妻、義父母と話す。
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夜会の主催者の協力は取り付けた。バラの花束の用意は出来た。後はどうやってリセに夜会に来てもらえるようにするかだが、これは母が引き受けてくれた。
「リセちゃんのことはココ様も気にかけていらしたから、直筆の招待状を貰ってリセちゃんに渡すわ。さすがにココ様の直筆招待状とか無視出来ないでしょうから」
母がほほほ、と笑っていたが、それはワーグナー公爵夫人もエセルドレーダのことを知っていたということでいいんだろうか。そうなると確実に公爵本人も知っているということになるのだが。
「まぁ、もちろんじゃない。いい、レオンハルト、リセちゃんのこと、というより子爵家のことはけっこうな大事だったのよ。貴族の家をその血を引かない人間が乗っ取ろうとしたの。たかが子爵家の出来事なんて言ってられなかったわ。その可能性は、私たち全ての貴族にもあったのよ。言い方は悪いかもしれないけれど、リセちゃんは貴族間の結束の象徴みたいなものよ。彼女を気にかけることで、家を潰させないっていうね」
知らなかったことがどんどん出てくる。いいや、違う。レオンハルトが知ろうとしなかった事実だ。もっと妻のことを気にかけていればちゃんと分かっていたはずのこと。
「俺が悪いな。あの時、ちゃんと聞いていればよかった」
「大いに悔やみなさいな。でもレオン、悔やむのはここまでよ。これから先は貴方がきちんと守りなさい」
「ええ、母上。とりあえず、リセに信じてもらえるまで、何度だってやります」
「うちの嫁はリセちゃん以外に認めませんからね」
「了解です」
決戦の日は近づいていた。
義理の母が自ら持ってきてくれたワーグナー公爵夫人の直筆招待状。
当然ながら断ることなんて出来なかったリセは、仕方なく夜会用のドレスに着替えた。ヴァルディア侯爵家だとレオンハルトに出会う可能性もあったので断ろうと思ったのだが、レオンハルトは絶対に来ないから大丈夫だと押し切られて、本日はヴァルディア侯爵夫妻と共に夜会に出向くこととなった。
「リセちゃんと一緒に夜会に行くのは久しぶりね」
「あ、すみません。私が普段、こういうのに行かないので」
「いいのよ。レオンハルトとは白い結婚だものね」
「……すみません」
馬車の中で向かいに座ったリセに対して、心の中で申し訳ないと思いつつも、リセの罪悪感を煽っておく。こうすることで少しでもリセにレオンハルトのことを考えてもらいたい為だ。
「ねぇ、リセちゃん。レオンハルトと本当の夫婦になることは出来ない?」
レオンハルトを焚き付けたとはいえ、本気でリセがレオンハルトのことを嫌いだというのならば、レオンハルトのことを止める。政略結婚でも少しの心も通わない関係は悲惨でしかない。友人の娘にそんな思いはさせたくなかった。
「……もし、もし私が普通にレオンハルト様と出会っていたのなら……きっと好きになっていたと思います。ですが、その、傷のこともありますから……」
「リセちゃん……」
リセの背中にはだいぶ薄くなったとはいえ、叔父たちに付けられたムチの痕やナイフの傷痕などが残っていた。そのせいで背中が大きく開いたドレスなどは着られない。
「気持ち悪いですよね、この傷痕」
自嘲気味に笑ったリセに侯爵は穏やかに語りかけた。
「リセ、君の価値はそんな傷痕如きでなくなるものではないよ。確かに君の背中の傷痕を見たらレオンハルトは怒るだろう。でもそれは君に対してじゃない。君を傷つけた者たち、そして君を守れなかった己に対しての怒りだ。どうかうちの息子を信じてやってくれ」
「お義父様」
「そうよ、リセちゃん。もしレオンハルトが傷痕を見て気持ち悪いとか言ったなら、すぐに言ってちょうだい。お仕置きするから!」
「お義母様……」
義理の父母が優しすぎる。世の中には、義理の父母との仲が悪くて苦労している人も多いというのに、そういう点ではものすごく恵まれている。
恵まれている、が、2人してリセの背中の傷痕をレオンハルトが見る前提で話をしているのは何故だろう。そんなシチュエーションに追い込まれたくはない。レオンハルトに対して背中全開で見せてる状況とか、浮かんでくるのはベッドの上でのシーンだけだ。こういう時は、自分の想像力のなさを恨む。もっとこう、これを見ろ!みたいな感じでいきなりドレスをはだけるとか……無理だ。そんな度胸はない。
「リセちゃん、私からもお願い。レオンハルトを信じてあげて。あの子は一途なヴァルディアの男よ」
「……はい」
2人にそう言われてリセは頷いた。
助け出された後、夫婦になるのだと説明されて会った時から、レオンハルトに対して申し訳なさでいっぱいだった。友人として学園内で接している間もその気持ちに変わりはなくて……違う、そうじゃない。その気持ちを持つことによって、ずっと自分の心を偽ってきた。レオンハルトが気になるのは、白い結婚をしてもらっている罪悪感から。そうでなくてはいけない、そう思って気持ちを封印してきたのだ。
なのに、今になって、よってたかって心の封印を解こうとしてきている。よりにもよってレオンハルトに好きな女性がいると知った今になって、だ。レオンハルトに好きな女性が出来たら、心の底から応援して、レオンハルトに気付かれない内に離婚届を出す、そう決めていたのに、心が揺れている。
「ついこの間も約束をすっぽかすような馬鹿な息子だけど、あの子の気持ちには何の偽りもないの。それを覚えておいてね」
「分かりました」
ヴァルディア侯爵夫妻それぞれにそう言われて、リセは次にレオンハルトに会った時は、隠さずに全ての事を話そうと決めた。