夫、婚約破棄の逆バージョンを提案される。
遅くなりましたが読んでいただいてありがとうございます。
結局、レオンハルトはアーダルベルトに捕まったまま朝を迎えてしまった。どちらかと言うとアーダルベルトの方が捕まってエセルドレーダについて知ってる限りのことを事細かに吐かされた気がする。
「おはよう、レオンハルト」
「おはようございます、母上。さっそくですが、リセについて知っている限りのことを教えてください」
「息子の言葉が丁寧なのに冷たいように感じるのは何故かしら?」
「心当たりが十分おありでしょう?」
レオンハルトを除いた仲良し家族の話を聞き出したレオンハルトは一番画策したであろう母親に恨みがましい目を向けた。
「おほほほほ、結婚の書類に自分でサインしたことも忘れて滅多に帰って来なかった息子に放置されていた可哀想な義娘のことをしゃべるとでも?」
「お願いします、お母様」
母の容赦ない言葉が胸に突き刺さる。本当にどうして自分はそのことを忘れて妻を放置してしまったのか。ちゃんと覚えていれば、という後悔が強い。
「いい、レオンハルト、貴方が今押しかけていったところでリセは信用しないわよ。何と言っても貴方には好きな女性がいると信じているのですからね。それがまさか自分だなんて思ってもいないわよ、あの子は」
「でしょうね」
アーダルベルトから聞き出したエセルドレーダの今までの様子は自分の想像外のことばかりだった。その中でエセルドレーダはいつもレオンハルト様に感謝している、早く自由にしてあげたい、と事ある毎に言っていたと聞いた。そこは「早く自由に」ではなくて堂々と「貴方の妻です」と言って欲しかった。そうしたら絶対離さなかったのに。
「……ねぇ、みんなの前で婚約破棄って知ってる?」
母が変なことを言い出した。
みんなの前で婚約破棄って、アレか?なぜか定期的に行われる風物詩。卒業式や夜会などで婚約破棄を宣言する若者が現れるのだが、たいてい高位貴族が多く、たまに王族がそれをやるので後始末がちょっと大変という勘違いした坊ちゃんたちによる本人たちだけが満足する茶番劇。
それがどうしたというのか。
「あれの逆バージョンをやってみない?」
「はい??」
母がもっと変なことを言い出した。
いや、俺がアレやるの?でも逆バージョンってことは、婚約するの?すでに夫婦なのに?
「母上、意味が分かりません」
「貴方、わがまま王女に振り回されっぱなしでしょう?この際、王女殿下にも現実というものを見せてさしあげればいいのよ。ちょうど、今度ワーグナー公爵家で夜会があるわ。そこで大勢の貴族の前でエセルドレーダに告白でもしなさい」
「……真っ赤なバラの花束を持って?」
「分かりやすくていいわね。大勢の貴族の前でそれをやったらすぐに王女殿下のお友達が殿下にお知らせするでしょうよ。それでもまだ殿下が貴方に迫ってくるようなら、ヴァルディア侯爵の名で国王陛下に文句を言ってやるわ」
母はやる気に満ちている。たしかにイリナ王女殿下のことは正直言うとうっとうしい。仕事だから護衛しているのだが、なぜか王女殿下の中ではレオンハルトが志願して彼女を守っているとなっている。面倒くさい勘違いをこじらせている。
それに周りに大勢の人間がいてその全ての人が証人になってくれるような場面でもなければエセルドレーダは義務的なものと思ってしまうかもしれない。
レオンハルトは決意した。
誰もが見て丸わかりなくらいのなりふり構わぬ感じでいこう。
「分かりました母上。まずはワーグナー公爵に許可を頂いて参ります」
「ええ、わたくしからも公爵夫人にお手紙を書いておくわ。大丈夫よ。夫人は婚約破棄の茶番劇はお嫌いだけれど、若者の正統な恋愛は大好きな方だから」
公爵夫人はご自分が公爵と大恋愛の末に結ばれた為、想い合っている2人が結ばれる系の恋愛は大好きな方だ。もちろん下らない略奪婚とかは嫌いだが、ちゃんとした恋愛の為なら助力もしてくれる。ついでに元王女としてわがまま放題のイリナ王女に思うところがあるらしい。一度痛い目に遭えばいいのよ、と呟いていた。
そんな王女が熱い目で見ているお気に入りの騎士による妻への愛の告白シーン、社交界でもレオンハルトに妻がいることを知らない人が多いのに実は妻にベタ惚れ状態だったという滅多にないシチュエーションに萌えないわけがない。
「うふふ、楽しみねぇ」
「……早まったかな……」
母の笑顔にレオンハルトの顔が引きつった。
もちろん、定番だが確実なメッセージを持つ赤いバラの花束を用意してエセルドレーダの元に一直線に向かうつもりだが、一部の女性陣からのにやにや笑顔には耐えなければならないかもしれない。
後にその場に居合わせた多くの者たちが語った。
「彼は勇者になったのだ」
と。そして自らの妻や恋人たちからの期待に満ちた瞳に、多くの男性陣が引きつった笑顔で、一部の男性陣は満面の笑みでバラの花束を用意したのだった。
ちなみにワーグナー公爵は、妻に一輪のバラを贈った。
その際、公爵は「私だけの一輪のバラに出会えたことが何よりも幸せだよ」という言葉と共に贈ったので夫人は大変満足していたとのことだった。




