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無防備都市  作者: 昼咲月見草
セレとウォーダン

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21/89

逃げよう

『監視室、何かあったのか』


「こちら監視室。セレフィアム様が街の外へ出ている。どうやってかは分からないが、一緒にいる少年が唆したようだ。至急セレフィアム様を保護してくれ」


『了解した、すぐに向かう』


 連絡を寄越した兵士長の声が緊張する。

 

「頼む」


 頼む、急いでくれ。

 どういうわけか気が焦る。

 モニターを見ると、2人の子どもは岩の上に並んで座っている。


 見つめ合い、固く握られた手。


 事情が違ったなら、それはとても微笑ましい光景に違いないのに。








「セレフィアム・ターニャ・ソーリャ。ソーリャの聖女」


 ため息をつくように、ウォーダンはその名をゆっくりと口にした。


「うん……驚かないの?」


「だいたい予想はしてたから」


「そうなの!? すごい!」


「転移魔法が使える人なんて、滅多にいないなからな」



 ウォーダンはわずかに眉間にしわを寄せる。

 なんだろう、褒められても嬉しくない。

 


「そっかあ……じゃあ怒ってる?」


「怒ってる? なんで?」


「黙ってたから」


「別に怒ってないよ」


「ちゃんと名前言わなかったのに?」


「セレはセレだよ。聖女じゃなくて、俺の友達」


 セレフィアムはその言葉に嬉しくなって笑み崩れる。

 友達。

 俺の友達って、ウォルが言ってくれた。

 でもどうしてだろう、もっともっと、と欲張りな心が出てしまう。

 何が欲しいのかよく分からないまま、セレフィアムは体を前に倒してウォーダンの胸に額をつけた。


 あたたかい。

 あたたかくて、安心する。



「それで、聖女アナスタシア様の跡をつぐって、なに?」



 ふわふわと幸せな気分から一気に現実に引き戻されて、セレフィアムの顔から笑みが消えた。

 それは本当は言ってはいけないこと。

 神殿の秘密なのだ。


 でも、言わないとウォルはどこかへ行ってしまうかもしれない。



「あの、あのね。お母さんはね、もうすぐ死んでしまうかもしれないの。そしたら、次はわたしがこの街を守るの」


「聖女が死ぬ……?」


「うん。聖女は『聖女の間』に入って祈ってることになってるんだけど、本当はちょっと違って、『聖女の間』の中で、聖女は街とひとつになるの。そうしたら、もう死ぬまで眠り続けて、外には出られない」


「は?」


 死ぬまで眠り続ける?

 外には出られない?


 なんだそれ。


 部屋から出ないんじゃなくて、出られないのか。ずっと眠ってるから。

 それも、死ぬまで?


 

「それって、セレ、つまり……」


「会いたくても会えなくなるの。『聖女の間』に入れるようにはできるけれど、きっとウォルはわたしの声が聞こえない」


 お母さんの姿も見えないし、声も聞こえなかったから。


「でも、それでもいいからわたし、ウォルに会いたいの。ウォルに街にいて欲しいし、時々でいいから会いに来て欲しい」


 懸命に願ってくるセレフィアムの言葉の、半分もウォーダンには聞こえていなかった。


 セレフィアムは今、自分は死ぬと言ったのではないか?


 そんなことばかりが頭の中でぐるぐる回っている。


「セレ、それって、おまえは死ぬってことか?」



 するとセレフィアムはきょとんとして返した。



「ううん、違うよ。眠ってるだけ」


「じゃあ、途中で誰か他の新しい聖女と交代すれば、部屋から出てこれるんじゃないのか?」


 ウォーダンは期待を込めて訊いてみる。

 しかしセレフィアムは笑って答えた。


「ううん、一回眠るともう起きれないの。一度試してダメだったから、もうしない事になってるんだって」


 何を、何を言っているのか。


 ウォーダンは寒気がした。


 セレフィアムはまだ子どもだ。

 自分よりも2つも年下の、世界を何にも知らないただの子どもだ。

 それに、生きる事を何も教えず、生き方を選べる事も教えず、生贄のように都市の守りに捧げる。


『助けて』


『子どもがいるんだ』


『お願い、魔物に、魔物に襲われているの』


『助けて』


『助けて』


『助けて』


『タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ』



 頭の中で冬の間聞こえ続けていた悲鳴がこだまする。


 この街は、ここに住んでいる人たちは、どこか歪んでいる。



 ウォーダンはセレフィアムの手を強く掴んで引き寄せた。



「逃げよう」


「え?」


「逃げよう、セレ。こんなとこにいちゃダメだ」


「え、え、でも」


「大丈夫だ、俺もじいちゃんも、少しだけど魔法が使える。魔法使いはどこに行っても大事にされるんだ。帝国へ行こう。あそこなら、きっと何とかなる」


「だ、だめだよ。わたしがいないとみんなが困る」


「こんな、子ども1人に何もかも押し付けて、何が困るだ! 困らせればいい! どうしても必要なら大人がやればいいだろうそんな事!」


「お、怒らないで、ウォル」


 

 ウォーダンは怒りが目から迸らないよう、またそれがセレフィアムを傷つけないよう、視線を逸らして目を閉じた。



「ごめん、怒ってるわけじゃないんだ。ただ、すごくムカついて……」


「うん、ええと、あのね、怒ってくれたのわたしのためだよね、ありがとう。でも大丈夫だよ。わたしね、ずっと見てるから。ウォルがおじいさんと幸せになって、毎日笑って暮らしてるの見てる。時々わたしのこと思い出して会いに来てくれたら、それだけで充分だから、だから……」


 あわあわと言葉を並べるセレフィアムに、ウォーダンは痛ましげに顔を歪めた。


「何言ってんだよ」


 思わず、手を伸ばしてセレフィアムの赤らんだ頬を撫でる。

 と、笑顔だった彼女の瞳から涙がこぼれた。


「我慢ばっかりすんなよ。いっつもあれしたいこれしたい、あそこ行きたいってワガママばっかのくせに、一番大事なところで自分の気持ち隠してどうすんだよ」


「え、でも、お母さんのあとつがなきゃ……」


「んなわけないだろ、母親なら娘に死ねって言うわけない」


「ええとね、死ぬんじゃなくてね、眠るだけでね」


「だから!!」


 ウォーダンが声を荒げ、セレフィアムはその声の大きさに身を縮める。



「俺からしたら、会えないのは死ぬのと一緒だよ!! おまえ平気なのかよ! 俺がおまえが眠ってる間にもっと別のやつと仲良くなって、おまえのこと思い出さなくなって、会いに行かなくなっても、全然平気なのかよ!」



 セレフィアムは言い返せなかった。


 ウォルのそばにいるのは自分がいい。

 ウォルと誰より仲がいいのは自分がいい。

 他の人と仲良くするウォルの姿なんて本当は見たくない。


 でも、会えなくなるのは、どこでどうしているか分からなくなるのはもっと嫌だった。


 ああ、そうだ。

 彼とずっと一緒にいて、いつか結婚して、普通の夫婦みたいにキャベツ畑に赤ちゃんを産みに行きたい。


 セレフィアムはとうとう泣き出した。


「やだあ。ウォルの一番はわたしじゃなきゃやだあ。ずっと一緒にいたい。いつも一緒にいて、大きくなったら結婚して、一緒にキャベツ畑に行くの」


 慰めようとしたウォーダンは、セレフィアムの言葉に赤くなったり訳が分からなくなったり。


「け、けけけ、結婚っておまえ、いいけど、いいけどさ、キャベツ畑って一体なんだよ?」


 セレフィアムは泣きながら答える。


「赤ちゃんもらいに行くの。ウォルとわたしの赤ちゃん。他の人と結婚しちゃいやあ」


「いやしないよ、他のやつとはしないけど、あれだぞ、赤ちゃんはキャベツ畑でもらうんじゃないぞ?」


「うそ。赤ちゃんは夫婦で夜、キャベツ畑に行くと生まれるのよ」


 ぐずりながらも言い張るセレフィアム。

 何やってんだよ神殿、とウォーダンは頭を抱えたのだった。









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