夫、夜中に脱走出来なかった。
読んでいただいてありがとうございます。この2人もそろそろ会わせてあげたいのに書いてるとなぜか周囲の邪魔がすごいです。
人を訪ねる時間帯ではないのは十分理解しているが、ようやく自分の妻がどこの誰か分かったのだ。ましてやそれが自分の長年の想い人だと分かった以上、すぐに会いたいと思って何が悪い。
そう思っていたが家族に思いっきり止められた上に、リセの家を自分は知らなかった。弟や妹は知っているというのに。
「なぜアーディがこの部屋にいるんだ?」
リセを訪ねるのを諦めて部屋に戻って休む準備をするフリをしていたら、なぜかアーダルベルトが寝間着姿で部屋にやってきた。
「不本意ですが見張りです。母上から一緒に寝て兄上を見張るように言われました」
母はリセのことに関しては長男を信用していないらしい。こちらも不本意だ。
「兄上、どうやら昔、父上が真夜中に脱走したことがあったらしくヴァルディアの男は女性絡みだと暴走しがちだそうです」
当時の恋人であった母にどうしても会いたかった父が真夜中に家出するという事件が昔あったそうで、母はその時のことを思い出して息子も同じ様な行動をすると考えたらしい。そこで何故か弟に白羽の矢が立ち、アーダルベルトは夜中に兄の部屋を訪ねることになった。
「父上がやったからって僕たちまでまとめて同類に見られるのは非常に不本意です」
「…あ、うー、まぁ、そうだな……」
レオンハルトの言葉の最後の方がごにょごにょっとなった。ごにょごにょしたので弟はものすごく不審な目で兄を見た。
「……兄上、色々と思うことはありますが……出来ればもう少しの間は僕の憧れでいて下さい」
「切実だな」
弟は切に願っている。一家の大黒柱である父はああで、母もああで、せめて兄だけは…!と思っていたのに兄は兄でちょっと残念な人だった。妹はすでにあちら側の住人だ。
「アーディ、いいか。男には全てをかけて戦う時があるんだ」
「今じゃないです」
兄が夜中に家出しようとする理由を弟はばっさり切った。実際、こんな夜中に家も知らない相手をどうやって探そうというのか。もし家を知ったとしても訪ねたところで不審者がいいとこだ。
ヴァルディア家の血が怖い。暴走しすぎだ。
「いいですか、今日は兄上は僕と大人しく寝て下さい。義姉上のもとに行くのは明日以降です。いいですね」
「……わかったよ」
しぶしぶ兄は了承した。王都の女性陣憧れの貴公子様はどこに行ってしまったんだろう。
初恋の相手を妻にしていることに全く気付かず、妻と知らなくてもそれとなくアプローチをしていたはずなのだがそちらも不発だ。それどころか現在進行で恋してる相手である奥さんから「好きな人がいるそうなので離婚して応援したい」と言われて離婚届まで用意されている。
兄が好きなのは貴女ですよ。なんて言葉は家族の誰も言わなかった。
「兄上、大人しく寝て下さるのでしたら、寝物語に兄上の知らない義姉上の話をして差し上げますよ。僕とディアナは割と義姉上にべったりでしたから」
「……何だろう、すごく聞きたいのに聞いたらものすごく嫉妬しそうだ。どうしてそこに俺が入っていないのかってとこでムカつく。俺、リセの旦那さんだよね」
「一応?疑問符つきますけど」
「もっとまともに家に帰って来ていればよかったなぁ。今更ながら後悔だよ」
学生時代は色々と時間が勿体なくて、あまり家に寄りつかなかった。家族も自由は今のうちだからと言って好きなことをやらせてくれた。それはそれで有難かったのだが、その裏でリセと弟妹が仲良くなっていたのかと思うと複雑でしかない。
「まあ、嫁姑問題とかが起きていないのは良いことなんだろうけど」
「それ以前に夫婦の問題が起きていますが」
弟の冷静なツッコミに兄は凹んだ。全く以てその通りだ。嫁姑問題以前に夫婦関係がこじれている。原因の一つが家族を放置してあまり近寄らなかった自分だ。
「くっそー、こうなるって分かっていたら、ちゃんと帰って来たのに。そうしたら今頃、リセとイチャついてたのに」
「……兄上……」
レオンハルトは堂々とリセとイチャつきたかったらしい。いや、まぁそこは夫婦だから別にいいのだが、兄が若干崩壊していないだろうか。
アーダルベルトは持ってきた自分の枕をベッドに置くと兄を手招きした。
「さあさあ兄上、さっさとこちらに来て下さい」
「俺が一緒に寝たいのはリセなんだけど」
「僕だって今更兄上と一緒に寝たくはないですよ。でも母上のご命令なので。ちなみに義姉上は寝相は良いですが、誰かと一緒に寝ていると抱きしめてぎゅっとしてくれます」
「アーディ??」
ちょっとどころかお腹の底から野太い声が出た。アーダルベルトはすごい良い笑顔だがそれを知っているということは一緒に寝たことがあるということだ。
「兄上に言うつもりはなかったのですが、寝物語の一つとして提供しますよ」
もちろん一緒に寝ていたのは小さい頃の話だし、ディアナや時には母も一緒に寝ていたので疚しいことは何もない。さすがに父は遠慮していたが、それ以外では義娘をたいそう可愛がっていた。
兄には申し訳無いが、家に帰って来ない兄よりよほど家族として接してきた時間は多い。
「兄上……本当にもったいなかったですよね。義姉上が笑顔を取り戻していく過程を見逃すなんて……」
「くっそ!!アーディ、さっさと吐け」
レオンハルトは乱暴に布団を剥ぐとアーダルベルトの横にもぐり込んだ。
義姉の話をするのに吐けとか言わないでほしい。まるで尋問みたいじゃないか。
ぶつぶつと文句を言いながらアーダルベルトは話したのだが、話の途中でレオンハルトがその時のリセの様子はどうだったのか、泣いてはいなかったのか等、事細かく聞いてきたので本当に尋問されているみたいだった、と翌朝寝不足の顔で母と妹に報告をする羽目になったのだった。