差別
『うん。聖女は『聖女の間』に入って祈ってることになってるんだけど、本当はちょっと違って、『聖女の間』の中で、聖女は街とひとつになるの。そうしたら、もう死ぬまで眠り続けて、外には出られない』
セレフィアムと少年の会話に耳を澄ませていた監視室の2人は、その言葉に耳を疑った。
「え、係長、今の……」
部下が驚いて顔を向けてくるが、男は反応できない。
街とひとつになる?
死ぬまで眠り続ける?
なんだそれは。
聖女は一体、何をしているんだ?
神殿は彼女たちに何をさせている?
『セレ、それって、おまえは死ぬってことか?』
『ううん、違うよ。眠ってるだけ』
『じゃあ、途中で誰か他の新しい聖女と交代すれば、部屋から出てこれるんじゃないのか?』
『ううん、一回眠るともう起きれないの。一度試してダメだったから、もうしない事になってるんだって』
「係長、これ、俺たち知っちゃいけないやつなんじゃ」
「……そのために誓約書のサインしたんだろう」
「それはそうですが、絶対こんな事想定してませんよ」
「そうだな、そうだろうな」
男はため息をついた。
知らずに済むなら知りたくなかった。
聖女アナスタシア様が聖女の間に入ったのは確か15才のときだ。
もしも今、彼女が死ねば、セレフィアム様はわずか10才で死の眠りにつくことになる。
超然とした女神の現し身ではなく、無邪気に笑うあの子どもが。
『逃げよう』
『え?』
『逃げよう、セレ。こんなとこにいちゃダメだ』
『え、え、でも』
『大丈夫だ、俺もじいちゃんも、少しだけど魔法が使える。魔法使いはどこに行っても大事にされるんだ。帝国へ行こう。あそこなら、きっと何とかなる』
『だ、だめだよ。わたしがいないとみんなが困る』
「係長、この会話、まずいんじゃないですかね」
「ああ……」
焦ったように部下が早口になる。
「これ、何とかしないとこの男の子殺されちゃいますよ、こんな話してたら!」
「分かってる! だが兵は止められん! 大体、セレフィアム様が本当に逃げてしまったら……!」
男はそこで言葉を切った。
自分たちのこと、街のことばかり考えて、少年の安全もセレフィアムの人生も、蔑ろにするような発言をしようとした自分に吐き気がした。
画面の向こうでは少年が声を荒げる。
『こんな、子ども1人に何もかも押し付けて、何が困るだ! 困らせればいい! どうしても必要なら大人がやればいいだろうそんな事!』
頭を思い切り殴られたような気がした。
そうだ、大人が何とかするべきことだ。
なぜそうしない?
なぜ俺たちはこんなことを子どもに強いている?
『やだあ。ウォルの一番はわたしじゃなきゃやだあ。ずっと一緒にいたい。いつも一緒にいて、大きくなったら結婚して、一緒にキャベツ畑に行くの』
セレフィアムが泣き出した。
泣いてもおかしくない。
たった10才の子どもだ。
その子どもが、死ぬ事ではなく、好きな相手と一緒にいたいと泣いている。
部下が苦笑しながら吹き出した。
「キャベツ畑って。うちの姪っ子も言ってましたよ。赤ちゃんはキャベツ畑でできるのよ、って」
ああそうだ。まだそうやって教えられるような年齢の子どもなのだ。
そのとき、通信が入った。
『監視室、セレフィアム様を確認した。これより保護する』
「待て! 一緒にいる子どもを傷つけるな!」
『了解。だが抵抗した場合は確約できない。少年の身元を照合。昨年、都市に移民申請が出ている。……流民か」
最後の呟きはとても小さなものだったが、監視室の2人の良心を咎めさせるには充分な響きを持っていた。
結界の中に入ることができれば、いずれソーリャの市民となることもできる。
だから、彼らは厳密にはもう流民ではない。
準市民として登録されているからだ。
だが、都市に住まいを持たない、都市に入れない人間を、ソーリャ市民は同じ街の住人だとは認めない。
彼らにとって、準市民はいまだ流民のままなのだ。
「おい、頼むから怪我をさせないでくれ! 手荒なことはするな、おい!」
しかし通信はすでに切れていた。
「係長」
部下の声でモニターへ目をやると、2人の子どもに近づくホバーバイクが映し出されている。
「……神殿に連絡する」
「いいんですか。これ、議会の仕事ですよね」
「いいか悪いかで言えば最悪だろうさ。だがセレフィアム様が関わっているとなれば言い訳も立つ。あいつらはあの子どもを殺しかねん。なら神官に任せるほうがいくらかはマシだろうよ」
「もっと酷いことになりませんかね」
「かもな。そこは賭けだ」
唆したようだ、などと軽々しく口にした自分の責任だ。
男は通信機を置くと、後を部下に任せて部屋を出た。
室内には通信機は通常持ち込む事ができない。今回は、議会から特別に許可が出ていたが、それも草原を循環する兵士の班のみに限定された機器だ。
部下は男を見送ると、食い入るようにモニターを見つめる。
広大な草原を巡回する兵士たちには、馬ではなくホバーバイクの使用が許されていた。
それは、おそろしく速く、馬などよりずっと素早く目的地へ辿り着くことができる。
旧時代の科学文明は、エンジニア不足と資源不足から、当時のように誰でもが自由に使えるものではない。
だがソーリャでは、地下の施設を定期的にメンテナンスし、丁寧に扱うことで、今もわずかながら様々な機械が稼働していた。
そして絶対数の少なさから、それらを使うことのできる人間はごく限られていて、使用権を与えられることはとても名誉なことだった。
都市の中でもエリートである彼らは、選民意識が強い。
そんな彼らにとって、聖女とともに身を寄せ合っている流民の子どもは、どうしようもなく許し難い存在であることは、考えるまでもない事だった。




