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夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
15/78

ラガシュの民

「おはようございます」

「おはよう。今日は遅刻しなかったな」


 昨日、アールベックさんと別れた後また襲われるんじゃないかとビクビクしながら帰路についたけど杞憂だった。

 ナスルさんは挨拶をすると早々に見回りに行ってしまった。なんでも今日は行商人同士の集会があるらしい。

 例のナイフについて何か知らないか聞きたかったんだけどな。


「パルちゃん」


 いつも通り店番をしていると、気づいたらリュラが後ろにいた。


「びっくりした。いつの間にいたの」

「トラ君の怪我どう?もう治った?」

「いやいや、怪我したのほんの数日前だよ?そんな早く治らないよ」

「そっか。残念」


 そんなにトラモントさんと遊びたいのかな。やけに懐いているみたいだ。ほんの少し言葉を交わしただけなのに。


「リュラ、トラモントさんのどこをそんなに気に入ったの?」

「強いところ」


 へー、そう………ん?


「リュラ、トラモントさんが強いって知ってるの?」

「そりゃね。俺と向かい合ってあんなに長く立っていられた奴ほとんどいないよ。殺す気でかかったのに駄目だったし」


 立ち上がろうとしたけど、強い力で肩を押さえつけられた。


「まあ聞いてよ。俺はさ、ずっと探してたんだ。あの変わった剣。確かニホントウだっけ?」


 リュラはいつも通りだ。いつも通りの調子で私に語りかける。


「ウチのジジイがあの剣の持ち主と何度も戦って、でも勝てなかったんだって」


 そういえば、初幸さんの日記に謎の男に付き纏われていると記述があった。その男に命を狙われていると。


「ジジイから何度も聞かされたよ。ニホントウの主、ハツユキって奴への恨み言」


 任務中、たまたまその場に居合わせた1人の男に計画を滅茶苦茶にされた。

 せめて一矢報いようと投げたナイフを止められた。そのうえ、そのナイフを男に持ち逃げされた。

 追いかけて襲ったら、自分が投擲したナイフで応戦され目の前が怒りで真っ赤になったと。


「このニンギルスはラガシュの民にとって特別なんだ」


 リュラの左手にはいつの間にかナイフが握られていた。例のナイフだ。どうやらそれがニンギルスとやららしい。


「成人の儀で与えられるんだ。神に供物を捧げる時に使う」


 やたら殺傷能力が高そうだけど、儀礼用でもあるのか。


「自分のニンギルスを勝手に使われて、ジジイは絶対ハツユキを殺すと決めたんだって」


 そんなに大切ならそもそも投げなきゃよかったのに、と思ったけど言える空気じゃなかった。


「あなたのお祖父さん、40年前フォラス村の村長の家を襲撃した人でしょ」

「そうだよ。何で知ってるの?」

「何て説明したらいいか……」


 話すとややこしいし長くなるな。


「まあいいや。大事なのはそこじゃない。俺とトラ君の事だ」


 お祖父さんはリベンジを誓ったらしい。自分はもう年老いて若い頃のようには動けないから、孫を戦士として育て上げ、代わりに復讐を果たしてもらおうと。その孫が、リュラだ。


「ハツユキさんはもう亡くなってるし、お祖父さんに言われたからって復讐するなんて馬鹿みたい。逆恨みだし」

「俺もそう思うよ。ジジイももうくたばったし、あの世で好きに喧嘩すればいい」


 リュラのお祖父さんももう亡くなってるのか。


「それならどうして襲い掛かったりしたの?」

「復讐なんてどうでもいいけど、ニホントウを使う兵士には興味があったから。俺強い奴と戦うのが好きなんだ。それだけが生きがいってくらい」


 見た事のない剣を使う初幸さんの話を聞いてリュラは憧れたそうだ。

 その人と戦ってみたい、と。だからずっと探していたのだと。


「話に聞いたハツユキじゃないのは残念だったけど、ヨボヨボの爺さんよりトラ君の方がきっと楽しい。むしろ幸運だったかも」

「…ビーチェ、公爵令嬢を誘拐したのはどうして?」

「そりゃあ、金が必要だからだよ」

「だから誘拐して身代金を要求したの?普通に商売するだけじゃ駄目なの?」


 露店はあくまで商売の一環で、他にも貴族を相手にかなり稼いでいるはずだ。ビーチェの家も贔屓にしていると言っていた。


「ナスルさんも誘拐犯の一味なの?」

「うちの行商団の連中皆仲間だよ」


 辺りを見回す。他の露天商たちがこちらを気にしているが誰も動かない。

 何てことだ。私は自分を誘拐した犯人グループに交じって仕事をしていたわけだ。

 大声を上げても無駄って事だ。


「あの、これください」


 私の緊迫した空気を打ち破る声がした。

 小さな女の子がやってきて首飾りを手に取ったのだ。


「あ、はい。1,500フラメルです」

「君、定価で買わずに少しくらい値切ったら?このお姉さんチョロイから泣きまねでもすれば安くしてくれるよ」


 リュラが口出しした。


「ええと…安くしてください。生誕祭にお母さんに贈りたいの。いつも私の事ばっかり優先して、自分の身なりに気を使わないから…」









「まさか本当にオマケするとはね。後でナスルに怒られるよ」

「……私のお給料から天引きしてもらうよ」

「パルちゃんさあ、ほんっとーーーーにお人好しだねえ。何食べて育ったらそんな風になるの?」


 そういえば、こいつには肉まんを半分奪われたっけ。

 ふと思い出した。小屋にいた誘拐犯の小さい方に飴を強奪された。


「もしかして、監禁先の小屋で私から飴を奪ったのって…」

「ああ、俺だよ」

「一緒にいた背の高い犯人はナスルさん?」

「当たり」


 あんな常識人らしく振る舞っておいて、ずいぶんあくどい事をしていたわけだ。


「君が公爵の紹介でここに来た時、ナスルは内心滅茶苦茶焦ってたみたいだよ」


 公爵令嬢の誘拐現場に偶然居合わせて巻き添えを食った女が公爵の紹介で誘拐犯の店にやってきたのだ。

 もしや公爵は誘拐犯の正体に気づいて動揺を誘うため私を差し向けたのではと疑ったらしい。


「それで俺がパルちゃんの後を付けたわけ。トラ君には気づかれちゃってたけど」


 ストーカーはリュラだったんだ。翌日ストーカーの件を相談した時“何も心当たり有りません”て顔してたのに。


「でも、その時ただ者じゃないと思ったんだよね。それで翌日また後を付けたらさ、トラ君がジジイが言ってたニホントウらしき剣を持ってたから、もう運命感じちゃったよね」

「はあ??」

「ずっと戦ってみたいと思ってたニホントウの剣士が目の前に現れたらさ、やるっきゃないじゃん」


 それで思わず切りかかってしまったと。

 私じゃなくてトラモントさんが狙いだったのか。


「ナスルにはこっぴどく怒られたよ。公爵家の娘の件で警戒が強まってるから、ほとぼりが冷めるまで大人しくしてろって言われてたからさ」


 リュラが私の腕を掴んだ。


「まさか割って入ってくると思わなかった。弱い者いじめしても楽しくないから見逃したけど、次邪魔したら殺すからね」


 包帯の上から強い力がかけられ傷口が痛んだ。直りかけてるところなんだから刺激しないでよ!


「いたたたた、離して!」


 振りほどくと今度は手首を掴まれた。


「本当にもう邪魔しないでね。パルちゃんは食べ物を分けてくれたし、トラ君と引き合わせてくれたから出来れば殺したくない」

「…………あのさ、何でそんな話をしたの?」


 絶対おかしい。誘拐の事も、襲撃の事も、言われなきゃ犯人の正体に気が付かなかった。


「今朝、憲兵たちがニンギルスの絵が描かれた紙を持って聞き込みをしてるのを見た」


 ああ、アールベックさんが手を回してくれたんだな。


「この国の連中は俺たちの事なんてほとんど知らないだろうけど、そのうちバレる。今ナスルたちが話し合いをしてるんだ。そこで今後の身の振り方が決まる。きっとすぐにこの国を出ることになる」


 犯罪組織がいなくなるのか。良い事だ。


「そうなったら俺は困る。だってこの国を離れたらもうトラ君と戦えない」

「ニンギルスとやらを見せた自分達を恨みなよ。それが無かったら犯人の事なんて何もわからなかったんだから」

「ニンギルスはラガシュの民にとって誇りだ。正義の証明なんだ。大きな仕事をする時は刃に祈るのさ。神よ、俺たちに御加護をってね」

「正義?何の罪も無い人を誘拐して身代金を要求するのが正義?」

「皆は大義のためなら多少手を汚すのも仕方ないって思ってるんだよ」


 大義?何だか話がとんでもない方向に向かっている気がする。

 この人達何なの??


「ナスル達がどうして金を必要としてるか分かる?国が欲しいからだよ」

「国?どういう事?」

「ラガシュの民は国家を持たない。レライエや、そのさらに東の地域に点在しているんだ。どこの国でも社会的地位が低くて、虐げられ搾取される立場なのさ」

「あなたのお祖父さんはレライエの兵士だったんでしょ?レライエの国民になろうとは思わないの?」

「どこの国にも帰属意識なんて持ってないよ。爺ちゃんがレライエ軍の先兵になったのも工作活動の一環だし」


 こ、工作活動。きな臭いぞ。


「レライエがデカラビアと戦争をおっぱじめたら、どさくさに紛れてレライエ内で独立戦争を仕掛けるつもりだったんだ。だから戦端を開くためにレライエ兵としてデカラビアの田舎の村を襲ったんだけど、上手くいかなかった」

「偶々その村に初幸さんが滞在していて撃退したから……」

「奇襲が成功しても戦争にはならなかったんじゃないかな。レライエは速攻謝罪したし、デカラビアも一部の頭のおかしな連中の暴走って事で目をつぶったし」


 そうして計画がとん挫したお祖父さんは初幸さんを逆恨みして追い回したわけだ。


「育ててもらっといて何だけど、馬鹿な人だなあって思うよ。何もかも上手くいかなかった。でも、ラガシュの民を想う気持ちは本物だったよ。最後の最後まで安住の地を求めてた」

「…………」

「ナスルや他の連中もラガシュの民のために必死だ。戦争するには金がかかるから必死に戦費を稼いでる。犯罪に手を染めて手にした金も、真っ当な商売で稼いだ金も、使い道は同じだ。あいつら国が欲しいんだよ」

「まるで他人事みたいに言うね」

「他人事だよ。俺は先祖代々の悲願とか、家族のためとか関係ない。ただ旅をしていれば強いやつに出会えそうだから隊商にくっついてきただけ。ナスルがタダ飯食いは許さないって言うから、裏の仕事だけ手伝ってるけどね」


 周りの露天商たちは熱心に客の呼び込みをしている。

 静かにしているのは私たちだけだ。


「…それで、結局何で私にそんな話をしたの?」

「え?……何でかな。知っててほしかったのかもね。俺はこんな感じだけど、ナスルたちにはあいつらなりの正義があるんだって」


 どんな言い分があれ誘拐なんて許されないと思うけど、すっかりナスルさん達への怒りがしぼんでいってしまっていた。私って本当にチョロいのかも。


「で、本題だけど俺に誘拐されてよ」

「は!!!!!???」

「この国を出ることになっても、パルちゃんを連れて行けばトラ君追いかけてきそうだし」

「それは……うん」


 きっとトラモントさんは追いかけてきてくれる。彼は拾ったペットの世話は投げ出さないタイプだろう。


「俺たちの事を知ったんだからこのまま帰すわけにはいかないよ。あ!ナスルー!パルちゃんに全部話しちゃったー!」


 ナスルさんが帰って来た。リュラの言葉に目を剥いている。周りのお仲間たちもだ。


「リュラお前!ひっついてコソコソと何を話してるのかと思ったら」

「いい加減自分勝手な行動は慎めって言ってるだろ!」


 露天商たちが次々立ち上がり詰め寄って来た。リュラはヘラヘラしている。

 鬼の形相のナスルさんがリュラの首根っこを引っ掴んで路地裏に引きずっていった。

 私の知らない言葉で怒鳴りつけている。


 今のうちに…

 と思っていたら露天商たちに囲まれた。


「ごめんな。申し訳ないけど逃がすわけにいかないんだ」

「ですよね…………はぁ」


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