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夫、上司に昔話を聞く。

 実家ではたいした情報は手に入らなかったのでそれとなく顔の広い友人たちにも聞いて回ったが、誰1人としてエセルドレーダに関する情報を持っている者はいなかった。

 本日、何度目かのため息を吐いた時、上司である第一騎士団の団長に「うっとうしい」と怒られた。

 さらに「そんなに暇なら相手してやる」と言われてしっかり稽古の相手をさせられた。


「…大変申し訳ございませんでした」


 考える時間を一切与えてくれない稽古が終了し、お風呂で汗を流したら多少はすっきりしたので団長室に行って謝罪をすると上司はレオンハルトにイスに座るように指示を出した。


「いいか、レオンハルト。昔話を1つお前に話してやろう」


 突然そんなことを言われて意味が分からないレオンハルトは「はぁ」と間抜けな声を出した。


「お前も知っての通り、この国で爵位を継ぐ為には、その一族の血を引いている事が絶対条件だ。養子を取るにしても必ず血がどこかで入っていなくてはならない。それは他家の者であろうとも絶対条件で、それを破る事は許されない。まあ、基本貴族は他家と政略結婚をしているから貴族内なら血のつながりは多少なりともある事が多いがな。だが、何事にも例外というものがある」


 嫁に出したり婿に取ったりとしていれば色々な一族の血が混じる。団長自身も伯爵家の当主だが、他にもいくつかの家を継ぐ権利を持つ血を引いてはいる。とはいえ、それはあくまで本家と言われる家に誰も後継者がおらず、かつその一族の中から本家を継ぐ者がいない時だけに限られるので、よっぽどの事態がない限りはそれらの家を継ぐことは無い。その制度は、一族の血を引かない者による爵位及び家の乗っ取りを防ぐ為のものだ。実際、昔、後妻の連れ子とかいう存在が爵位を持つ家を乗っ取ろうとした事件を教訓として定められた制度らしい。


「とある子爵家はな、建国からある古い血を継いでいる一族だったのだが、元々子供が生まれにくい一族だったらしい。そこに流行病なども相まって一族はずいぶんと数を減らしたんだそうだ。さらに近年は他家とのつながりを持つ事もなく、緩やかに滅亡の道を辿って行っていたんだ。最終的には子爵になったばかりの若者唯1人になり、このまま結婚もせず子が生まれなければ、子爵位を国に返上しようとかと考えてもいたらしい」


 レオンハルトはまだ意味が分かっていないが、騎士団長が真剣に話しているので、重要なことなのだろうとしっかり聞いている。

 しっかり聞け、お前の奥さんに関することだからな。と言いたい処だが、ここはまだぐっとこらえて淡々と事実だけを述べていく。


「そんな子爵も恋をして妻を迎えたのだが、奥方は貴族ではなくて裕福な商家出身の女性だった。当然、その家に過去に子爵家の血が入ったことなどなく、子爵と奥方の間に生まれた1人娘にしか子爵家を継ぐ権利はなかった。だが、娘が12歳の頃にご両親が事故で亡くなって、1人残された娘の後見をするという名目で奥方の弟家族が子爵家に乗り込んできたんだ。彼らはあくまで平民で貴族ではなかったのだが、いつの間にか社交界に当たり前のように出入りし、その子爵家を乗っ取ろうとして1人娘を子爵家の地下室に監禁していたんだ」


 胸くそ悪い話だ、子爵家を乗っ取る為に幼い少女を監禁までするなんて!騎士だけあって正義感というものをそれなりには持っているレオンハルトは聞いているだけで嫌悪感でいっぱいになってきた。


「弟夫妻は自分の娘を子爵家の1人娘だと偽っていたんだが、見る者が見れば違うことはすぐに分かった。ただ、本物の居場所がなかなか掴めなくて騎士団で探していたんだが、ようやくメイドの1人が地下にそれらしき少女がいることを白状したんだ。それからすぐに子爵家に乗り込んで少女を助けて乗っ取りを企んだ弟家族を全て罰した。だが、当然ながら地下に監禁されていた少女はまともな状態じゃなくてな…がりがりに痩せて、身体中ひどい傷だらけだった。何度も鞭で打たれたらしい。主にそれは叔父にやられていたとのことだったが、時には家族総出で少女に殴る蹴るの暴行をしていたとの証言もあった」


 レオンハルトの脳裏に幼い子供が暴行を受けるシーンが流れ、知らず知らずの内にぎゅっと拳を握りしめた。


「…団長、その弟夫妻は…?」


 自分でも驚くほど、低い声が出た。


「言っただろう?全員、罰した、と。首謀者である亡き奥方の弟夫婦は『薬実の塔』送りになった。簡単に死ぬことは許されず、気が狂うまで…イヤ、気が狂っても治験の為に死ぬまで薬の実験体にされたよ。娘の方は子爵家の娘とそう変わらない年齢だったが最下層の牢獄に入れられてそこで囚人の世話役をしていたな。娘の方は1年経たずに亡くなり、夫婦の方はもう少し生き延びていたかな。だが、3年は保たなかったはずだ」


 苦しんだのは自分ではないが、首謀者が罰を受けてすでにこの世にはいないことには安堵した。

 そして思い出すのは、自分の妻になった少女のこと。


「…団長、つかぬ事をお伺いしますが、その子爵家の娘さんの名は…?」

「さすがに気が付くよな。娘さんの名前は、エセルドレーダ・ソルトレイ。ま、つまりお前の奥方だ」


 やっぱり、とレオンハルトは小さく呟いた。さすがに途中からあの時の少女の姿がちらつき始めたので、そうではないのかと思っていた。

 そして納得もした。どうしてあんなにぼろぼろだったのか。あの時、助け出されてどれだけの日にちが経っていたのかは分からないが、それほど時間は経っていなかったのではないかと思う。


「団長、子爵家の領地などはどうなっているのかご存じですか?」

「お前のご両親が管理してるさ。弟夫妻に大分切り売りされていたらしいが、事情を知った他家の貴族たちが大半は無償で返還したんだ。なんと言っても正統な当主じゃない人間の手によって売り払われていたものだからな。下手に裁判なんかになったら自分たちの名誉が傷つく可能性もあったし、王命が下る可能性だってあった。そうなる前に貴族たちは進んで返還してくれたよ。一部、商人なんかにも流れていたが、そこはヴァルディア家が交渉して取り戻したらしい。ただ、娘さんの方が自分は幼いし領地の経営もできないから、と言ってそのままヴァルディア家に渡したそうだ。で、何がどうなったのかは知らんが、お前のご両親がお前と彼女を結婚させて子爵家の土地の辺り一帯を義理の娘名義にして面倒見てくれている」

「そうですか…そこは両親に感謝しますが…団長は最近、彼女に会ったことが?」


 レオンハルトの妻であるエセルドレーダのことをこんな風に懐かしそうに話すということは、最近、彼女に会ったとしか思えない。だからこそ昔のことを鮮明に思い出しているのだろう。


「はは、お前がエセルドレーダ嬢のことを探しているのは知っている。自分の妻なのになぁ。お互い10年間も干渉無しで生きてきたんだ。今更感が満載だな。最近、彼女に会ったのかと問われれば、ついこの間、会ったばかりだ。なぁ、レオンハルト、お前はどうして彼女を探しているんだ?白い結婚なのは間違いないのだから、このまま離婚すればいいだけじゃないのか?」

「それは…」


 お互い不干渉で生きてきたので、自分たちの結婚が白い結婚なのは誰もが承知している。書類一つで簡単に別れられる存在なのも。だが、それでも一度は縁があって夫婦になっているのだ。きちんと会って、話をしてお互い納得して別れたい。


「これでも一応、夫婦なんです。本来ならもっと前に色々と話し合わなければならない関係でしょうが、それを怠ったのは俺の方です。彼女ときちんと話をしてお互い納得した上で別れたいんです。でないと先に進めない気がするので」


 生真面目なレオンハルトらしい答えに第一騎士団の団長はにやりと笑った。


「ほう、前に進む、ねぇ。好きな女性でも出来たのか?」


 さすがに色恋の達人と呼ばれるおじ様はちょっとした言葉の言い回しでもすぐに気が付いた。


「……好きな女性、というかずっと片想いしてきた女性がいるんです。学生の頃からの友人ですが、当時から彼女は恋愛に興味はなさそうでしたし、仕事に生きると言っていたので告白しないまま今の今まで来てしまったのですが…最後のチャンスだと思って告白しようと決めていたんです。そしたらまさかの事態になっていて…」


 はぁっと大きなため息をついた部下に上司の方は思わず笑ってしまいそうになった。レオンハルトのことは学生時代からもちろん知っていた。将来有能な彼を第一騎士団に入れようと色々と情報収集もしてきたからだ。なので、レオンハルトの学生時代からの女性の友人とやらは1人しか思い浮かばない。

 

 告白もなにもする前にもう結婚してんだけどね、お前たち。


 なんてツッコミを入れたいが入れられない。

 生真面目だが、女性に対して冷淡な部分があるレオンハルトがエセルドレーダことリセの前でだけはいつも柔らかい笑顔を見せていた。誰もが、いつまで片想いしてんの?って思うくらいには周囲にバレバレだった。レオンハルトとエセルドレーダが結婚していることを知らない周囲は早くくっつけとか思っていたし、結婚しているのを知っている人たちからは、書類上は夫婦なんだからさっさと名実ともに夫婦になって好きにいちゃつけ、とか思われていた。


「あー、レオンハルト、これはお節介なおっさんからのアドバイスだが、真実ってけっこう身近にあるんだぞ」

「…それはエセルドレーダが俺に近い場所にいる、という風に受け取ってもいいですか?」

「彼女にもお前ときちんと話し合って欲しいとは言っておいた。いいか、どんな事実が待っていてもお前は納得するまで彼女と話し合え」

「了解しました」


 後はエセルドレーダの決意しだいか、とようやく一歩進みそうな夫婦に第一騎士団の団長は笑うしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] エセルドレーダのリハビリと言う見地では、強引に結婚させるのは、上手く行かない場合を考えれば悪手です。 上手く行かせたいなら、むしろ、レオンハルトには、事情を良く言って聞かせせておくべき…
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