夫、実家へと帰る。
ふらふらになって仕事をこなした翌日、少し時間が空いたのでレオンハルトは急いで実家へと帰ってきていた。
もちろん目的は妻について知る事。母が屋敷にいることは確認してあるので、レオンハルトは母の元へと向かって廊下を歩いていた。
「あれ?兄様?お帰りなさい」
その途中で弟と妹に会ったのは偶然だった。
「あぁ、ただいま。アーダルベルト、ディアナ、2人とも元気そうでよかった」
弟のアーダルベルトと妹のディアナは、いつもの日程より前に帰ってきた兄を不思議そうな目で見ていた。
「兄様、お帰りになるのはまだ先の日でしたよね?どうかされたのですか?」
「あー、んー、ちょっとなぁ。母上に聞きたいことがあって帰ってきたんだ。そんなに時間もないから今日の夜は夕飯を一緒に食べられないんだ。悪いな」
「いいえ、兄様もお忙しいでしょうし、仕方ないです」
アーダルベルトは兄の言葉にちょっと残念さを滲ませながら返答した。
「悪いな、アーダルベルト、ディアナ。今度、遠征に行ったらちゃんとお土産を買ってくるからな」
「はい、お待ちしています」
騎士として遠出の遠征もあるレオンハルトは、その土地土地の珍しい物をお土産として家族に買ってきてくれるので、アーダルベルトもディアナも楽しみにしていた。
「……お土産…あれ?ひょっとしてエセルドレーダにも買ってきた方がいいのか…??でも、居場所知らないんだけど…」
ぶつぶつ言いながら去っていくレオンハルトにアーダルベルトとディアナはちょっと「え…!?」という顔をしていた。幸いにも前だけを向いていたレオンハルトに気付かれることはなかったが、完全にレオンハルトの姿が見えなくなってからディアナはアーダルベルトの服をつんつんと引っ張った。
「……ねぇ、アーディ兄様、レオン兄様、エセルドレーダ義姉様のお名前を言ってましたわよね?」
「…うん、言ってたね。でも、居場所知らないとか聞こえたんだけど…、兄様、ひょっとしてやっと気付いたのかな?」
「そんな感じでしたわ。あちらには今、お母様がいらしてますし…義姉様のこと、聞きにいらしたのかしら?」
「ねぇ、ディアナはどっちがいい?このまま義姉様と兄様が別れるのがいいか、本当に義姉様が兄様の奥さんになってくれる方がいいか」
「もちろん、希望は本当に義姉様が義姉様になってくれることよ。今さら兄様の奥さんが違う人とか嫌ですし、わたくし、義姉様のこと、好きですもの」
「僕もだよ。でも義姉様のことは言ってはいけないらしいし」
「あら、アーディ兄様、それはお母様とお父様たちが義姉様と約束したことでしょう?わたくし達はそんなことは知りませんもの。なんと言っても子供ですから」
妹の大変良い笑顔にアーダルベルトはくすくすと笑った。全く以て妹の言う通りだ。
レオンハルトに自分のことを言わないで欲しい、というのは両親たち大人とエセルドレーダが交わした約束で、アーダルベルトとディアナはそんな約束は知らない。なんと言ってもこっちは子供なのだから、大人の思惑など知ったことではないのだ。子供は無邪気にかき回せばいいのだ。
「でも、義姉様のお気持ちもあるから、ちょっとくらいにしておこうね」
「そうですね、義姉様はどう思っていらっしゃるのかしら」
いつでも優しく接してくれるエセルドレーダのことが大好きなので義姉でいてほしいが、義姉に我慢して欲しいとかは思っていない。一番良いのは、兄ががんばって義姉を口説き落とすこと。一から夫婦の仲を築いていくこと。出来れば近々、甥か姪が出来ました、とかいう話が聞ければ万々歳だ。
「頑張って下さいね、兄様」
弟と妹は、兄が歩いていった方に向かってそっと応援を送った。
「母上、少しよろしいでしょうか?」
「あら、レオンハルト、珍しいこと。どうしたのかしら??」
いつもは先触れがちゃんと来ている息子が突然帰ってきた。それもいつもより覇気がないというか、ちょっとお疲れなのかふらふらしている気がする。
「まぁ、お座りなさいな」
促すと息子は素直に席に座った。こうして向かい合って見ると、夫によく似た容姿を持つ美丈夫だ。騎士だけあって鍛え上げられた身体に無駄なぜい肉なんて付いていないし、性格だって悪くない。
なのに、なぜ、義理の娘は自分の存在を隠したがるのだろう。
我が息子ながらけっこうな優良物件だと思うのだが。
「それで、どうかしたの?レオンハルト」
「えーっと…その…母上、正直に教えて欲しいのですが…」
いつもは理路整然とはっきり物事を言う息子がここまで言いよどむのも珍しい。
「その…エ…エセルドレーダについてなのですが」
「まぁ!貴方、やっとエセルドレーダのことを聞きにきたのね!!それで、エセルドレーダとはどこまでいったの!?」
思いもかけず息子から義理の娘の名前が出てきたので内心どころか全面的に喜んだ。
息子が…息子がやっと義娘と本当の夫婦になれたのか!
いつの間に!!あぁ、これで孫が見られる。
「は、母上、落ち着いて下さい。そのエセルドレーダとは、まだ会ってもいないのです!!」
「……なんですって??」
喜びもつかの間、一転して目が据わってしまった。
どうして、どうしてうちの息子はこんなにヘタレなのか!エセルドレーダのことを知ったのなら真の夫婦となるべく努力するべきだろう!!
「あなた、エセルドレーダの何が気に入らないの?」
「気に入らないも何も、先日、俺が結婚してるのを知ったばかりなんです。書類を見てようやくウソじゃないって分かったくらいで……なのでエセルドレーダのことも名前しか知らないんです」
母は内心で「チッ!」と舌打ちした。
ようやく知った、とか書類見てウソじゃないって知った、とか言ってるってことは、誰かがバラしたのだ。レオンハルトが結婚しているのを知っているのはエセルドレーダ本人と家族以外には国王陛下くらいだから、多分、国王がうっかりもらしたのだ。どうせ理由は第一王女だろう。
あのわがまま娘が息子にご執心なのは誰もが知る事実だ。だが母としてあの王女を義理の娘に迎えるつもりはない。息子がどうしようもないほど愛しているとか言うのならともかく、迷惑そうな笑顔しか見た事がないのでその線は限りなく薄い。むしろこっそり見たエセルドレーダと話している時の方がよっぽどリラックスしていた。息子はそれが自分の奥さんとは気付いてなかったけれど。
「…ふぅ、仕方のないこと。それで、今日は私にエセルドレーダのことを聞きにきたのかしら?」
「えぇ、その通りです。あの時、確か母上がエセルドレーダを連れて来られましたよね?」
「そうよ。私がエセルドレーダを引き取ったのよ。貴方ならエセルドレーダを任せられると思ったから結婚させたの」
「…俺の意思は無視ですか?」
「あら、貴方、小さい頃はエセルドレーダを奥さんにするんだって騒いでいたから問題ないでしょう」
「はぁ?っていつの頃の話ですか。記憶にないですよ、そんなの」
「ヴァルディアの男たるもの、何歳の頃の話であろうとも一度口に出した以上、きちんと守るべきです!」
代々騎士を輩出する名門の武官の家であるヴァルディア家に嫁いできたはずの母は、血の繋がりがないのに誰よりもヴァルディアらしい考え方を持った女性だった。