2人の会話
ソーリャの都市監視室は常に人員が配置されている場所ではない。
議会が必要だと判断したときに限り、見聞きした事を決して口外しないと誓約書にサインした上で、魔法が使える者のみが配置される。
彼らはソーリャと神殿に絶対の忠誠を誓った者たちばかりだ。
聖女の顔を見間違える事などない。
その彼らの目の前で、聖女セレフィアムが見た目通りの10才の子どものように笑っていた。
それを是とするか、それとも冒涜的であると受け取るのか。
人によって様々だろうその答えは、しかし確実にひとつの怒りを生んだ。
聖女とともにいるこの少年は何者だ。
聖女とは、彼らにとって侵しがたく、崇高な存在である。
それをそこらの子どもと変わりない存在へと貶めているこの少年が、彼らには許せなかった。
「兵を向かわせる。音はまだか」
苛々と男は部下に言った。
「もうすぐ……来ました!」
ザザ、ザ……と耳障りな音。そのすぐ後に、少女の愛らしい声が響く。
『ウォル!』
『セレ!』
画面の中で、少女が少年に笑いながら走り寄って、飛びつくようにして抱きついた。
『ウォル! ウォル! 会いたかった!』
『セレ、無事だったんだな。良かった』
『大丈夫、ちょっと忙しかったの。でも頑張った!』
『そうか。すごいな、セレは』
『ふふふ、褒めて褒めて! ものすごく頑張ったの! ウォルやみんなのために!』
『すごい、本当にすごいな、セレ! ありがとう』
『うん!』
満面の笑みを浮かべる少女の、その愛らしさ。
男はそれを苦々しい思いで見つめた。
神秘性など何もない、ただの子ども。
これが聖女の姿であっていいはずがない。
聖女とは、この街の全てを愛し、守り、そして救う。そんな神の如き存在でなければならないというのに。
きっと、聖女様は騙されているのだ。
何か大きなものが背後にあるに違いない。
男は激情を抑えるために拳を握った。
セレフィアムは聖女の間に入るやいなや、ウォーダンのそばへと転移を願った。
アナスタシアはそれを姿を見せぬまま叶える。
いつもの草原、いつもの岩の上にウォーダンの姿が見えた。
嬉しさのあまり、セレフィアムは走り寄る。
「ウォル!」
ウォーダンも彼女に気がついて岩から飛び下りた。
「セレ!」
ウォルの声だ。無事だった、無事だった、会いたかった。
セレフィアムは嬉しくてたまらなくて、笑い声を上げながらウォーダンに飛びつき、その首にしがみつく。
「ウォル! ウォル! 会いたかった!」
ウォーダンは一瞬驚いたように動きを止めたが、そろそろとセレフィアムの背中に手を回すと、ほっとしたように息を吐いた。
「セレ、無事だったんだな。良かった」
「大丈夫、ちょっと忙しかったの。でも頑張った!」
顔を真っ赤にして、興奮したように話すセレフィアムに、ウォーダンは吹き出しかける。
「そうか。すごいな、セレは」
「ふふふ、褒めて褒めて! ものすごく頑張ったの! ウォルやみんなのために!」
そのあまりに正直な喜びように、ウォーダンは今度こそ声を上げて笑った。
「すごい、本当にすごいな、セレ! ありがとう」
「うん!」
その微笑みが眩しく感じられて、ウォーダンは笑みに目を細める。
いつの間にか、彼はセレフィアムのことが愛しくてたまらなくなっていた。
まっすぐで、いろんなものに興味を示す、まるで幼子のような少女。
ずっと、ずっと一緒にいられたらいいのに。
けれどそれはきっと叶わない。
何も言わないけれど、彼女はこの街の聖女なんだろう。
聖女と、元流民とでは身分が違いすぎる。
本当は、こうやって会うことだってあり得ないことだ。
「あのね、ウォル」
「うん」
「この間、街に入れないって言ってたでしょ」
「ああ、うん」
「あれね、多分大丈夫だと思う」
にこにこと告げたセレフィアムに、ウォーダンは首を傾げた。
「大丈夫って?」
「結界が広がったでしょう? だから、街にもたくさんの人を入れられるようになると思うの。そしたら、ウォルもウォルのおじいさんも、街の中に入れるよ」
セレフィアムはウォーダンの両手を自分の両手で包み込むようにして握った。
「ウォルが街で暮らしてくれたら、すごく嬉しい」
そう言ってウォーダンを見上げたセレフィアムの目には、いつもとは違う輝きがあった。
幼子のような輝きではない。
それは強い。
そしてどこか悲しかった。
「俺は……」
「街の中は安全だし、学校だってあるよ。友達だっていっぱいできる。だから……」
「セレは?」
「わたし?」
「セレとは、こうやってまた会えるのか?」
「わたし、は……」
言い淀んだセレフィアムに、ウォーダンは苦笑する。
ひどい事を訊いてしまった。みにくい事を言ってしまった。
身分が違いすぎる相手なのに。
「ごめん、セレ。嫌な事を言った。セレは多分、いいとこのお嬢さんなんだろ? きっと、街では俺とは会えないくらい」
「違う! そうじゃないの!」
「いいんだ、責めてるわけじゃない。仕方がないんだ。それに、俺、ソーリャを出ようかと思ってるんだ」
「え」
「だから、俺のことは気にしなくても……」
その言葉をセレフィアムが大声で遮る。
「やだ!」
ぎゅっといっそう強く手を握られて、ウォーダンは面食らった。
いつも機嫌のいい笑い声を上げるセレが、怒っている。
「だめ! ウォルは街にいてくれなきゃだめなの! お願い、どこにも行かないで。ずっとずっと、ここにいて」
「いやでも、おまえ……」
「お願い。ウォルがいるなら頑張れると思うの。ウォルが幸せなら、何でもできそうな気がするの」
「でも俺、元流民だから、きっと会えないぞ?」
「会えるようにする。ううん、会えないんだけど、話もできないんだけど……」
涙を浮かべながらセレフィアムはまっすぐにウォーダンの目を見つめた。
「もうすぐ、きっとお母さんのあとをつぐの」
「お母さん?」
目を閉じてひと呼吸し、セレフィアムは自分を落ち着けると口を開いた。
「聖女アナスタシア。わたしのお母さん。わたし、聖女なの。セレフィアム・ターニャ・ソーリャが、わたしの名前。ウォル、ずっと黙っててごめんなさい」




