夫、妻の元に行けない。
読んでいただいてありがとうございます。更新が遅くなりましたが、少しずつでも更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
リセ……リセがエセルドレーダ。自分の妻。
その事実にレオンハルトの心臓は大きな音が鳴りっぱなしになった。
「俺の……奥さん……?リセ、が……」
「で、貴方はどこの誰に恋しているの?」
「そんなの!!リセに決まっているでしょう!!」
母に聞かれて反射的にレオンハルトは言い放った。
「はっはっは。そうだよね、レオンは昔からリセしか見ていなかったからね」
父がやたらと朗らかに笑って言った。
「でもリセの話だとレオンには他に想う女性がいる、みたいな感じでしたわよ?」
「どうせリセの気持ちを推し量ろうと思ってちょっと言ってみたんだろう?そして見事にリセにスルーされた、と。浅はかだね」
笑顔の父の言葉が突き刺さる。その通りなので何も言い返せない。
「すみません。ちょっと行ってきます」
今は両親よりもリセに会う方が先決だと判断したレオンハルトは家族に背を向けて玄関へと向かおうとした。
「お待ちなさい。どこに行く気ですか?」
「リセの元へ、です」
何を当り前のことを母は聞いてくるのだろう。探していた妻のエセルドレーダがリセで、そのリセにこっちはずっと惚れていたのだ。リセがあまりにも自分を男性として意識していないのと、仕事がしたいと言っていたから今まで黙っていたが、そろそろ限界で告白しようと思っていたところだ。リセが奥さんだというのならちょうど良い。
「淑女を訪ねる時間ではありませんよ」
「……夫婦です」
「名ばかりのね。それも今ここにある紙1枚で解消される関係よ」
母の言葉も容赦がない。
「リセがこの紙を置いていった時、レオンハルト様の都合の良い時に出して下さい、って言っていたわ。それもすごく申し訳なさそうに言っていたのよ。貴方、まるっきり男性として意識されてないわね。一番そういうことに興味を持つはずの青春の学生時代に何してたのよ」
リセに男性として意識してもらえるようなことをしてこなかった学生時代を責められている。というか母よ、学生時代にリセとそういう関係になっていても良かったのだろうか?……夫婦だからいいのか……。
父母にちょっとリセとの関係を進められなかったことを責められて、レオンハルトの思考がおかしな方向にいった。
「母上、落ち着いて下さい。兄上も。いくら夫婦とはいえ、関係性が学生時代の友人というだけですからさすがに夜に訪ねるのは義姉上のご迷惑になると思いますよ。うっかり誰かに見られたらそれこそ義姉上が白い目で見られてしまいます。対外的には年頃の独身女性ですから」
アーダルベルトが諭すように優しく言ってくれたが、内容はやっぱり兄を責めているような気がする。
「……ねぇ、お兄様。お兄様ってお義姉様のおうち、知ってるの?」
「……あ……」
一番真っ直ぐにディアナが聞いてきた。よく考えたらリセがどこに住んでいるのかをレオンハルトは知らない。学生時代は学園でしか会わなかったし、今は職場でしか会わない。外で待ち合わせのデートなんてする以前の問題だ。友人として昼間に健全なお食事会はしたことはあるが、夜に飲みにいって送っていく、なんてこともしたことがない。
「……知らない。ひょっとしてディアナは知っているのか?」
知らない間に自分以外の家族はリセと仲良しになっていた。ならばひょっとして知っているのではないかと思って聞いてみたのだが、妹はにっこり笑った。
「お義姉様のお部屋のカーテンや家具は私が選んだんですの。お義姉様、私はあまりセンスがないから一緒に選んで欲しいっておっしゃって…!楽しかったですわ」
「……何か、俺の家族がヒドい」
エセルドレーダは俺の奥さんなのに!夫婦なのに!俺だけのけものとかひどくないだろうか。
「すまないね、レオンハルト。リセがどうしても君にだけは迷惑をかけたくないって言うから、私たちもついついほだされてね。でも、レオン、逆に言えば無意識だろうが何だろうが、リセは君だけは特別な存在なのだと意識しているんだよ」
さすがにやりすぎたと思ったのか父が言った言葉にレオンハルトは希望を見いだした。
「そうですね、分かりました。今日は諦めます。明日、必ず捕まえます」
レオンハルトの宣言に、お話し合いの為に捕まえる、というよりも捕食に近い感じを受けるのはなぜだろう。
「思い出しますわねぇ、あなた」
「うん。ヴァルディアの男は一途だからね」
そっか、ヴァルディアの男は一途なんだ。僕も将来ああなるのかな。
ちょっとだけ何だかなーという気持ちをアーダルベルトは持ったのだが、父がああ言うということはご先祖様方もああだった可能性が高いわけで……あの感じからは逃れられそうにない。
「アーディ兄様があの感じになったらそれはそれで面白いかも……」
妹のつぶやきがしっかりと聞こえてきた。妹よ、それはもうちょっと小さい声で言ってほしかった。あと、面白がらないでほしい。
「……兄上、しっかり義姉上を捕まえて来て下さい。このままだと僕の将来が何だか不安です。一途が家風ならせめて幸せエンドが希望です」
「もちろん俺もそれが希望だよ。ちなみにアーディはリセの家を?」
「……知っています……」
「……そうか……」
居た堪れない!この分だと実は手作りおやつとか貰ったことがある、なんてことは絶対言わない方がいい。もっと小さい時はリセと自分とディアナ、3人で一緒のベッドで寝てました、というのも言えない。暗闇を怖がっていたリセの為にリセを真ん中にしてディアナと3人で寝ていた時期がしばらくあったのだ。ちなみにその時期、レオンハルトはすでに学生寮に入っていた。
「安心して下さい。義姉様が暮らしているのは、安全が配慮された場所ですから」
「そうか」
兄が「そうか」しか言わなくなっている。義姉様、どうか兄上をよろしくお願いします。アーダルベルトはちょっと不憫な兄のことを義姉に託したのだった。