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夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
16/78

港町ガープ

 ガタゴト、ガタゴト

 荷馬車が揺れている。私の脳内には今ドナドナが流れている。

 子牛のような悲しそうな瞳でこうなった元凶を見るも、奴は爆睡していた。


 私は今荷馬車に詰め込まれ王都の北端の港町に向かっている。

 海路でデカラビア王国を脱出するらしい。

 いくつもの荷馬車が連なって街道を行く。かなりの大所帯だ。

 それなのに異様なほど撤収作業が早かったから、いつでも逃げ出せるよう準備していたのだろう。


「私パスポート持ってないから出国の時引っかかるかもしれませんよ」

「パス…?何だ?」

「身分証です」

「出国審査はぬるいから大丈夫だろう。入国時は揉めるだろうが、外国まで連れまわすつもりはない。俺達が無事出国したら解放してやるよ」


 同じ荷馬車に乗って私を監視しているナスルさんが言った。


「リュラは私を連れていく気ですよ」


 トラモントさんを釣るエサにするために。


「このバカの思惑なんて知らん。君を連れてきたのは俺達がデカラビアにいる内に憲兵にあれこれ告げ口されると困るからだ」


 ナスルさんがため息を吐いた。


「この国でもう少し稼ぎたかったんだがな。こうなったら仕方ない」

「あの、聞いてもいいですか?」

「いいよ。君には迷惑かけたから出来る限り答えよう」

「どうしてビーチェ、バラリュール家の娘を誘拐したんですか?」


 ずっと引っかかっていたのだ。何故ビーチェが?貴族の娘は他にも大勢いるだろうに。


「依頼されたからだ。バラリュール家の娘をさらうように」

「…………誰に?」

「ヘルゲン侯爵。お得意様でな、俺たちによく裏の仕事を依頼していた。自分の娘を王太子に嫁がせるのにバラリュール家の娘が邪魔だったんだろう」


 なるほど、それでか。

 翌日の新聞記事の情報が早かったのも頷ける。最初からビーチェを貶めるために記事を用意していたんだ。

 事実の裏付けもせず、まだ起こってもいない事件を記事にするあたり新聞社もグルだな。侯爵に金を握らされたか脅されたか。


「それ、喋っていいんですか?侯爵に恨まれません?」

「君が何を言おうと、関係無いとしらを切られるだけだ。侯爵ならそれで追及を躱せる」


 うーむ。確かに“実行犯からこんな話を聞きました”なんて告発しても、その実行犯には逃げられ、証拠も無いんじゃどうにもならないか。


「罪悪感は無いんですか?1人の女の子の人生を滅茶苦茶にしたんですよ」

「まあ、多少は」

「なら自首してください」


 笑われた。こっちは笑ってる場合じゃないというのに。


「ビーチェはあなたたちに誘拐されたせいで名誉を傷付けられたんですよ。き、傷物にされたって。もうまともな嫁ぎ先は見つからないだろうから修道院に入るって…」

「君が証言してみたらどうだ。その場に居合わせたんだから」

「証言て…誰に」

「王太子に。お友達の公爵令嬢はまだ生娘だと君から伝えたらどうだ?王太子がその言葉を信じるかは分からないがな」








 日が沈んでも商人たちの歩みは止まらない。

 幌馬車の中で毛布に包まり横になった。目をつぶると聴覚が研ぎ澄まされる。

 馬の蹄の音、馬車の軋む音、虫の声、時たま強い風が吹くと草が揺れ擦れあう。

 不快な音は無い。むしろヒーリング効果がありそう。


 でも、私は眠れずにいた。

 初めてこの世界にやって来た日ですら割とあっさり眠りについたのに。どこででも眠れるのが私の取り柄だと思ってたんだけどな。

 そういえばトラモントさんと離れて夜を明かすのは初めてだ。毎晩彼におやすみを言ってから眠りについていた。そして朝、必ずおはようを言って1日が始まるのだ。


 今頃トラモントさんはどうしているだろう。







「おはよう」


 目が覚めて1番にリュラに言われた。


「………」


 何となく返事をする気になれなかった。


「機嫌悪いね。お腹空いてるの?」


 リュラが自分の食べかけのパンを千切って一切れこちらに差し出した。


「いらない」

「そう」

「おい、もうすぐ着くぞ。荷物を纏めとけ」


 馬に乗ったナスルさんがやって来て言った。

 目的地が近いらしい。


「パルちゃん、ほらあれ」


 リュラに手招きされて窓から外を覗くと水平線が見えた。潮の匂いもする。


「海だ……」

「海を見るの初めて?」


 一瞬考えてから頷いた。この世界の海を見るのはこれが初めてだ。

 異世界の海は美しく、私の知る地球の色と同じだった。








 港町ガープはデカラビア王国の最北端に位置し、海に突き出した地形になっている。

 先端のタプ岬にはナフラ湾で1番大きな灯台があって、風光明媚な景色が観光客に人気だとリュラが解説してくれた。

 ナフラ湾、どこかで聞いたことがあるような?なんだったっけ。


「出航は明日になるから今日はここに泊まるぞ。しばらく陸ともおさらばだ。羽目を外さない程度に楽しめ」


 港に停泊してあった船に積み荷を移し終えると、ナスルさんがそう言って商人たちは街に散っていった。


「パルちゃん、ご飯食べに行こうよ」


 リュラに引きずられるようにして街中を散策した。リュラは私が逃げないか常にべったり張り付いてくる。すれ違い様通行人に冷やかされたけど違うんです。こいつ誘拐犯なんですよ。

 でも通行人に助けを求めてリュラが刃傷沙汰を起こしたら……

 私をかばって負傷したトラモントさんの顔が脳裏をよぎる。


「不貞腐れてないで楽しもうよ。何か欲しいものある?買ってあげる」


 誰のせいでこうなってると思ってるんだか。

 でも買ってくれると言うなら買ってもらおうじゃないか。意趣返しにリュラを困らせたって罰は当たらないはずだ。

 骨董品を扱っている露店があったのでそこで足を止めた。


「この店で1番高い物をください」








「そんな物が欲しいなんて、パルちゃん変わってるね」


 10万フラメルで購入した壺は無駄に大きくて重かった。人の顔の彫刻が施されていて気味が悪い。

 しかしそれ以外これといった特徴も無く10万もの価値があるとは思えなかった。

 まさか本当に買ってくれるとは。気持ち悪い変な壺のために10万をポンと出すリュラに戦慄した。


「着いたよ。ここがデカラビア王国最北の地、タプ岬だ」


 私の要望を聞き入れてリュラが連れてきてくれた。

 タプ岬には巨大な灯台があり、眼下で大小様々な船舶が航行している。

 数百年前に建てられたこの灯台はいつしか船乗りたちの道標として信仰を集め、祈りを捧げる場にもなったそうだ。

 カモメによく似た白い鳥が飛んでいる。おこぼれを貰おうと漁船に群がっていた。


「ねえ、トラモントさんと戦ってどうするの?」

「どうもこうも無いよ。ただ楽しいから戦う」

「じゃあ、仮にトラモントさんに勝ったとして、その後は?」

「また強いやつを探しに行く」

「そうやっていつか、強い人が皆いなくなったらどうするの?」


 リュラが水平線に沈んでいく夕陽を見ている。


「その時は死のうかな。生きてても楽しくないし」


 リュラの全身が夕焼けに染まっている。

 何だか不吉な感じだ。逆光で彼がどんな表情をしているか分からない。


「虚しいね」


 リュラがこちらを見た。


「憐れんでるの?」

「そうだよ。リュラは可哀想な人だよ」

「…………えーと、君、名前なんだっけ」


 何度も教えたのに覚えてなかったのか。


「アカネだよ」

「アカネ、君って人を自分の尺度で測って可哀想だとか言える立場なの?それって傲慢じゃない?」

「そうかもね。でもあなたには言われたくない。傲慢なのはお互い様でしょ。自分の勝手で人を連れまわして、仲間にも迷惑かけて、そのくせ欠片も反省する様子がないし。何様?って感じだよ」

「言うじゃん。喧嘩売ってんの?」

「別に喧嘩したいわけじゃ無いけど、このままリュラの思い通りになるのは癪に障る。振り回された分仕返ししたい」


 リュラが一歩踏み出した。相変わらず逆光で表情は分からないけど、おそらくいつものヘラヘラした表情は消え失せている。


「仕返しって?俺から逃げられるなんて思ってるの?なんならもう歩けないように両足の腱を切ってもいいんだけど」


 ニンギルスの刃がきらめいた。


「それって、こんな事に使っていい物なの?自分の我儘に従わない人を脅すために使うの?」

「うるさい」

「トラモントさんは私の恩人なの。あんたみたいなクソガキが暇つぶしの玩具にするなんて許せない」


 ましてや、私のせいでトラモントさんがまた血を流す事になったら、自分を許せない。


「黙れ」

「黙らない。あんたの命令に従う義務なんて無い。私はあんたの言いなりになんてならない!」


 10万フラメルの壺を投げつけた。反射的にリュラが受け止める。

 その隙に柵を乗り越えて断崖の淵に立った。

 青い蝶がヒラヒラと飛んでいる。私もそんな風に飛べたらいいのに。


「飛び降りたら死ぬよ」

「そうかもね。でも一か八かの可能性はある」


 99%死ぬと思うけど。

 夕暮れのタプ岬にはチラホラ人がいる。そのうちの1人が私に気づいて大声を上げた。


 出来る限り助走をつけて跳んだ。

 視界の隅でリュラが手を伸ばすのが見えたけど届かない。

 今までに見た事が無い表情をしている。驚いているような、呆気に取られているような。

 その表情を見てざまあみろって思った。


 直後私の意識は消失した。










 誰かの声がする。どこかで聞いた声だ。柔らかい、優しい女の子の声。

 誰の声だっけ。私の大事な………………


「おい!起きろ!!」


 野太い男の人の声がした。


「え!?誰!?」


 こんな声知らない!!


 驚いて起き上がると周囲から歓声が上がった。

 数人に囲まれている。空は真っ暗だ。何で揺れてるんだろうと思ったら、どうやらここは船上のようだった。


「お嬢ちゃん海に浮かんでたんだよ。水死体かと思って引き揚げたら息があったから驚いたぜ」


 日に焼けた浅黒い肌のおじさんが言った。私を救助してくれたらしい。


「あの、ここどこですか?」

「ナフラ湾の沖合さ。西の方から流されてきたみたいだぞ」


 タプ岬から東へ流され、運良く漁船に拾ってもらえたようだ。


「絶対死んでると思ったんだけどなあ。不思議な事もあるもんだね」


 おじさんと似た顔立ちの少年が言った。

 確かに不思議だ。タプ岬の灯台がかなり遠くに見える。この距離を意識を失った状態で流されて溺死しなかったなんて奇跡だ。これといって外傷も無い。何度か崖下の岩に体を打ち付けたような気がするけど気のせいだったのかな…………?


「お嬢ちゃん何で流されてたんだ?」

「足を滑らせて崖から落ちました」







 その後漁師のおじさんに説教されながら港まで送ってもらった。


「もう二度と危ない事をするんじゃないぞ」


 口を酸っぱくして言うおじさんにお礼を言って別れると、大急ぎで港湾エリアの憲兵を探した。

 憲兵隊の詰め所は見つからなかったけど、外国船の積み荷のチェックをしている役人らしき人を見かけたので声をかけた。


「あの!」

「はい?」


 役人はびしょ濡れの私を見て驚いた様子だ。


「第3桟橋に停泊してる船ってまだ出航してませんか!?」

「えーと、ちょっと待って、第3桟橋っていうと……ああ、東方の行商団の船か。1時間くらい前に出航したよ。予定じゃ明日だったのにやけに焦って…………どうしたの?」


 間に合わなかった。逃げられたんだ。


「まったく、逃げ足速いんだから!」


 不思議そうにしている役人にあの行商団が犯罪組織であると伝えると、すぐに憲兵隊に通報してくれた。

 私はそのままガープの憲兵隊本部に保護される事になったのだけど。


「だから、早くトラモントさんに無事を伝えたいんですってば!」

「でもその友達、今どこにいるかも分からないんでしょ?広場や駅の伝言板に君の事を書いたから、迎えに来るのを待とうよ」


 こんな夜中に外に出てトラモントさんを探したって見つかりっこない。下手をしたらすれ違いになるかもしれない。分かってはいるけど口惜しい。


 そもそも私がガープにいること自体知っているか怪しいのだ。いつも通り仕事に出てそのまま失踪したのだから。

 勤め先の店も周辺の行商人たちもまとめて消えていたら足取りを追うのは難しいのでは…?

 さっさと王都に戻った方が良いだろうか。

 考え込む私に憲兵がため息まじりに言った。


「今日はここに泊まりなさい。それと、早く着替えないと風邪ひくよ」






 手遅れだった。

 ガープの憲兵隊本部の留置所(他に部屋が無かったんだって)で一晩過ごして目が覚めた瞬間気づいた。

 熱っぽい。喉が痛い。咳が出る。これは明らかに風邪をひいている。


 この世界の風邪って私の世界のと大差ないだろうか。それなら自然治癒できる自信があるけど拗らせたら不味い。

 当たり前だけど鍵はかけられていないので外に出ると最初に遭遇した憲兵に声をかけた。


「あの」

「ん?あ、昨日保護された子だね。なんか顔赤くない?」

「大丈夫です。それより行商人たちってどうなりましたか?」


 この世界の医療レベルや医療費がどんなものか分からないし、病院に行くとしてもトラモントさんに相談してからがいいだろう。


「あれから沿岸警備隊が追いかけたけど、逃げられたそうだ」

「そうですか……残念です」


 クソッ、まんまと逃げられた。

 でもこれで2度と彼らの顔を見る事は無いだろう。清々した。


 改めて憲兵に調書を取られ、それも終わって手持無沙汰になった。

 具合悪いし大人しくしていようと思って留置所のベッドに横になっていると、何やら外が騒がしい。

 複数の人物の怒鳴り声が聞こえる。止まれとか落ち着けとか、誰かを制止しているようだ。

 凶悪な犯罪者でも連行されてきたのだろうか。嫌だなあ、私の向かいの房に入れられたらどうしよう。


「アカネ!!」


 トラモントさんが飛び込んできた。

 凶悪犯じゃなかった。でも凶悪そうな表情をしている。


「なんでこんな所にぶち込まれてるんだ!?」


 追いかけてきた憲兵たちを抜き身の刀で威嚇しながら私の房に入って来た。


「トラモントさん、取りあえず刀しまって。なんか勘違いしてるよ」


 彼は駅の伝言板を見てここに来たらしい。

 そして私が留置所にいると聞いた途端暴走して憲兵の言葉にも耳を貸さずここまで来たと。

 普段は歳のわりに落ち着いているのにこんなに取り乱すなんて珍しい。


「無事なんだな」

「うん。トラモントさん、よく私がこの町にいるって分かったね」

「アールベックに頼んであいつの部下を動員して聞き込みしまくったからな。それでも遅くなっちまった」


 抱きしめられた。

 今回は躊躇わずトラモントさんの背中に腕を回せた。ギュッと力をこめるとトラモントさんも抱きしめ返してきた。

 しばらくそうして無言で抱き合っていた。


「こいつら留置場で何やってんだ」


 白けた様子のお隣さん(窃盗犯)がポツリと呟いた。


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