魔法の大地
セレフィアムはウォーダンに頼んでひと気のない森まで連れて行ってもらうと、そこで神殿へと転移した。
ウォーダンはそれを見て、聞いてはいたものの驚きを隠せなかった。
魔法というものは、誰でも使えるものではないが、集団があれば3人に1人は才能を持って生まれる、さして珍しいものではない。
だがその中でも、転移魔法を使える者は滅多にいなかった。
才を磨き、術を学んで、ようやく国に1人か2人、その域に達する事が現れると聞いた事がある。
ソーリャは都市といえどひとつの国家のようなものなのでいてもおかしくはないのだが、他の国々と比べるとソーリャの人口はあまりに少ない。
それを考えれば、セレフィアムが転移魔法で帰って行くのはただ驚きでしかなかった。
ウォーダンは、はるか先に見えるソーリャの高い塔の群れへ視線をやった。
ソーリャは、限られた土地の中に多くの人間が暮らしている。
そのため、何十階建てというすさまじい高さの塔をいくつも建てて、人々はそこに住んでいた。
文明が一度滅んだ、その前の旧時代。
その頃は各地にああいった塔が数え切れないほど建ち並び、人々は清潔な環境の整えられた都市の内部で、衣・食・住のみならず心も体も何もかも満たされて優雅に生活していたという。
御伽話のようなその世界では、魔法はごく限られた土地でしか使うことができず、本当にわずかな人間のためだけのものだったのだとか。
だが世界の崩壊によって大地はひっくり返り、魔法を使うの適した土地が地下から持ち上がってきた。
逆にそれまでの文明の多くは地下深くへと呑み込まれていったと、そう伝えられている。
今、世界に多くの魔法使いが存在するのはそのためだ。
だが、強大な力を持つ者となると……。
ウォーダンの視線の先には、無防備都市と呼ばれるソーリャがある。
輝かしい豊かなソーリャ、そのソーリャを支える神殿は塔の街並みの奥深く、その門を閉じて静かに姿を隠していた。
「お母さん、ただいま」
セレフィアムは聖女の間に戻ると、何より最初に母に挨拶をした。
だが返事はない。
普段なら頭の中に声が響いたり、時々は姿を見せてくれたりもするのに、ここ最近はそういった事もなかった。
きっと地震で疲れているのだ。
淋しく感じながらも、セレフィアムは笑顔を作る。
「今日はね、ウォルに会って、この間なにも言わずにいなくなってごめんねって話してきたの。ウォルは笑っていいよって言ってくれた。気にしてないよって。もう大丈夫なのかって心配もしてくれたよ」
外から戻ったら母に今日あったことを話す。
アナスタシアはいつも、にこにことそれを聞いてくれた。
でも今日は返事がない。反応もない。
「それでね、外で……困ってる人をたくさん見たの。ウォルはここはソーリャだからって言ってた。みんな勝手にやってきて、助けてほしいって言うんだって。勝手、なのかな。助けてあげられないのかな」
セレフィアムは聖女として育てられる。
人に優しくあれ。
美しい世界を守る、清らかな存在であれ、と。
たった10才の世間知らずの子どもには、なぜ彼らを中に入れて助けてあげないのかが分からない。
人を愛せ、人を救えと教えられるのに、なぜ。
泣きもしない赤ん坊がいた。
うずくまって動かない老婆がいた。
ケガをして、血が固まったままの子どもがいた。
もうすぐ雨季が来る。
あんなところにいたら病気になってしまうのに。
苦しくて苦しくて、セレフィアムは涙がこぼれた。
どうして、もう何日もたっているのにあの人たちはあのままなの。
どうして、わたしはここで守られて大切にされているのに、あの人たちは街に入れないの。
どうして、どうして、どうして。
混乱するセレフィアムの頬を、半透明な白い手が撫でた。
「お母さん」
触れ合えないその手に温もりがあるような気がして、セレフィアムは目を閉じる。
確かに何かが、優しい気配がそこにあった。
ソーリャはこの日のうちに近隣の村々から避難民を受け入れる事を決めた。
それは一時的なもので、一定期間が過ぎれば必ず元の土地へ戻らなければならない約束の上で、と決まっていたが、それでも雨季の前に安全な場所へ移る事ができるのはありがたい事だった。
何より、農民である彼らには土地という財産がある。
それは捨てるには惜しい、先祖からの宝だった。
しかし、一時期とはいえ彼らを受け入れるには結界内に土地が足りない。
ソーリャは、その結界の範囲を広げる事とした。
それは、およそ600年ぶりの出来事であった。
24日、本日の更新は一回のみです。(もう25日ですが)
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