には、いらん貴族は全て殺せ。


 そう言って。


 ウォーダンが『向こうの大陸で生かしておけという事か』と確認すると、皇帝は『好きにしろ』と手を振った。

 生かすも殺すも好きにしろ、今の帝国には必要がない、と。


 ウォーダンが望んだものはソーリャに関わるもののみだったが、皇帝はアスガレイドを落とせるならゴール大陸はウォーダンに任せるつもりだった。

 今の彼は義理とはいえ皇帝の息子である。

 息子のものは父親のもの……とまではいかないが、皇帝に成り変わりその地位を乗っ取ろうとしない限り細かい事は言わない。

 それがウォーダンと皇帝との契約だった。



 それでも、10年かかった。



 アスガレイドとの戦争が早まると喜ぶ貴族。

 新参者の、王族とはいえ罪人の血を引く子どもに上に立たれる事に反発する貴族。

 魔法の才に長けた彼を軍神のように崇める部下。

 部下とは名ばかりで背後から刺されかねない裏切り者。

 戦に興奮するばかりの馬鹿。

 兵士の仕事と犯罪の違いが分からない馬鹿。

 何を考えたか彼を目の敵にする皇帝の孫たち。

 それを見て楽しむ皇帝と、放置する皇帝の子どもたち。


 ソーリャの聖女が代替わりしたと報告が入ったのは皇帝の養子になってすぐの事だ。


 何かの間違いだと思った。

 アナスタシアは確かに、あと10年はなんとかなると言った。

 同時に、バカがバカなことをするかもしれないから急げとも言ったが。

 それでも、たった3年でそんな事になるはずがないと何度も調査をさせた。


 だが結果は「代替わりは確実」。


 この戦争は、彼にとってすでに何の意味もない。

 それでも、彼は皇帝と交わした契約のため、アナスタシアと交わした約束のためにここまでやってきた。

 そしてこれから多くの人々を殺すだろう。


 もしかしたら彼が愛した少女が生きているかもしれない、そのわずかな望みのために。



 手の甲の印が点滅して光る。

 いつもは暗闇でないと分からないほど淡い光が今日はやけに騒がしい。


 伝令が1人、こちらへと駆けてきた。

 背後の部下と何やら会話して、部下が近づいてくる。


「閣下、ソーリャから神官が面会を求めてやってきています」


「神官? 何人だ」


「話せ」


 部下が伝令兵に声をかけると、その人物は近くによってきてひざまずいた。


「神殿の兵士10人と、神官が5名。神官は全員高位の者のようです」


「なんと言っている」


「それが……こちらに、ウォーダン・バイロンという人物がいるはずだと……」


 それはウォーダンが皇帝の養子となる前の名前だ。


「会おう」


 ウォーダンが短く告げると、手の甲で光る印がさらに強く輝いた。













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