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夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
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彼との距離感

 

 翌朝、アランさんの乗る馬車の時間の方が早かったので宿の入り口で見送った。

 私は名残惜しかったけど、アランさんはあっけらかんとしていた。


「縁があったらまた会えますよ」


 そう言って朝靄の中に消えて行く背中を見送る。トラモントさんはさっさと荷造りに戻ってしまった。

 みんな連れないな。一生の別れになるかもしれないのに。

 私も長く旅を続けていたらもっとドライになるのだろうか。良いような、悪いような。


「お姉さん」


 シュルク君が3階の住居から下りてきた。

 今日は休養日なのでこれから教会で学校があるはずだ。


「おはよう」

「おはよう。お姉さんたちも今日出発でしょ?」

「うん」

「じゃあこれでお別れだ」


 シュルク君は昨日から置かれている筆記帳を手に取り言った。


「これ、大切にする。昨日はあんな事言ったけど、この宿を続けられるならそれに越した事ないとは思ってるんだ。お姉さんたちみたいな変人の話って面白いし」


 変人!?


「だから、その、また来てよ」


 恥ずかしそうに言う少年に抱き着いた。

 彼は私たちとの別れを惜しんでくれている。そうだよね、それが普通の反応だよね!






 駅で出発予定時刻の15分前から待っていると、馬車がギシギシ音を立てながらやってきた。大丈夫だろうか。

 馬車の天井が荷台になっていて、乗客の荷物を乗せるといっぱいになった。

 私たちの足の代わりになってくれるのは4頭の馬だ。日本で見る競走馬より足が太く、穏やかな目をしている。撫でてみたいけど怒られるかな。止めておこう。

 馬車の扉には何か注意書きが書かれていた。


「なんてかいてあるの?」

「1、馬が暴走しても飛び出さず御者の指示に従え

 2、女子供がいたら紳士的な振る舞いをしろ

 3、酒や煙草は控えろ。どうしてもという時は御者の隣に座れ

 4、駅馬車強盗の話は禁句

 5、その他常識に欠ける言動をした者は御者の判断でその場で降ろすので覚悟しろ」


 だいぶかみ砕いて翻訳してくれたようだ。

 しかし駅馬車強盗というワードが気になる。


「ごうとうがでるの?」

「王都周辺は警備がしっかりしてるから滅多にない。地方では偶にある」

「あるんだ……」


 今更ながらゾっとした。

 フォラス村から荷馬車で夜を越してたった3人でこの町に来たけど、結構危なかったのでは?

 戦力になりそうなのはトラモントさんだけだし。しかも装備品は時代遅れの剣のみ。


「そんな顔すんな。悩んでも仕方ねえぞ」


 彼の言う通りだ。きっと私が不安になるからあえて言わなかったのだろう。

 でもリスクを避けていたら旅なんて出来ないんだ。


「きよわなこといってたら、ほんとうにわるいことがおきそうだもんね」


 トラモントさんが驚いたような顔をした。


「師匠も似たような事を言ってた。コトダマだっけ?」

「そう。ことばにすると、ほんとうにそうなる」


 私の時代ではフラグとも言う。






 駅馬車は揺れはするけど、荷馬車の荷台よりはずっと快適だった。

 王都周辺の街道は整備がしっかりされているのもあるだろう。


 ただ、馬車の内部がものすごく狭かった。

 3列のベンチシートがあり、真ん中だけ3人掛けで前列と後列は2人掛けだ。

 私とトラモントさんは最後列に並んで座っているけど、かなり密着している。

 太ももは常に触れ合っているし、車体が揺れるたび肩や頭もぶつかる。


 この状態で2日間耐えなければならない。もちろんずっと走りっぱなしではないけど。

 荷馬車の荷台は広かったのでここまで密着しなかった。間に積み荷の麻袋を置いて仕切ってたし。


 トラモントさんはずっと微動だにせず虚無顔で窓の外を眺めている。それどういう感情なの?

 他の同乗者も狭い車内の環境に辟易していて明らかににテンションが低い。

 この世界の庶民の旅はワイワイキャッキャするようなモノじゃないんだね…


 中学校の修学旅行は楽しかったなあ。新幹線でトランプしたり、移動も苦じゃなかった。


 出発して3時間くらいすると休憩のため停車した。

 降りる時ステップから足を踏み外して落ちた。痛い。


 乗客が全員降車して体を伸ばしたり軽食を取っている中、御者さんは客が座っていた椅子の天板を上げた。中には馬のための水や餌が入っている。


 馬が草を食む様子をぼんやり眺める。この場で1番疲れているのは間違いなく馬たちだ。いっぱいお食べ。

 先に降りてトイレ(木の影)に行って戻ってきたトラモントさんが馬車に同乗している中年女性に何か言われていた。

 2人がこっちを見た。何だろう?行った方が良いだろうか。

 迷っていると女性が連れのオジサンの所へ戻っていった。


「なにかいわれたの?」

「なにも」


 嘘だ。話してるところ見たし。言いたくないなら聞かないけどさ。




 馬と人間の休憩が終わり、また馬車が走り出す。

 窓の外には広大な穀倉地帯が広がっている。全て小麦だ。収穫の時期は8月初旬だから、あと2カ月ほどか。


 先ほどの休憩地点からさらに4時間。


 街道の途中に中継地点となる駅があって、そこでは疲れた馬の交換が行われる。

 女性陣がぞろぞろとトイレに向かった。ここには有料トイレが設置されているのだ。

 上下水道の設備は都市部を中心に少しずつ進んでいるものの、田舎や農地はまだまだほったらかしの状態であるらしい。


 馬車に戻る途中、本日の役目を終えて厩舎に戻る馬たちを見かけた。その内の一頭がこちらを見た。

『旅はまだ長い。頑張れよ』と言われている気がした。私疲れてるのかな。


 馬車に戻ると、またトラモントさんが先ほどの女性に何か言われていた。女性は何か怒っていて、旦那さんらしきオジサンに宥められている。

 席に戻ってからトラモントさんに再度聞いてみた。


「なにかいわれたの?」

「………」


 寝たふりを決め込まれてしまった。





 ストラスと王都の中間地点となる町クロセルに着いたのは夜8時過ぎだった。


 駅馬車を運行している会社が宿を用意しているので、そこに泊まるらしい。

 街灯に照らされる大通りを行き駅に到着した。

 そう、この町には街灯があったのだ。ここでは大通りだけだけど、王都はほぼ全域にガス灯が設置されているらしい。人類の英知を感じた。


「ん」


 トラモントさんが仏頂面で手を差し出した。


「え」


 馬車を降りる際、なんとトラモントさんが手を貸してくれた。あのトラモントさんが!

 視線を感じてそちらを見ると、休憩の度トラモントさんと話していた女性が満足げに頷いていた。彼女がけしかけたのか。


「ありがとう」


 ドギマギしながら手を借りて降りた。凄い、王子様みたい!


「こけたらしいな。トロいんだから自覚して気を付けろよ」


 この口の悪さが全てを台無しにしてるんだよなあ。

 ほら、あの女性が眉を吊り上げてるよ。




「トラモント・ハーブスト様とアカネ・ハーブスト様ですね」


 指定されている宿でチェックインの手続きをしていたら、フロントの人にそう言われて固まった。


「ああ」

「お部屋は3階になります。鍵をどうぞ」

「ちょっと待て。部屋は2つ取ったはずだ」

「少々お待ちください。確認いたします」


 スタッフの方が引っ込んだのでトラモントさんの肩を掴んで聞いた。


「どどどどういうこと?ハーブストって!」

「関係を聞かれると面倒くさいだろ。兄妹って事にしておいた」


 ああ、なるほど兄妹ね。納得納得。全然似てないけど。


「何焦ってんだ」


 トラモントさんに不審げな目を向けられ言葉に詰まった。


「あの、お客様」


 申し訳なさそうに声をかけられた。


「書類上のミスがありまして、一部屋でのご予約が入っております。本日は満室でしてもう一部屋ご用意するのは難しく……如何いたしましょう」

「アカネ、お前はここに泊まれ。俺は他の宿を探す。野宿でも良いし」


 ため息が出た。





 もう夜だ。明日は朝早い。今から宿を探し回るなんて合理的じゃない。

 そう説き伏せて同じ部屋に泊まることにした。


「宿泊施設の手配は駅馬車の運行会社がやるんだ。俺は確かに二部屋って書いたぞ。ミスをしたのは運行会社であって俺は」

「それ聞くの3度目だよ。別に疑ってないからもういいよ。何焦ってるの?」


 私も少し冷静じゃないみたいだ。思わず早口の日本語が出た。


「焦ってない!」

「大きな声出さないでよ。大体、1人だけ野宿するなんて言われて、はいそうですか、なんて言えないでしょ。宿の人だって不審に思うよ」

「………………」

「兄妹って設定なんだから兄妹らしくしようよ。私、本物の兄がいるけど同じ部屋で雑魚寝なんてよくやってたよ」


 流石に私が小学生の時までだけど。


「明日朝早いんだから、さっさと寝よう。お休み!」


 ドアの前から動かないトラモントさんを放置して2つあるベッドのうち片方に潜りこんだ。

 少しとげとげしい言い方をしてしまって後悔したけど、なんだかひどく疲れて目を閉じた。


 村長宅ではそれぞれの部屋を用意してもらえたし、カリンさんの宿でも別の部屋を取った。

 フォラス村からストラスへの移動中は一緒に荷台で雑魚寝したけど、御者のおじさんも一緒だった。


 だから、トラモントさんと2人きりで夜を過ごすのはこれで2度目だ。

 この世界に来て初めての夜、2人で野宿した時は感情は不思議と平坦だった。

 それなのに、今はどうしてこんなに落ち着かない気分なんだろう。





 馬車の窓から見える景色は昨日と変わらない。広い広い麦畑だ。


 朝からトラモントさんとはほとんど話していない。

 目が覚めて隣のベッドを見ると横になった形跡があったので、あの後トラモントさんも寝たようだ。

 どこに行ったのだろうと思って周りを見回すと、部屋の隅に座り込んで刀の手入れをしていた。

 いや、刀の手入れはいいんだけど何でそんな隅っこで?

 そんな疑問を抱いたけど、気まずくて2人して押し黙ったまま朝食を済ませ、また狭い馬車に揺られている。



「あれが素の喋り方なのか」


 珍しくトラモントさんの方から話を振ってきた。日本語だ。

 日本語で話せという事だろうか。


「喋り方?」

「師匠から教わった日本語とは少し響きが違った」


 そういえば昨晩は敬語を取っ払ってまくし立てた気がする。


「日本語は色んな語尾がありますから、それで印象が大きく変わるんですよ」

「敬語じゃなくていい」


 ポツリと呟いた。


「敬語は目上の相手に使う言葉だろ。俺も教わった。師匠は俺を旅の仲間だって言ってたけど、剣術の稽古の時だけは師匠と弟子だから敬語で話せって」


 2人は師弟であり、共に旅をする仲間でもあったのか。面白い関係だな。


「俺は別に偉くないし、敬語で話す必要はねえよ」

「目上の者だけじゃなくて、初対面の相手とかあんまり親しくない人にも使いますよ」


 言ってから、しまったと思った。それじゃトラモントさんに距離を感じてますと言ってるも同然じゃないか。実際感じてるけども。


「あの喋り方の方が合ってる」


 トラモントさんは特段気にした様子はなく、窓の外に視線を移しながら続けた。


「お前もあんな風に感情的になるんだな。初めて会った時大泣きしてたけど、すぐに何でもなかったみたいな顔して冷静になったしいつも愛想良くしてるから意外だった」


 確かにずっと、人に対して穏やかに柔らかく接してきた。現状に対する不安や不満を悟られないように当たり障りなく笑顔で過ごしてきた。だって、この世界で人に嫌われて孤立してしまったら生きていけないから。


「ずっと怒ってたのか」


 息が止まった。


「ずっと怒りを隠してたのか。昨日のあれは、今までため込んでた不満が爆発したように見えた」

「当たり前でしょ!!!」


 自分でも驚くくらいの大きな声が出た。


 トラモントさんがぎょっとしてこちらを見た。

 昨日のは爆発なんかじゃないよ。あれは、ちょこっと漏れただけ。爆発したらあんなもんじゃ済まないよ。

 今から爆発したらどうなるか見せるからね。壁を作ってたのに、踏み込んできて起爆スイッチを踏んだのはトラモントさんなんだから、責任取って私の怒りを受け止めてよ。


「なんで私こんな所にいるの!?意味わかんないよ!理不尽でしょこんなの!!!」

「お、おい」

「この世界の人たちには申し訳ないけど、私からすると本当に不便なんだよ!移動手段が馬とか時代遅れってレベルじゃないよ!!」

「落ち着け」

「トイレとかお風呂とかいろいろ不満はあるけど、何よりご飯だよ!調味料の種類少なすぎでしょ!」


 この国の料理はほとんどが基本的に塩味なのだ。


「味噌!醤油!あと米!和食食べたい!」


 窓の外の麦畑が全部水田だったらいいのに。

 出汁の効いたお味噌汁が飲みたい。


「家族に会いたい!お父さんもお母さんも心配してるだろうし、きっとケンケンも寂しがってるし!」


 ケンケンはウチで飼っている柴犬だ。私が親にねだって飼うことになった。

 私の事を餌やおやつを献上しにくる召使いくらいにしか思っていなさそうな態度で完全に舐め切っているけど、散歩中に不審者に追いかけられた時、立ち向かって追い払ってくれた勇敢で頼りになる奴なのだ。


 突然馬車が速度を落とした。休憩には早くない?


 私がどうしたんだろうと思って御者さんを見るとあちらも私をチラチラ気にしている。

 馬車が完全に止まった。


「おい、降りろ」

「え!?」

「お前この子に何言ったんだ」


 どうやら私ではなくトラモントさんに言ったらしい。同乗者の皆さんも振り返って責めるような目でトラモントさんを見ている。


 ここで冷静になって気がついた。先ほどのやり取り、日本語の分からない人達にはトラモントさんが私を怒らせたように見えただろう。


 トラモントさんは勘弁してくれ、といった風に頭を抱えている。


「女性には紳士的な振る舞いをしろと規則に書いてあるだろ。侮辱するような事でも言ったのか?」

「ち、ちがう!ちがうんです!」




 あの後私からトラモントさんを擁護すると御者さんは「ただの痴話喧嘩かよ」とぼやいてまた馬を走らせた。

 他の人々も呆れたように前に向き直った。居たたまれない。


「おい」


 トラモントさんが小声で話しかけてきた。


「悪かった。怒らせるつもりは無かったんだ」

「ううん、私こそごめん」

「それから、初めて会った時に地面に組み伏せたりしてすまん」


 そういえばそんな事もあったな。もうずっと昔の事のように感じる。


「怖かったし痛かったけど、もう気にしてないよ」

「……やっぱりその喋り方の方が良いな。お前に合ってる」


 トラモントさんが窓の景色を眺めながら言った。


「俺と話す時だけは日本語でいい」


 彼は私と距離を置いていたけど、それはお互い様だ。私は彼に嫌われないように、見捨てられないようにとビクビクして、それを隠していた。

 でも、そんな必要無かったのかもしれない。彼が私の心の内側に1歩踏み込んだように、いつか私も彼の心の奥底にある繊細な部分に触れてもいいだろうか。



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