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夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
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誉れ高きバラリュールの花

 嘘から出たまこととはこの事か。


 トラモントさんが私を初幸さんの孫という設定にしていたけれど、実際に私は彼の血縁者だったんだ。

 孫ではなく曾孫だったけど。


 しかし彼がこの世界に来たのは村長さんが言うには40年ほど前の事。私の知る曽祖父が亡くなった(異世界に飛ばされた)のは70年以上前だ。計算が合わない…けど、そもそもあちらとこちらの時間軸はズレているのかもしれない。


 日記は古く所々文字が霞んでいるし、破れているページもある。馴染みのない書体も相まって解読には時間がかかりそうだ。しかも何冊ものノートを紐でつなげて束ねているのでかなり分厚い。


 色々衝撃的ではあったけど、何はともあれ日記が見つかって良かった。


 ………良かったのだろうか。


 もし、この日記の内容が怒りや悲しみに満ちていたら。

 喜びを感じただとか、幸福な事が1つも書かれていなかったとしたら。

 ひたすら絶望する日々ばかりが綴られていたとしたら。

 私は冷静でいられるだろうか。正直、最初の1ページ目で既にかなりきつい。

 曽祖父がこの世界で過ごした40年間を紐解くのが怖い。


「昼飯どうする」


 心臓が口から飛び出したかと思った。

 トラモントさんが突然部屋に入ってきたのだ。


「トトトトラモントさん!ノックも無しにいきなり入ってこないで!!!!」

「お、おう。すまん」


 トラモントさんが私の勢いに気圧されている。そして私の抱えるノートの束に目を向けた。


「あ、それ師匠の日記だろ。見つけたんだな」

「うん。でも読むの時間かかりそう」

「40年分だからな。飯は俺が適当に買ってくるからお前はそれ読んでろ」

「うん、お願い」


 トラモントさんが外に出て玄関のドアが閉まる音を聞いて、深く息を吐いた。

 この日記を読む勇気が出ない。この期に及んで尻込みするなんて、自分で自分が情けないけど。


 気分転換しよう。そう思って庭に出た。このアパートメントにはそこそこ広い裏庭があって、洗濯物を干すための物干し竿と井戸、小さな花壇がある。

 ずっと部屋に籠っているからナーバスになるんだ。体を動かして、日光浴して、お腹が満たされればきっと勇気も湧く、はず!


 しばらく無心でラジオ体操をしていると何やら1階のお店が騒がしい事に気が付いた。

 女性の叫び声が聞こえた気がする。事件か!?


 表に回るとやたら豪華な馬車が停まっていた。牽引する馬も毛並みがつやつやで賢そう。御者さんと目が合ったので会釈しておいた。


 店内に入るとロザリンドさんは応接ソファで接客中だった。そのお客さんが先ほどの叫び声を上げた人物のようだ。豪奢なドレスに身を包んだ少女がやたら興奮して喚き散らしている。


「ドレスが作れないってどういう事ですの!?わたくしはバラリュール公爵家の娘ですのよ!?」

「作れないとは申しておりません。ですが既に注文をいくつも抱えておりますので順番待ちになりますと申し上げているのです」

「わたくしのドレスを最優先で作って頂戴!」

「それは出来かねます。決まりは決まりです」

「話の通じない人ですわね!」


 話が通じないのはこのお嬢様の方だろう。

 ロザリンドさんが冷静に対応しているけど何を言っても火に油のようだ。

 どうやらお偉い貴族のお嬢様のようだけど、本当にこんな高飛車な貴族っているんだなあ。なんだか物語の登場人物のようだ。変な笑い声が出てしまった。


「ちょっとあなた何が可笑しいんですの!?」


 耳ざとい。こっちに矛先が向いてしまった。


「みみ、いいね」

「日々お茶会で鍛えているわたくしの聴覚を舐めるんじゃありませんわよ!陰口を叩こうものなら100倍返しですわ!…いえ、そうではなく。なんですのその口の利き方!あなた一体誰ですの!」


 お嬢様が顔を真っ赤にして私に詰め寄った。するとロザリンドさんが助け舟を出してくれた。


「その娘は異国から来たばかりで言葉が不自由なのです。どうかご容赦を」

「あら、そうですのね。確かに見た事のない顔立ちですし、野暮ったい服ですわ」


 村長さんの娘さんのお下がりをディスられた。可愛いなと思ったものを厳選して貰ってきたのに!


「あなたのドレスこそダサいよ。やたら宝石が散りばめられてるけどそれ何アピールなの?成金みたいで趣味悪いよ。もしくは派手に着飾って求愛行動をする鳥みたい。孔雀か!」


 日本語で言ってやった。何を言われてるか分からないだろう。と思ったら


「あなた、何を言われてるか分からないだろうと思っているでしょう。おあいにく様、言葉が分からなくても侮辱されている事くらいは分かりますのよ」


 うーん、流石お茶会で鍛えていると言うだけある。悪口には敏感みたいだ。お嬢様は頬を引きつらせている。


「あなたにはこの国の礼儀や常識ってものを叩きこむ必要があるみたいですわね」


 うわあ、面倒くさいことになった。身から出た錆だけども。悪口なんて言うもんじゃないね。


「お待ちくださいバラリュール様、その娘の非礼は私が代わりに謝罪いたします。罰は私が受けますから何卒」

「えっ!?ロザリンドさんそんな、いいよわたしがわるいんだから」

「そうねえ、わたくしのドレスを1番に仕立てるなら今回の件は無かった事にしてあげてもよろしくてよ」


 こ、この女~!!


「…かしこまりました。その様に致します」

「今日は予定があるので帰りますわ。また後日来ますから、わたくしにふさわしいドレスをデザインしておいて頂戴」


 ロザリンドさんの言葉に気をよくしたお嬢様は満足げな顔で帰っていった。




「ごめんなさいロザリンドさん」

「いいのよ、どの道最優先でドレスを作ると言うまで、あの子ここに居座ったでしょうし」


 彼女は何て事ないように笑っているけれど、ロザリンドさんに私の尻拭いをしてもらったのは事実だ。


「なにか、おてつだいできること、ある?」

「本当に気にしなくていいのよ。私の事は良いからお祖父さんの日記を探してらっしゃい」

「それならみつけた」

「あら、そうなの。良かったわね」


 私の何とも言えない表情を見て察したのか、ロザリンドさんが「お茶にするからおいで」と誘ってくれた。


 様々な生地や繊細なレースのリボン、髪飾り等が陳列された店内の一角にパーテーションで区切られた応接スペースがある。先ほどまでお嬢様が座っていたソファに腰を下ろすと今まで経験した事のない感触に変な声が出た。


「うわあ!こんなフカフカのソファはじめてすわった!」


 ロザリンドさんが噴き出した。


「ソファに座っただけでそんなにはしゃぐ人初めて見たわ」


 それからロザリンドさんはお茶とクッキーを出してくれた。お茶はフォラス村のものと違い紅茶のアールグレイのような味と香りだった。紅茶は西の方で栽培されているらしい。

 良い香りだ。ホッとする。


「ありがとうロザリンドさん」

「大したものじゃないわよ。クッキーは貰いものだし」

「それもだけど、さっきのこと。わたしをかばってくれて、ありがとう」

「もう、本当に気にしなくていいのよ。騒ぎを聞いて助けに来てくれたのでしょう?」


 そうだけど、結局足を引っ張っただけだった。


「ロザリンドさん、やさしい。カギもかしてくれたし」

「優しくなんて無いわよ。私は自分勝手な女なの」


 ロザリンドさんがニコニコ笑いながら言う。とても自分勝手な人には見えないけどなあ。


「スペルドルさんのいえにとまるのも、ゆるしてくれた」


 スペルドルさんの家に寝泊まりする際、一応大家であるロザリンドさんにお伺いを立てたのだ。

 結果二つ返事で許可を貰えた。“クリフが文句言ったら私が取り成してあげる”とまで言ってくれたのだ。


「だって、こう言ったらなんだけどあなた達金銭的余裕があるようには見えなかったもの。むしろこちらから提案しようと思ったくらいよ」

「やっぱりやさしいじゃん」

「違うのよ、本当に。ただ、なんとなく昔の私たちに少し似てると思って放っておけなかったの」


 私たち?疑問が顔に出ていたのだろう。ロザリンドさんが懐かしむように話してくれた。


「私とクリフも昔、行く当てもなくフラフラしていた時期があったのよ。紆余曲折があって今はこうして店を構えているけどね」


 ロザリンドさんとスペルドルさんて唯の大家さんと賃借人という関係ではないのか。もしかして恋人か夫婦だろうか。

 それならスペルドルさんの部屋の生活感の無さも頷ける。隣の部屋でロザリンドさんと一緒に暮らしているに違いない。


「何ていうかな、2人とも迷子の子犬みたいな顔をしてたから、放っといて野垂れ死にされたら後味悪いでしょう」


 迷子の子犬。私はともかく、トラモントさんも?


「あなた達、私に話していない事があるでしょう」

「え!?えーと」

「本当の事を言ってるけど、大事な事は隠してる気がするわ」


 ズバズバ言い当てられている。この人凄い。


「お祖父さんの日記を見つけたのに浮かない顔をしている理由も、私には話せない事なのかしら」

「それは…」


 異世界人である事を省けば話しても良いか。


「そふは、のぞんでこのくににきたわけじゃないの。ずっと、こきょうにかえりたがってたとトラモントさんからきいた」


 そんな彼が40年も故郷へ帰る方法を模索し旅を続けた。そして、結局その望みは叶わなかった。その記録があの日記なのだ。

 もし、日記の内容が痛ましいだけのものだったら。

 やるせなくて、悲しくて、理不尽に対する怒りのぶつけどころも無くて。


 そして、彼の辿った道程は、この先の私が歩む道と同じかもしれなくて。

 私にもそんな救いのない未来が待っているとしたら。


 そう思うと怖くて日記が読めない。


 私のたどたどしい説明にロザリンドさんは黙って耳を傾けてくれた。おそらく矛盾点や多くの突っ込みどころがあっただろう。

 私だったら“いや、あんた祖父の情報を求めて旅してきたって言ったじゃん。自力で来れたなら帰る方法もあるでしょ”と突っ込んでいる。


 でも彼女はそんな事は言わなかった。


「怖いなら読まなくてもいいんじゃないかしら」

「え」


 気の抜けた声が出てしまった。


「お祖父さんは故郷へ帰れなかったのだから、その日記を読んでも有益な情報は得られないでしょうね。それに、日記って普通誰かに読んでもらうために書くものじゃないからお祖父さんも読まれたくないと思ってるかもしれないわ」


 そりゃそうだ。


「でも、おじいちゃんがどんなきもちでいたかとか、ひいおばあちゃんたちのこと、わすれてなかったかとか、しりたい」


 曾祖母は女手一つで祖父を育てたという。相当苦労したらしい。再婚も勧められたけれど、自分の夫は生涯で唯一人だと言って断ったと葬儀の席で親戚から聞いた。


 曾祖母が愛した人を、私の曽祖父の事を知りたい。


 そうだ。曽祖父の想いを、彼がこの世界で辿った軌跡を知りたい。

 こんな単純な事だったんだ。目が覚めた気分だ。


「なんだかスッキリした顔になったわね」

「はい!」


 1人でうじうじ悩んでいても答えなんて出ない。さっさと相談すればよかった。

 どうして私はこの世界に来てしまったのか。

 どうすれば帰れるのか。

 不安はあるけれど、これはきっと曽祖父も乗り越えた事だ。きっと私も越えられる。


 それに思うのだ。物事には必ず意味があって、運命と呼ばれる不思議な力が存在するとしたら、私がここにいるのは曽祖父の無念を代わりに晴らすためかもしれない。

 怒りも悲しみも、曽祖父の想いは一つ残さず全て背負って地球へ連れ帰ろう。それが、私がしてあげられる唯一の弔いだ。


「ニホン、だったかしら。早く帰れるといいわね」

「はい!」


 ん?今何か、聞き逃せないワードを聞いたような。


「いま日本っていった?」

「ええ。チキュウって星にあるのよね。多種多様な言語があるのでしょう?クリフがお酒に酔った時、行ってみたいって泣きながら大騒ぎしていたわ」

「ロザリンドさん、さいしょからわたしがほかのせかいからきたって、しってたの?」

「あのお爺ちゃんの孫ならそういう事なんだろうなとは思ったわ」


 なんてこった。この人最初から分かってたんだ。


「い、いってくれればいいのに…!」

「ふふ、ごめんなさいね。必死に誤魔化そうとしているのが可愛くてつい」


 でもこの人は私が異世界人と知ってあんなに優しく接してくれていたんだ。


「ずっとクリフの家にいていいわよ。きっとクリフも異世界からのお客さんなら大歓迎だと思うわ。あのロクデナシが帰ってきたら異世界の話を聞かせてあげてね」






「どこ行ってたんだ!!!」


 スペルドルさんの家に戻ると玄関前で仁王立ちしていたトラモントさんに怒鳴りつけられた。

 そういえばトラモントさんが昼食の買い出しに出てからずいぶん経っている。


「ロザリンドさんと話してた」

「ああ、1階の店にいたのか。それにしたって遅いだろ。街に出てまた迷子になったのかと思ったぞ」


 迷子か。ロザリンドさんは私だけでなくトラモントさんの事も迷子みたいだと言っていたな。

 家を持たない人特有の雰囲気でもあるんだろうか。それともほかの理由が………


「おい、聞いてるのか」

「そういえばロザリンドさん、私が異世界人だって気づいてたよ。初幸さんの事情もスペルドルさんを通して知ってたみたい」

「は!?」

「それと、初幸さんて私のひいおじいちゃんだった」

「は!!??」

「それにしてもお腹空いたな。何買ってきてくれたの?」

「…………」


 それから昼食兼夕食を食べながらこの数時間の出来事を報告した。


「あのオッサン、酔った勢いで人の秘密をベラベラ喋りやがったのか」

「今更だけど、スペルドルさんてどんな人なの?」

「冴えないオッサン。いかにも学者肌って感じで、興味のない事にはとことん無関心そうな奴。師匠の古い友人らしいけど、俺は2回しか顔を合わせた事ないな。1度目は師匠に連れられてこの家を訪ねた時。2度目は……師匠を看取った時だ」


 その時形見分けをして日記はスペルドルさんの物になったと、以前そう言っていたな。


「しかし、まさかお前が師匠の曾孫とはな」


 トラモントさんが刀に視線を移して言った。


「遺品は身内であるお前が持ってるべきなんだろうな」

「ううん、いいよ。こんな大量の日記持ち歩けないから保管する場所が必要だし、刀だって私じゃ手入れの仕方も分からないからダメにしちゃうだけだもん」


 そう言うとトラモントさんはホッとしたようだ。よほど刀が大切なのだろう。


「そういえば、俺働きに出るから」

「え!?」


 突然の報告だ。


「もう日記を探す必要はないし、王都にいると何かと金がかかるからな」


 お金の管理はトラモントさんに一任しているけど、まさか底をつきそうなのだろうか。


「私も働くよ」

「それほど切羽詰まってるわけじゃ無いから、お前は取りあえず日記を読破しろ。俺の目の届かない所に居るとすぐトラブル起こしそうだし」


 うん、貴族のお嬢様に喧嘩を売った手前反論できない。


「俺のいない間に外出するとしても、この近所だけにしろよ。どうせ迷子になるのが関の山だ」


 確かにまだ中心街からここまで1人で行き来できる自信は無い。


「分かったよ。でも働くって、アテはあるの?どんな仕事をするつもりなの?」

「さっき買い出しに行った時、馬車鉄道のレールを敷く作業員を募集してたから鉄道会社に行ったらすぐ決まった」


 もう決まってるんかい!即断即決の男だな。でも、なんというか、


「一言くらい相談してほしかったな」

「ん?何か言ったか?」

「……何でもない」


 思わず漏れた言葉は聞こえなかったようだ。


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