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夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
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フォラス村へGO!

 

 異世界にやってきて2度目の目覚めである。


 ふと地面を見ると桜と似た花弁を持つ薄ピンクの花が一輪落ちていた。風に乗ってどこかから飛ばされてきたのだろうか?

 顔を出したばかりの太陽はまだ低い位置にあり、西の空は暗い群青色に染まっていた。


 昨日私が椅子代わりにしていた石を挟んで反対側にトラモント・ハーブストさんが石に寄りかかる形で座っている。

 私の視線を感じたのかこちらを振り向いた。


「起きたか」

「はい。おはようございます。外套ありがとうございました」


 彼が貸してくれた外套を脱いで返そうとすると手で制された。


「それはそのままお前が着てろ。これから村に向かうんだ。その格好で歩いてたら目立つ」


 確かにセーラー服は異世界では珍しいかもしれない。


 昨晩彼が善意で寄越した外套は薄汚れていて不潔そうだったので正直腰が引けたものの、異世界で風邪をひいたらシャレにならないのでお礼と共に満面の笑顔で受け取った。

 一晩着ていればもう汚れも気にならない。諦めの境地とも言うけど。


「ではありがたくお借りします。南西に向かうんですよね?」

「よく覚えてたな。これから3時間は歩くから気合い入れろよ。俺も空きっ腹で辛い」


 彼も昨日の昼から何も食べていないようだった。食料を持っていないから昨日のうちにどこかの村に辿り着く予定だったのかもしれない。


「そういえばトラモントさんはどうしてここに来たんですか?」

「墓参り。昨日話した知り合いの日本人の墓だよ」

「昨日言ってた人の……もう亡くなってるんですね。出来れば会って話がしたいと思ってたので残念です。でもこんな所にお墓って珍しいですね。墓地って普通手入れがしやすいように人里近い場所に作りませんか?」

「……よそ者の墓だから共同墓地には入れてもらえなかったんだ。ヴィネア教徒でもないし。定住せずに世界中を放浪してた人だから特別思い入れのある土地も無いみたいだった」

「そうですか……」


 その日本人は一体どんな人でどんな気持ちで世界を旅したのだろう。

 そして、異世界で死を迎える間際何を思ったのだろう。

 自らの現状を鑑みると何だか他人とは思えなかった。


「その人のお墓参り、これからですか?それほど遠くないなら寄っていきましょう。私も手を合わせたいです」

「昨日お前が寝てから済ませたからいい。手を合わせたいなら今やれば?」

「え?」

「パッと見ただの石だし何も刻んでないから分からなくても仕方ないけど……お前が昨日尻に敷いてたソレが墓石だよ」






 思いつく限りの謝罪の言葉を並べ立て墓石に頭を下げた後、私とトラモントさんはフォラス村へ出発した。


「日本の墓石とはかなり違うので全然気づきませんでした。他にあの大きさの石は見当たらないので存在に違和感はありましたが」

「この世界の一般的な墓石とも違うぞ。普通はヴィネア教の紋章の形に削り出した石か、紋章を刻んだ正方形の石を置く」

「ヴィネア教というのがこの世界の一般的な宗教なんですか?」

「この国や周辺国ではそうだな。でも他の大陸には色んな宗教がある」

「宗教が統一されていないのは私のいた世界と同じですね。ヴィネア教って一神教ですか?多神教ですか?」

「ヴィネア教に興味があるのか?俺の知ってる日本人は宗教にあまり関心がなさそうだった。お前が墓に向かって熱心に拝むから少し驚いたぞ」

「興味があるというか、宗教上の禁忌を犯して白い目で見られたくないので。村に着く前にこの世界の常識を教えてください」


 そうしてトラモントさんからこの世界について最低限の知識を教わった。


 彼が言うには暦の数え方は地球と同じだそうだ。

 1年は12か月に分けられ全部で365日、もしくは366日。

 1日は24時間で日照時間や気温は季節や地域によって変動する。

 6つの大陸があって大小様々な国があり交流のある国もあれば無い国もある。


 言語も統一されておらず、このゴエティア大陸の西側ではデカラビア語の話者が多いがデカラビア王国を出れば通じない地域も多い。


 今現在私たちがいるデカラビア王国は大陸一の大国で、多くの従属国を持つ。


 しかしデカラビア国内にある聖地レメゲトンはヴィネア教の総本山であり、如何なる国家にも属さない空白地帯であるという。


 そして、目下私が最優先でやるべきことはデカラビア語の習得である。


 幸運にも日本語が分かるトラモントさんに出会えたものの、この先ずっと彼におんぶに抱っこというわけにもいかないだろう。

 習うより慣れろだ。とにかくこの世界の人とガンガン絡もう。邪険にされてもめげずに話しかけよう。

 一人気合を入れる私を横目にトラモントさんは何か考え込んでいるようだった。




 まだ薄暗いうちに出発したにもかかわらず、フォラス村に到着したのは正午近くだった。


 理由は明白だ。私が鈍足だからである。トラモントさんは女性の足でゆっくり歩いても3時間と見積もっていたが大幅にオーバーしてまさかの4時間。


 昨日彼が2時間で歩いた道のりを倍かけて戻った私たちは、村の中央広場に面した賑やかな大衆食堂へと倒れ込むようにして席に着いた。


「勢いで入っちゃいましたが、トラモントさんお金持ってます?分かってるでしょうけど私この国の通貨持ってませんよ」

「安い大衆食堂の飯代くらいならある。俺はこの店は昨日も入ったからな。味と量と値段の事なら心配するな」


 小声で話していると忙しそうに料理を運んでいた年配の女性が私たちのテーブルにやってきた。


「◎$♪×¥●&%#」


 当然だけど私には何を言っているか分からなかった。語尾が上がっているので、おそらく疑問形だ。ご注文は如何いたしますか?といったところだろうか。

 メニュー表に目を落とすがやはり読めない。


「○×△☆♯♭●□▲★※」


 トラモントさんが注文すると女性はまた忙しそうに厨房へ向かった。


「あの、トラモントさん」

「何だ?好き嫌いがあるのか?俺の好みで注文しちまったぞ。何が出てきても文句言わず食えよ」

「それは良いんですが、今後について話しておかないとと思って」

「それは俺も思ってた。成り行きでここまで一緒に来たがそこらへんハッキリさせなきゃな」


 私は立ち上がり上体を45度傾け祈るような気持ちを込めて言った。


「お願いします!私にデカラビア語を教えてください!」


 突如響いた威勢のいい異国の言語に店内にいた人々が何事かとこちらを振り向いた。

 お昼時で混み合っているにも関わらず水を打ったように静まり返っている。


「外国語は苦手です!きっと簡単には覚えられません!でも精一杯頑張るのでどうかお願いします!」


 彼に見捨てられたらどうしたらいいんだろう。絶望的な未来が脳裏にちらつく。


「おい、大声出すなよ目立ってるだろ。取りあえず座れよ」

「答えを聞くまで座りません」

「分かったよ、教えてやるかr「本当ですか!?後でやっぱり止めたなんて聞きませんからね!最後まで面倒見てくださいね!」


 私が席に着くと周囲の人々はチラチラとこちらを気にしながらもまたお喋りや食事に興じ始めた。トラモントさんは腕を組んで顔をしかめている。


「お前意外とふてぶてしいな。従順でおとなしいと思ったら押しが強いし」

「私の今後の命運を左右しますから、そりゃ必死に食らいつきますよ」

「昨日はめそめそ泣いてたのに立ち直りはええな。でもその逞しさは良いと思うぞ。陰気な顔して死んだように生きてる奴よりはずっと良い」


 何故か自虐的な笑みを浮かべる彼に戸惑ってしまう。傷つけるような事を言ってしまっただろうか?

 沈黙が流れ少し気まずい思いをしていると、そんな空気を打ち破るように先ほど注文を取りに来た女性が元気に料理を運んできた。

 途端に空腹を訴えるように腹の虫が鳴る。トラモントさんも先ほどの表情は消え失せ飢えた肉食獣のような目で料理を凝視していた。


「食おうぜ」

「はい!」


 それから2人揃ってひたすら無言で料理を掻き込んだ。


 次々と料理が運ばれてくるので食べきれるか心配だったが杞憂に終わった。

 トラモントさんがよく食べるのだ。どちらかというと細身なのに人は見かけによらない。

 味も調理法も食材も私の常識からかけ離れたものは無く、美味しく食べられたので安心した。内陸部だからだろう。魚介類は全て乾物だったのが残念だけど、柑橘類が混ぜ込んであるパウンドケーキらしき甘味は絶品だった。


 一息ついていると温かいお茶が出された。トラモントさんによると食後のお茶のサービスは彼の知る限りこの村だけらしい。流石茶葉が特産品なだけはある。美味しい。


「さっきの話の続きだが」

「はい」

「俺がお前にデカラビア語を教えるのは良いよ。それで、当然見返りはあるんだよな?」


 見返り………………


「ええと、私お金持ってなくて」

「知ってる」

「家事やります。料理は自信無いですけど掃除や洗濯なら」

「俺家無いから掃除するような部屋ねえし、洗濯ものだって最低限の物しか持ち歩いてねえから大した量じゃない。下着以外なら一週間か、場合によっては月に一回洗えばいいし」


 思わず借りている外套を投げ捨てたくなった。


「お(うち)無いんですか?お住まいはどうしてるんです?」

「無い。日雇いで賃金を稼いである程度貯まったら町から町へ。物心ついた頃からずっとそんな感じ」

「小さい頃から旅をしてるんですね。じゃあ身の回りのことは大体自分で出来ますよね」


 トラモントさんは私を試すような目でお茶をすすっている。


「すみません、何も思いつきません。して欲しい事ありますか?私に出来る事なら何でもやります」


 トラモントさんがお茶を噴き出した。

 大丈夫かコイツ、と言いたげな様子でマジマジと私の顔を見つめている。

 私の真摯な思い、彼に届け!と願いを込めながら真剣に見つめ返した。


 5秒ほど無言で見つめ合っていたが先に折れたのはトラモントさんだった。


「短い付き合いだがお前の人となりが少し分かったよ。今の発言は聞かなかった事にしてやる」

「何でですか?私は本気ですよ」

「本気なのは分かってるよ。だから駄目なんだよ。もう二度とそんな事言うなよな」


 呆れた様なため息をつかれた。


「見返りについては今は置いておく。それでだ、デカラビア語を習得して、お前はこの世界で生きていくつもりなのか?」

「いえ、何とかして日本に帰りたいです。でも昨日言ってましたね。帰る方法は無いって。断言してましたが、確証があるんですか?」

「俺の知ってる日本人は数十年前にこの世界にやってきて、それから死ぬまでずっと旅をしながら故郷へ帰る方法を探してた。死に物狂いでな。それでも見つからなかったんだ」

「…………」

「俺はあの人の執念をよく知ってる。面倒見が良くてさっぱりしててさ、多くの人に慕われてた。友人と呼べる人もいたし、結婚を申し込まれた事もあったらしい。本人が望めばこの世界で穏やかな生活も送れたはずなんだ。でもそうしなかった。歳を取って1日に移動できる距離がどんどん短くなっても諦めなかったんだ」


 ここでトラモントさんが少し黙った。何か、耐えきれない強い感情を抑え込むようにして。そして、苦しそうに続けた。


「一生を費やしても叶わなかった人がいるんだ。根拠もなく希望を持たせるような事は言えねえよ」

「トラモントさんはその人の事が大好きだったんですね」


 そう言われて彼は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。そういう表情をしていると幼い少年のようだ。


「まるで自分の事みたいに辛そうです。ずいぶんその人の事を理解しているみたいですし、日本語もとてもお上手です。長い付き合いだったんですか?」

「……10年ほど一緒に旅をしていた。故郷を忘れないようにって日本語の歌を歌ったりしてて、それがきっかけで俺から日本語を教えてほしいと頼んだんだ。あの人も日本語で会話できる相手がいたら嬉しいって喜んで・・・いや、俺とあの人の思い出話なんかいいんだよ。今話してるのはお前の今後の事で」

「聞きたいです。その人がトラモントさんに日本語を教えていたおかげで私は今助かってます。私にとっては恩人ですよ。偉大な先人でもあります。名前は?その人の事もっと聞かせてください」

「名前は確かハツユキだ。俺が初めて会った時にはもう大分高齢だったけど背筋がまっすぐ伸びた、キビキビ動く爺さんだったよ。剣術をやってたらしい。俺はそれも教わってたから師匠って呼んでた。これは師匠の形見だ」


 そう言ってトラモントさんはテーブルに立て掛けていた刀を持ち上げた。

 ハツユキさんはお侍さんだったのかな。それにしてはトラモントさんの話す日本語は私の時代のものとあまり変わらないように感じるけど。きっと彼の言葉遣いは師匠譲りなんだろうな。


「遺品ってその刀だけですか?ハツユキさんがどこで何を調べたかとか、旅で集めた情報を書き留めてないですかね」

「そういえば日記を書いてたな。流石に日本語の読み書きまでは習得できなくて俺には読めなかったが」

「それですそれ!ハツユキさんの日記を読ませてください!」

「ない」


 はあ?


 話を纏めるとこうだ。ハツユキさんが亡くなったのは丁度1年前の昨日。

 彼の旅路の最後の10年を共にしたトラモントさんの他に、特に親しくしていた3人の人物が彼を看取り形見分けをしたそうだ。

 ハツユキさんの日記はデカラビア王国の王都に住む言語学者が引き取ったという。


「読めない俺が持ってても仕方ないし、1番人気だったこの刀は俺が勝ち取ったからな。後は全部他の奴らに譲った」


 得意げな顔をしている。刀を巡って熾烈な戦いでも繰り広げたのだろうか?


「私は詳しくないですが、刀の手入れって大変なんじゃないですか?錆び付かせたりしてません?」

「お前で試し切りしてやろうか?」


 そんな怖い顔で睨まなくてもいいじゃないか。


「これは師匠の魂だ。本人がそう言ってた。ぞんざいに扱ったりしないさ」



 それから夜の営業に備えて一時店を閉めるという女性店員に店から追い出され、トラモントさんと村内をぶらついた。

 小さな村のわりに人が多いなと思ったけど、今は特別らしい。


「一番茶の収穫の時期だから近隣の村から人手が集まってるんだ。収穫が終われば一気に寂しくなるぞ」

「今は春なんですね。新茶って美味しいですよね。さっきお店で頂いたのもそうでしょうか」

「茶の味の違いなんて分からんが、違うんじゃないか?一番茶は最も品質が高いからその分高く売れる。客全員に無料で提供する茶にそんな高級品は使わないだろ」


 ふとトラモントさんが足を止めた。


「トラモントさん?」

「お前、王都まで日記を読みに行くんだよな?」

「そのつもりです」

「なら路銀を稼がなくちゃならねえ。なんせ費用が2倍かかるようになったからな。俺の手持ちじゃ足りない」

「すみません」

「謝らなくていい。自分の旅費は自分で稼いでもらうから」


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