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無防備都市  作者: 昼咲月見草
セレとウォーダン

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同じ穴の

「セレフィアム様はずっと聖女の間にいらっしゃったと話しておられたが」


 議長は口元に笑みを貼り付けたまま、神官らに問うた。


「神殿では何か変わったご様子はないかな?」


「いいえ特には」


 神官らを代表して最上位の紫の衣を着た若い神官がにこにこと答える。

 神殿では魔力の多寡がその地位を決めるため、年齢で地位の上下は決まらなかった。


「聖女の間から出てきたセレフィアム様は土や草で汚れていたと聞いたが」


「メイドがそんな話をしていましたが、土も草も、聖女の間に入る前にどこかでついたのだろうと、そう仰っておりまたね」


「変ですなあ。あの日、お茶をご一緒しましたが、そのときはきちんとしておりましたのに」


「聖女の間ではのんびり過ごしたいと、麻地のワンピースに着替えていたそうです」


「なるほど、なるほど」


「それにしても、議長殿は一体何がそんなに気がかりでいらっしゃるのでしょう?」


「はて、と言いますと」


「セレフィアム様が聖女の間で何をしてどう過ごされようと、セレフィアム様の勝手。我々が、また議会の方々が口を挟むような事ではありますまい」


「いやいや、年を取ると様々な事が気にかかりましてな。まさか神殿でセレフィアム様が大切にされていないなど、そんな事はないと思うのですが、何しろ聖女の間に閉じ込められてしかも出てきたときは粗末な汚れた服を着て、疲れた様子だったと聞けば、もう……。老い先短いこの心臓が、こう、きりきりと痛むような気がして仕方がないのですよ」


「ははは、それはご心配をおかけいたしました。議長殿には日頃からセレフィアム様の元へ足繁くお通いくださっていると聞き及んでおります。お孫様と変わらない年齢のセレフィアム様のお相手は退屈ではないかと懸念しておりました。ですが、どうぞご安心ください。このように細々と様々な事を気にかけてお越しいただかなくとも、セレフィアム様は毎日健康に、幸せに暮らしております。土や草がついていたというのも、子どもらしくていいとわたしは思いますよ。議長殿はそう思われませんか?」


「ははは、そうですな。普段は静かな様子のセレフィアム様しか拝見しておりませんので、土や草をつけて寝転がるセレフィアム様というのも思い浮かびませんが、確かに元気な証拠ではあります。これはいらぬ勘繰りをしてしまったようです。大変失礼をいたしました」


「いえいえ、セレフィアム様をご心配いただけるのは神殿として大変ありがたく思っております。ただもう少し、子どもらしい日々を過ごすことにご配慮いただければ、と考えてはおりますが」


「おお、それでは今度、我が孫を連れて参りましょう。もう少し大きくなってから、と思っておりましたが、友人ができるのは早ければ早いほどいいでしょう」


「ああ、それもご心配なく。神殿関係者の家族の中から遊び相手を選ぶことになっておりますので」


「友人は多いほうがいいのでは?」


「聖女に触れるものは全て、清らかなもので統一させていただいております。平和的で利他心に溢れ、穏やかで忍耐強い。そういう、友であり師となる人物をごく少数選ぶ予定です。これから何十年とこの地を守っていただくのですから、誰でも構わない、というわけにはいかないのですよ」


「確かにそうですな、ですがご安心を。孫は学院でも優秀で、セレフィアム様のお相手が問題なく務まると確信しております」


「議長殿のお孫さんでしたら問題なさそうですね。ですが一応、他の子どもと同様に神殿の試験を受けていただいて、セレフィアム様のご友人にふさわしいかどうか判断させていただければと思います」


「わたしの孫でも、ですかな?」


「ええ。誰の孫でも家族であっても、です」


 神官の顔からも、そして議長の顔からも笑みが消えた。


 神殿としてはこれ以上、聖女の時間を奪ったり、その善良さにつけ込んで己を印象付けようとする人間を、セレフィアムのそばに近づけたくはない。

 議長としては、自分や自分の孫を味方として認識させ、あわよくば家族やそれ以上の相手として、何かあったときには優先されるよう記憶させておきたかった。


 過去、聖女の家族や恋愛対象だった人物が、他の者より手厚く守られたという話もあるのだ。

 実際、聖女を一定の年齢まで守り育てる神殿の人間は幸運に恵まれる事が多い。


 聖女からより多くの好意を引き出そうと甘やかす神殿を議会は軽蔑し、神殿は聖女の世間知らずを利用する議会を軽蔑した。

 互いに、利用する価値がなければ排除しているのにと、それだけは考えが一致している。



 しばらく無言で睨み合ったあと、議長が先に口を開いた。



「……その試験、試験官は決まっているのですかな」


「僭越ながらわたしがこの目で」


「なるほど」



 議長は突然、無表情から一転してにっこりと笑った。



「それは実に信がおけますな」


「恐縮です」


 神官が軽く頭を下げると、議長はそれを一瞬、唇は笑みの形のまま冷え冷えとした目で見やる。

 しかし、神官が顔を上げるとまたにっこりと笑顔を作った。


「本日は神官様方のお時間をだいぶ頂戴してしまったようです。また何か気にかかりましたら寄らせていただきましょう」


「ええ、いつでもどうぞ、ご自由に。お待ちしております」



 議長の去り際、神官はその背中に「ああ、そういえば」と声をかけた。


 顔だけで振り向いた議長に、神官は穏やかに続ける。



「セレフィアム様は聖女の間でアナスタシア様に魔力をお譲りしたようです。どうもそれで熱が出ているようでして」


「それは大変ですな」


 驚いたように目を丸くして見せ、『では明日お見舞いに』と言いかけた議長に、神官はすばやく告げた。


「ですので、しばらくは面会はお断りをさせていただきます。お見舞いもご遠慮ください、ご負担になりますので。では、お引き止めしました、どうぞお帰りを」



 議長の目がわずかに細まる。

 忌々しいと言いたげだ、と神官は微笑みを深めたのだった。










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