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無防備都市  作者: 昼咲月見草
セレとウォーダン

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13/89

聖女が守るもの

 セレフィアムは神殿に戻ってそれから2日、高熱で寝込んだ。


 朦朧とした意識の中考えたのは、とにかくウォルのことを口にしない事だ。

 うわ言で名前を呼んだらどうしよう、ウォルが捕まってしまったらどうしよう。そんなふうに悪夢にうなされていると、白い優しい手が彼女の額にひやりと当てられる。


『大丈夫よ、あの子の名前を口にしないよう、気をつけていてあげる。だから今は無理をしないでお休みなさい……』


「お母さん」


 セレフィアムはぽろぽろと涙をこぼした。


「お母さん、お母さん」



 高熱の中、母を呼ぶセレフィアムにメリダの胸は痛んだ。

 まだ子どもなのだ。

 聖女としてかくあれと育てられた、賢い子ども。まだ10才の、ただの子ども。



 セレフィアムの熱は、体の準備が整っていないうちから、魔力を大量に譲り渡してしまった事が原因だ。

 無理に魔力を使うと、大人でも寝込んでしまう。

 

 大きな地震だったにも関わらず、ソーリャを守り切ったアナスタシアがまだ大きな問題なく街を守っているのは、間違いなくセレフィアムのおかげなのだ。




 ソーリャは災害の多い土地である。

 定期的に大きな地震が起き、雨季には長雨が降り、それはときに雷を伴う豪雨となって川は決壊する。

 冬は猛吹雪で死者が出るし、夏の終わりから秋にかけて、年に1、2度やってくる台風は小規模であったためしがない。

 

 それでも人々はこの地を離れない。


 それは、この草原が豊かな大地であることももちろんだが、地下に旧時代の科学文明の施設があるからだ。


 世界が一度滅びを体験したあと、ソーリャはどこよりも早く復興を始めた。

 そのおかげだろうか、まだ技術者も大勢生き残っていた事もあって、完全ではないものの多くの機械を修復することができた。


 世界にはいまだに科学的復興を取り戻せない場所がほとんどである。


 不完全ではあっても、ソーリャの蘇らせた科学は他の追随を許さない。


 たとえその恩恵を受けるのが市民全員ではないとしても、それでも人々はソーリャの市民であることを捨て切れず、そしてこの土地の地下にある施設を捨て切れないのだった。








 セレフィアムがベッドから起き上がれるようになったのは戻って3日目。


 部屋から自由に出られるようになったのはさらに3日後のことだ。


 心配性の周囲が彼女を放っておいてはくれなかったのだ。



 セレフィアムは、1人で聖女の間へ入るとまずアナスタシアに話しかけた。


「お母さん、聞こえる?」


『ええ、聞こえるわ、セレ。もう大丈夫そうね?』


「うん。ごめんなさい、ありがとう」


『いいのよ、でももう無茶はしないで』


「はい、お母さん」



 セレフィアムは、アナスタシアが自分の実の母ではないとは知らない。

 神殿は、聖女たちに人の生殖について教えない。

 代わりに、彼女たちは赤ん坊はキャベツ畑で生まれるのだと教えられる。

 巨大なキャベツの葉の真ん中に赤ん坊が眠っているのを、その子の母親になるべき人物が見つけるのだと。


 聖女に関しては少し特別で、キャベツ畑ではなく聖女の間で眠っているのだと説明された。


 だからセレフィアムは、アナスタシアが自分の本当の母親だと思っている。

 彼女たちが真実を知るのは、装置の中で眠りについたあとだ。

 都市と同化し、様々な知識や事実を知り、力を得たあと。


 聖女たちは全てを知ってなお、都市を守り、次の聖女である子どもを自分の娘として受け入れる。

 母を求める幼い子どもを拒否できないということもあるが、彼女たち自身がそうしてもらったからだ。


 街に育ててもらった。

 神殿の家族に優しくしてもらった。

 人は愛し、惜しみなく愛情を注ぐもの。


 そういうお人好しの聖女になるよう、彼女たちは育てられていた。



 肉体は完全な眠りについた聖女たちだが、その意識は都市のあちこちを見て回ることができる。

 聖女は都市を守るため、都市の全てのシステムと繋がり、そこで初めて自由を得るのだ。


 もしも見る事できるなら、一般市民の目にはそれは幽霊のように映ることだろう。


 だが魔力の高い神官の一部は、彼女たちの姿をはっきりと見ることができた。


 だからこそ、高位の神官は聖女の機嫌を損ねない。

 優しく笑う彼女たちが、自分が騙されていた事を知り、それでも許してくれている事を知っているからだ。




「お母さん、ウォルに会いたいの。お願い、ウォルのところに連れてって!」


 アナスタシアは微笑んだ。

 セレフィアムの姿が室内から光とともに消える。


 転移魔法だ。


 その気配を、エドガーはわずかに感じた。

 

「どうかされましたか?」


「いいえ、また地震かと思ったのですが、神経質になっていたようです」


「ああ。もう余震は起きていませんが、それでも油断はできませんよね」


「わたしも時々、揺れているのではと思うことがあります」


 神官たちは基本、相手の言葉を否定しない。

 さらりと合わせて、そして流す。


 話題はすぐに先ほどまでの帝国の状況へと戻った。


 閉じられた聖女の間の中で転移魔法が使われたことを感じ取れるのはエドガーくらいだ。

 エドガーは、アナスタシアがセレフィアムをいつもどこかへ送っている事を知っていて黙っていた。


 もしかしたら、アナスタシアが彼にだけ分かるようにしているのでは、と思うこともある。

 彼女はひょっとしたらエドガーを、そして神官たちを試しているのでは、と。


 先代の紫の神官はレピドで、彼は今その地位をエドガーに譲って青の衣を着ている。

 その彼に口を酸っぱくして言われたことは、聖女のする事の邪魔をするな、であった。

 この場合の聖女は眠っているアナスタシアのことである。


 聖女たちはどうやら、代々束の間の自由を転移魔法で味わっているらしい。

 それに知らぬふりをするのが、高位神官の重要な務めのひとつであると、エドガーはそう認識している。

 先代のレピドも、その前も、さらにその前も、ずっと紫の神官はそう教えられるそうだ。

 それが理解できなかった神官は、そのうち行方不明となる。


 聖女は人間なのだ。


 エドガーには不可解な、彼女たちの愛情と思いやりの上で、都市は安全を保障されている。


 その保障は転移魔法でどこかで過ごしているセレフィアムも同様なのだと、エドガーはいつも心配していなかった。

 ここ数日、弱っているのかアナスタシアが姿を見せないことも忘れて。


 彼の元へは、地震が起きた際、都市の外にいた金髪の少女のことも、その少女が転移魔法で都市へ戻ったようだということも報告されていなかった。










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― 新着の感想 ―
[良い点] 神官は知っていたのですね。 聖女のさだめを知って悲しく思っていましたが、今回のお話は暖かくて癒されました。
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