夫婦、告白の時。
読んでいただいてありがとうございます。
まずは、謝った。
ならばその次は、誰もが見て分かるくらいにはっきりとしたプロポーズだ。
その為には、リセに愛の告白からしなければ。
リセの後方で実の父母が、大変良い笑顔を浮かべている。ここまでの展開には満足をしているようだ。
「リセ」
「はい」
「俺たちは、学生時代に色々なことを話し合ったね」
「そうですね。レオンハルト様との勉強会や討論は、大変楽しかったです」
学生時代の思い出は、リセの中にしっかりと残っている。ただ、甘い関係になるなんてことは一切なくて、主に授業や将来のことばかりしゃべっていた。
「ずっと俺は悔やんでいたんだ」
「悔やむ?何をですか?」
「自分自身に勝手に枷を付けたこと。リセにちゃんと言わなかったこと」
「??」
枷って、何のことだろう。自分自身に勝手に付けた、ということは、リセが知らなくて当然のことなのだが、それをなぜ今になって悔やんでいるとか言い出したのだろうか。私に何を言いたかったのだろうか。
リセにはレオンハルトの言っている意味が全く分からなかった。
「誰もが認める立派な騎士になって、リセに言うんだって勝手に決めていた」
「言う?何をですか?」
リセの困ったような顔にレオンハルトは、本当に異性として意識されてなかったんだなぁ、と改めて思い知らされた。たいていの女性は、この状態まできたら何となくでも分かると思うのだが、リセには通じていない。
その様子を見ていた同級生たちは、レオンハルトに同情の目を向けた。
「いや、本当に、そうだよな、とは思ってたけど、レオンハルト、全く相手にされてないじゃん」
「ああ、あそこまでいくと感心しちゃうよな」
「リセは昔っからああだったから、俺たちも気軽に仲間として付き合えたんだよな」
「リセに告白しようとして玉砕したやつなら知ってる」
「俺も。シンプルに告白したやつは丁寧に断られてたけど、遠回しに言ったり上から目線で言ってたやつらは、相手にもされてなかったなぁ」
懐かしい話を小声でしゃべっていたのだが、静かになったこの場所では案外響く。
レオンハルトは同級生たちに、後で覚えていろよ、ついでにリセに告白したやつらの名前を教えろ、と内心で思いながらもリセに向き合った。
「リセ、学生の頃から、俺はずっと貴女が好きです。貴女は俺が大切にしたい、たった一人の女性です」
シンプルな言葉に全てを託した。色々考えたけれど、リセに間違いなく伝わるような言葉を選んだ。
「……え……?」
リセは目を見開いて驚いた。
だって、ついこの間、言っていたじゃないか。好きな女性がいるって。
「レオンハルト様……?だって、好きな方がいるって……」
「俺が好きな女性はリセだよ。騎士として一人前になったら、貴女に結婚を申し込もうと思ってたんだ。まさか、それさえも通り越して、すでに結婚しているなんて思ってもいなかったけど」
覚えていたら、もっと早くからリセと一緒に暮らしていたのに。ひょっとしたら今頃、子供の一人や二人くらいは生まれていたかもしれない。弟や妹に、兄の知らない義姉自慢されなくて済んだのに。
「リセ、何度でも言うよ。俺は貴女を愛してるんだ。どうか、俺と結婚してくれませんか?」
レオンハルトは、バラの花束を差し出してリセの返事を待った。
一方、リセの方は混乱の極みにいた。
レオンハルトが言っていた好きな女性は自分。学生の頃から好きだったと言われて、黙って離婚しようとしていた身としてはどうしていいのか分からなくなった。
困って横を見ると、親友が苦笑していた。
「ルーチェ…」
助けて、どうしよう。
「リセ、落ち着いて。過去とか、貴女がレオンハルト様と結婚しているとかいう事実は全部忘れて、素直にどうしたい?レオンハルト様の隣に立っていたい?もし断ると、その場所には貴女以外の方が立つ可能性もあるけれど」
いや、そんな可能性は微塵もない。何度でも告白して最終的にリセに隣に立ってもらうつもりだけど。という意味を込めてレオンハルトがルーチェリエの方を見ると、ルーチェリエは、黙れ、静かにしていろ、という意味を込めてレオンハルトをにらみ返した。
レオンハルトに告白され、ルーチェリエにそう言われて、リセは初めてレオンハルトの隣に自分ではない女性が並んで立つ姿を想像した。それを想像したら、何だか嫌な気分になった。
レオンハルトが自分以外の女性に軽口を叩いて、微笑んで、優しく愛しさに溢れた瞳で見つめる。
ひょっとしたら、そこには二人の子供の姿もあるのかもしれない。
それは、嫌だな、と。
何で嫌なのだろう。
想像の中のレオンハルトは幸せそうで。
自分はそれを願って離婚をするつもりだったのに。
「我慢しなくていいのよ」
ルーチェリエに優しく言われて、リセの心の中の何かが壊れた気がした。
ずっと自分の想いに気が付かないようにしていた。
これは、出してはいけない想いなのだ、と。
レオンハルトの幸せを願うのならば、決して表に出してはいけない想い。きっと彼の重荷にしかならない。時が来たら、レオンハルトとはそっと離婚をして、何でもないただの友人のように振る舞えるように。
自分が我慢することで、全てが上手くいくと信じていた。
「……愛しい、と想ってもいいのですか?レオンハルト様のこと……」
泣きそうな声でそう言われて、レオンハルトは嬉しさが隠せない表情で頷いた。
「もちろん。それを願っているのは俺の方だ。リセがずっと俺のことを想ってくれるのなら、大歓迎だ。俺はいつでもリセのことを考えていたんだ」
心の底から嬉しそうにレオンハルトは答えた。
「……重い……」
「ああ、激重だ」
「むしろ断るのなら今しかないぞ、リセ」
「俺たちが思っていた以上に、レオンハルトの方がヤバい」
「イヤ、あれはもし今回、リセが断っても最終的にうんと言うまで逃がす気はないぞ」
「監禁とかされる前で良かったんじゃないか」
「そうだな」
あいつらマジで後で〆る。
レオンハルトには聞こえてきた同級生たちの言葉はリセには届いていないようで、リセは差し出されたバラの花束をそっと受け取った。
「あの、これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ。リセが俺を選んで良かったと思えるような夫になるよ。結婚式もきちんとやろう。ああ、その前にデートからかな」
嬉しそうに二人の将来のことを話すレオンハルトに、リセはまたも泣きそうになった。
「素敵。素敵だわ、あなた。想いが通じ合う瞬間っていいものね」
「ああ、そうだね、ココ。私もずっと変わらずに君を想っているよ」
「あら、当然だわ。わたくしも想っていてよ」
「そうだ。私たちもデートからやり直すかい?」
「またプロポーズしてくださるの?」
「何度でもしよう。はい、という言葉以外は聞かないけれど、いいかな?」
「うふふ。そうだわ、今度はわたくしからプロポーズをしようかしら」
「それこそ、喜び以外の何ものでもないよ」
ワーグナー公爵夫妻の方が、主役の二人よりもよっぽど甘々だった。
「やれやれ、俺たちもお二人に負けないようにしないとね」
「あ、あそこまでは……」
横に並んでさりげなくリセの腰に手をやって自分の方に引き寄せると、レオンハルトは極上の笑顔で妻の耳元でささやいた。
「愛してるよ、エセルドレーダ。君以外、いらない」
正面からの告白とはまた違う甘い声に、リセは顔が赤くなるのを止められなかった。
「そこのすれ違い夫婦。いちゃつくのは家でやってくださらない?独身には目の毒でしかないわ」
ルーチェリエの呆れた声に、リセは彼女の方を見た。
「ルーチェ、知ってたの?」
何を、とは言わなかったが、ルーチェリエにはちゃんと通じたようで、ほほほ、と笑われた。
「そのバラの花束を用意したのは私よ。計画したのはご本人なのだから、文句は全て貴女の旦那さんに言ってね」
「お、いいね、その言葉。リセの旦那さんだって」
「……デートからのやり直し、です」
「いいよ。でも今夜は一緒にヴァルディアの屋敷に帰ろう。夫婦だからね」
レオンハルトはリセの耳元に唇を寄せると、ルーチェリエには聞こえないような小声で、「夫婦だから、寝室は一緒だけどいいよね」と言ったので、リセはさらに顔を真っ赤に染めたのだった。
あっちの夫婦の方が面白そうかも……。