妻、義家族に負ける。
本日は仕事終わりに義父が迎えに来たので、一緒に侯爵邸に行って夕飯を共にしていた。
侯爵家の料理人はとっても腕が良いらしくて、どのご飯もとても美味しいからリセは大好きだった。これでリセとレオンハルトが本当の夫婦ならば毎日あの料理を美味しく頂けるのだが、あいにく仮初め夫婦(ただし、夫は知らない)なので夫がいない間にこっそりお呼ばれする時くらいしか食べる機会がない。
義父と義母は、遠慮しないでいつでも屋敷に帰って来ればいい、と言ってくれてはいるのだが、中々そんな機会はなくて、ずるずると疑似家族的な感じで今まで来てしまっていた。義弟のアーダルベルトと義妹のディアナはリセのことを慕ってくれているので、本当に家族の中でレオンハルトだけがリセとの関係を知らなかった。それもどうかと思うのだが、今までがそんな感じで生きていたのだ。本来なら夫婦なので一番近くにいるはずの関係なのだが、ほどよい距離感を保てる学生時代からの友人枠に収まっている。
「ははは、リセもレオンも頑固だねぇ。レオンはちょっと違うか。仮初め夫婦の提案をしたのは私たちだが、ここまでくると感心してしまうよ」
穏やかに笑う義父と義母。そしてなんだか複雑な顔をしている義弟と義妹に囲まれてリセは料理に舌鼓を打っていた。
「義姉様、その…兄様とは本当のところどうなっているのでしょうか?」
アーダルベルトの言葉にディアナも真剣な顔で答えを待っている。
大切な兄のことなのだ。ここはきちんと答えないといけないだろう。とはいえ、リセにも本当のところは良く分からない。
「うーん、私個人としては良きお友達、なんだけど、レオンハルト様からどう思われているのかはちょっと分からないかも…、嫌われてはいないと思うんだけど……こう、都合の良い総務課にいる学生時代の同級生、くらいの感覚かと…」
そもそもレオンハルトとは学生時代、首席を争った良きライバルではあったけれど、それほど個人的なことを話すような仲ではなかった。あちらは生徒会にも入っていて忙しそうな毎日を送っていたが、リセの方は毎日、図書館で勉強をしているか本を読んでいるだけの目立たない学生だった。勉強だけは良い成績を取って良い処に就職したいという下心満載で頑張っていたのだ。学生時代の出会いもたまたまレオンハルトが読みたいと思っていた本をリセが先に借りていて、返すときに知り合ったくらいだ。
リセはレオンハルトが自分の伴侶であることはもちろん知っていたが、あえて「初めまして」という挨拶をかました。レオンハルトの方はもちろん「初めまして」と返答をしてくれた。幼い頃に会った時と結婚の書類を書く時に会ったっきりだったので当然の反応にリセは納得していたし、「私のことを知らないんですか!?」と騒ぐつもりも一切無かった。ただ、レオンハルトの方が少し前のテストの結果で自分を超して1位を取っていたリセの名前を覚えていたらしく、名乗ったらすぐに「俺より成績が上だった人」と言っていた。
それから何度か借りる本がだぶったので話をする内に好きな作家が同じだったりと割と同じ趣味を持つ者同士の会話は弾んでいたと思う。その縁で一緒に勉強をする程度には仲良くなった。勉強会にはレオンハルトだけではなくて、レオンハルトの友人たちも含まれていて、一部の親御さんたちからは子供の成績が上がったと感謝されたくらいだ。その親御さんたちからの推薦もあって、中々良い就職先に恵まれた。
学生時代は終始その関係性を保ち、卒業して就職してからはたまに勉強会の仲間とは総務課で会うくらいだった。彼らとしても自分たちのことを知っているリセの方が頼み事をしやすいらしく、自分たちの書類でわからないことはリセに聞きに来ている。
だが、言ってしまえば、その程度の仲なのだ。
「リセちゃんのお誕生日まであと一月くらいね。…間に合うかしら」
「大丈夫だよ。私たちの息子はやる時はやる男だ」
「そうね。しっかりお尻を叩いて差し上げましょう」
にこにこと侯爵夫妻が笑顔で会話しているのがちょっと怖い。
息子さんのやる気を削いで欲しいのに、煽る気満々だ。
「そうですね、兄様はああ見えてやる時はやる人です。きっとリセ義姉様を見つけ出しますよ」
「いや、それは困るんだけど…」
「まぁ、お義姉様、お兄様のことがお嫌いですか?」
両親の言葉に乗っかった義弟と義妹が優しい目とうるうるした目で見てくる。特に義妹。可愛らしい外見で目をうるうるさせないで欲しい。負けて「そんなことないよ。好きだよ」とか言いそうになってしまう。とてもたちが悪い。
にこにこ笑顔の義両親と真の義姉になって欲しいと願う義弟と義妹を前にしてリセは完敗した。
「…あの…その…レオンハルト様と話してみます…」
とても小さな声でそう告げるのが精一杯だった。