表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
17/78

故郷を想い、歌う

 トラモントさんに付き添われ町医者を訪ねると、やはり一過性の風邪だと診断された。

 栄養のあるものを食べてしっかり睡眠をとるようにとの事だ。


「風邪が治るまではこの町に滞在するから宿を決めるぞ。動くのが辛いならここで待ってても良いがどうする?」

「一緒に行く」


 診療所を出てトラモントさんと並んで歩く。

 風邪を引くなんて何年ぶりだろう。最後に発熱したのは小学生の時だったと思う。

 でも昔は熱が出たくらいじゃこんな倦怠感はなかった。いつもより食欲が無い事に気が付いた担任の先生に熱を測られて、初めて39度の高熱に気づいたくらいだ。


「おい」


 トラモントさんが私に背中を向けて屈んだ。


「えっ?」

「おぶってやる」


 スカートだけど大丈夫かな。重くないかな。いや、確実に重いな。あと臭いな。昨日海に落ちたのにお風呂入ってないし。

 トラモントさんは乙女の悩みなんてどうでもよさそうだけど。


「トラモントさん肩怪我してるじゃん。大丈夫だよ、自分で歩ける」


 怪我はまだ治っていないはずだ。毎日包帯を交換していたから分かる。


「さっさとしろ」


 急かされた。トラモントさんは不動の構えだ。

 おずおずと右肩に手をかけるとトラモントさんが私の膝裏に腕を回し勢いをつけて立ち上がった。

 視界が広い。いつもより高い位置から見る街並みは新鮮に感じた。


「しっかり捕まってろ。体を離してると落ちるぞ」


 左肩に手を置くのは躊躇われて、首の付け根付近に手を置くとトラモントさんが僅かに身じろぎした。


「あ、ごめん痛かった?」

「違う」


 すごい勢いで否定された。






 トラモントさんの背中は思ったよりも広かった。

 軍が所有する軍馬を借りて来てくれたらしいけど、おそらくほとんど不眠不休だ。付き合わされた馬はヘロヘロになっていたので憲兵隊の方で預かってくれた。

 疲労の色が濃いのに私を背負ってくれている。


 ずっと昔、幼い頃に父に背負われた事を思い出した。

 家族で山登りに行って、疲れた私が駄々をこねたのだ。

 父はスポーツマンではないし、体力は人並みだったと思うけど私を背負ってくれた。

 きっと無理してたんだろうな。


 トラモントさんの右肩に顔をうずめた。

 涙が止まらない。

 トラモントさんは何も言わない。でも、その沈黙が心地よかった。




 宿は2人で同じ部屋を取った。

 トラモントさんは休職中、私は雇用主に逃げられ無職になったのだ。無駄使いをしている場合じゃない。

 トラモントさんもそう思っていたようで私の提案に反対しなかった。

 この世界に来てからいつもお金の心配をしている気がする。世知辛いなあ。


 翌日、目が覚めるとベッドから起き上がれないほど体がだるかった。悪化してる。

 トラモントさんが食事を買ってきてくれたのにほとんど食べられなかった。


「ごめん」

「謝るな。俺が食うから無駄にはならない」


 唯一果物だけは口に出来たので、トラモントさんが様々な果物を持ってきてくれた。

 昔、私が寝込むと母がリンゴをすりおろしてくれた。他にはプリンやヨーグルトが定番だったな。

 また涙が出てきた。昨日に引き続きやたら涙腺が脆くなっている。

 病気で心も弱ってるんだろう。ベッドの中で思い出すのは故郷の事ばかりだ。

 考えなきゃいけないことは山ほどあるのに。

 これからの生活の事とか、日本に帰る方法とか、あと他にもいろいろ…………




 目が覚めると夜だった。

 いつのまにか眠っていたようだ。

 横を見るとトラモントさんが私のベッドを背もたれにして床に座っていた。何故か刀を抱えている。


「俺たちの関係って何なんだろうな」


 トラモントさんがポツリと呟いた。

 声を出そうとしたけど痛くて出せなかった。


「俺は……アカネは……」


 独り言か、もしかして寝言だろうか。私が起きた事には気づいていないようだ。


「帰さなきゃいけないんだ。俺が必ず」


 帰すって、私の事?何でそんな必死そうなの?

 トラモントさんは私のひいお爺ちゃんの弟子で、私がこの世界に来て初めて会った人で。

 でも、私の事を背負い込む必要なんて無い。彼にそんな責任は無い。


 “お前にかけた労力に相応するだけの見返りを貰うまで逃がさねえぞ”


 フォラス村でトラモントさんはそう言った。

 この旅の終わりに彼は私に何を望むのだろう。






 結局私の熱が下がるまでに3日かかった。

 その間、喉の痛み 鼻水 咳 倦怠感といった代表的な風邪の症状と、ついでに謎の腹痛と頭痛、関節痛にも悩まされ、復活したその日は生誕祭だった。


 まずい。何も用意してない。ついでに言うとお金も無い。


「トラモントさん、これあげる」


 私が日本から持ち込んだアイテムの1つ、お守りをあげた。何となくいつも持ち歩いていたのだ。


「何だこれ」

「お守り。菅原道真の加護が宿ってる……はず」


 日本の神様の力が異世界まで及ぶか分からないけど。


「いや誰だよ」


 学問の神様やお守りのご利益について説明すると、トラモントさんは微妙な表情をした。


「学問ねえ、俺には関係なさそうだが……そもそも祟りを起こすような奴が、神として祀ったからって大人しくなったり利益をもたらす存在になるってのがよく分からん」

「細かい事は良いんだよ。私がこのお守りにトラモントさんが幸福であるように祈っといたから、今日からこれは幸運のお守りでもあるからね」

「適当だな」


 そう言いながらトラモントさんは受け取ってくれた。


「だいぶ体調良さそうだな」

「うん。もうすっかり良くなったよ。王都に戻る?」

「病み上がりが無理すんな。移動は明日にしよう。飯食いに行くか」


 この町に来て6日目にしてやっとまともに街を歩いた。

 初日にリュラと街を歩いたけど楽しんでなんかいられなかったし。


 改めて見ると活気に溢れていて、王都とはまた違う喧騒がある。船乗りたちの豪快な笑い声や怒声がそこかしこから響いていた。


「港町ガープの1番の観光名所はタプ岬の灯台だそうだ。行ってみるか?」

「えっ……と、別にいいかな……」

「そうか?」


 トラモントさんが意外そうな顔をしている。

 私もいつもなら行ってみたいと言っただろう。


 でも私、その岬の断崖から海にダイブしたんすよ……

 実はそのくだりはトラモントさんには話していなかった。人混みの中で隙を見て逃げた事になっている。


「見た?タプ岬の立て看板。こわーい」

「見た見た。自殺防止の看板でしょ?数日前女性が飛び降りたんだって。それで設置されたらしいよ」


 食堂の隣のテーブルに座る女の子たちの会話が聞こえてきた。

 思わずフォークを持つ手が止まる。


「私の従妹の友達のお父さんの義理のお兄さんが飛び降りる瞬間を見たんだって。変な壺を抱えた恋人らしき男性が手を伸ばしたけど間に合わなかったって」

「かわいそう……でも何で変な壺なんて抱えてたの?」

「さあ?」



「飛び降りか。アカネはうっかり足を滑らせて落ちそうだから行かなくて正解かもな」


 隣の会話が聞こえたのだろう、トラモントさんが言った。


「…………そうだね……」


 隣に座る女の子の従妹の友達のお父さんの義理のお兄さんと顔を合わせないように気を付けよう。





 食事を終えて街を散策した。

 生誕祭の間、街中は色とりどりの花や装飾で飾られている。

 子供から老人まで浮かれているのが分かる。お祭りごとは好きだ。

 生誕祭の間だけ営業する露店もあって、大通りはリュラと歩いた時より賑やかになっていた。

 生花やお菓子を売っている店が多い。生誕祭の贈り物用だろう。


「おい、何か買ってやる。好きなものを選べ」


 トラモントさんがぞんざいに言った。


「別にいいよ。ご飯奢ってもらったし」


 というか、普段の生活費ほとんどトラモントさんの収入だし。


「お守りくれただろ。1年に1度の記念の日くらい遠慮すんな」


 トラモントさんがそう言うなら甘えていいだろうか。

 でも何にしよう。お菓子は食べたらなくなってしまうから勿体無い気がする。

 花なら押し花にするか……いや、王都に持っていく間に枯れちゃうな。


 悩みながら歩いていると、風変わりな露店を見つけた。

 様々な動物の姿を模した、手のひらほどの大きさのぬいぐるみが並んでいる。

 その中の一つに目が留まった。値段も手ごろだ。


「トラモントさん、私これがいい」





「何なんだその生き物」


 私の手の中のぬいぐるみを見てトラモントさんが聞いてきた。


「さあ?知らない」

「知らないのかよ」


 この世界でこの生き物が何て呼ばれているかは知らない。生態も私が知っているものとは違うかもしれない。

 黄色の体毛に混じった黒い縞模様。見た目は日本で虎と呼ばれている動物にそっくりだ。


「一生大事にするね。トラモントさんの分身と思って可愛がるから」

「気持ち悪いんだが」







 翌日、王都に向けて出発した。

 ガープの憲兵隊本部へトラモントさんがアールベックさんから借りた軍馬を引き取りに行くと、馬がトラモントさんの顔を見た途端嘶いた。


「すっかり嫌われたな」


 トラモントさんが苦笑している。よほどの強行軍に付き合わせたのだろう。


「おい、もうあんな無茶はしないから機嫌直せ。仲良くしようぜ」


 すると馬がチラリとこちらを見て仕方ないわね、と言いたげにイヤイヤ出てきた。


「賢い奴だな」


 流石軍馬、人間2人と荷物を背負っても平気そうだ。


「後ろの方が揺れるし落ちやすいから前に乗れ。落馬して打ち所が悪いと最悪死ぬぞ」


 そう言われ、トラモントさんに支えられながら私が先に馬に乗りその後ろに跨ったトラモントさんが手綱を握った。

 鞍と鐙があるから最低限のバランスはとれるけど、トラモントさんは辛いんじゃないだろうか。


 馬の違いか、座る位置の違いか、手綱を握る騎手の技量の差か分からないけど、以前憲兵Aに馬でアパートまで送ってもらった時より格段に乗り心地が良かった。


 道中暇すぎて歌を歌っていたら意外にもトラモントさんに好評だったので色んなジャンルの歌を歌ったのだけど、中でも讃美歌が好評だった。

 讃美歌と言っても有名な映画に使用された楽曲で、確か既存のポップスをアレンジした物だったかな。


「それ日本語じゃないな。どういう意味の歌詞なんだ?」

「そういえば詳しく知らないな。神たる主についていきます、みたいな意味だったと思う」


 破天荒で型破りな女性が事件に巻き込まれ、匿われた先の修道院に改革の風を呼び込むお話だ。

 大好きな映画で小さい頃から繰り返し見ていたせいで意味も理解していないのに自然と歌を覚えてしまった。


「そういえばトラモントさん、初幸さんから日本の歌を教わって一緒に歌ってたって言ってたよね。ちょっと歌ってみてよ。私も知ってる曲かも」

「嫌だ」


 即答された。何を恥ずかしがってるんだか。


「私以外誰も聞いてないんだからいいじゃん。どんな曲を教えてもらったの?」

「色々あるけど、師匠がよく歌ってたのは故郷(ふるさと)って歌」


 ああ、兎追いし彼の山ってやつね。


「それなら私も知ってる」


 私が歌い出すと、最初は黙って聞いていたトラモントさんが小さく口ずさみだした。

 かすかに聞こえる程度だけど歌っている。


「こんな風に道中にもよく歌ってたけど、酔うと泣きながら歌ってたな」


 トラモントさんが不意に呟いた。

 故郷(ふるさと)か。初幸さんがどんな気持ちで歌っていたかは容易に想像がつく。

 きっと今の私と同じ気持ちだっただろうから。





 王都に着いたのは翌日の夕方だった。

 人生2度目の野宿をしたけど案外すんなり眠れて自分でも驚いた。街道沿いの木の下で隠れるように眠ったのだけど、1度夜中に馬車が通り、その警護をしていた兵士に声をかけられた以外特に何事もなく過ごせた。


 生誕祭の最終日なので街はお祭りの後片付けが始まっていて、道行く人々も祭りの後の寂しさを感じているようだ。

 若い男性たちが肩を組んで酒場に入っていった。どうやら彼らは今日成人を迎えてお酒を解禁されたようだ。


「そういえば、トラモントさん20歳になったんだね」

「ああ。アカネは17だな」


 この国の法律では男女ともに18で成人なので私はまだお酒を飲めない。

 トラモントさんは付き合いで飲むくらいでそれほど好きってわけじゃなさそうだけど、本音はどうなんだろう。


「アールベックにはアカネの無事を手紙で知らせてあるが顔を見せに行くか。馬を返さなきゃいけないし、アカネの捜索に手を尽くしてくれたしな」





「アカネくん!災難だったなあ。だが無事で何よりだ」


 軍司令部に行くとアールベックさんが私たちを待ち構えていた。


「私のために力を貸してくださったそうで、ありがとうございました」

「当然の事をしただけだ。それに面白いものを見れたしな」

「面白いもの?」

「君の失踪に気が付いたトラモントがここに駆け込んできてな、あの時の顔と言ったら」

「そんな事よりあの行商団の事だ。アカネから聞いた話は手紙で伝えただろ。奴らに関して何か分かった事はあるか?」


 トラモントさんがアールベックさんに詰め寄った。


「憲兵隊の方で捜査はしているがまだ何とも。…………ヘルゲン侯爵が関わっているというのは確かなのか?」


 アールベックさんが声を潜めた。


「一味を統率しているナスルという男はそう言っていました。本当の事を話していたかまでは分かりませんが」

「憲兵隊の方に調書は届いている。それで近々ヘルゲン侯爵を招致して事情聴取する予定だが、証拠が無ければ追及しても躱されるだろう」

「はい」

「勿論ヘルゲン侯爵には君の存在は伏せておく。君も侯爵と接触しないように気を付けなさい。まあ、大貴族と関わるようなことは無いと思うが」


 公爵家の娘と友達でよく家に出入りしてるけどね。





「ああ、やっと帰って来た」


 久しぶりの我が家(スペルドルさん宅だけど)だ。やっぱり家が落ち着くな。

 トラモントさんも深い息を吐いてイスに座った。2人して何を言うでもなく、しばらくボーっとした。

 少しして玄関のドアが叩かれた。


「アカネちゃん!トラモント君!」


 ロザリンドさんの声だ。


「ロザリンドさん」


 私が出るとロザリンドさんが抱き着いてきた。


「無事だったのね!2人して突然いなくなるから何があったのかと……まったく、心配したんだから」


 ロザリンドさんはお店にいて、上階から人の気配がしたからやってきたらしい。


「色々あって……ご心配おかけしました」


 それからロザリンドさんにも一連の出来事を説明すると心底同情された。


「ひいお祖父さんの因縁に巻き込まれたのね。そのリュラって子、トラモント君を狙っているのでしょう?大丈夫なの?」

「奴は国外に出たらしいからもう会う事は無いだろ」

「油断しちゃだめよ。もう2度と会いたくないと思う相手ほど何故か思わぬ所で出くわしたりするんだから」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ