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夕焼けのトリックスター  作者: 豊柴りく
14/78

守って、守られて

 

 何事かと外に出てきてこちらの様子を窺う人々に「転んだだけです、お騒がせしました」と謝りながら我が家を通り過ぎ、1番近い憲兵隊の詰め所に駆け込んだ。


 そこでトラモントさんはまず私に傷の手当てを受けさせた。自分だって肩を負傷してるくせに。

 トラモントさんは私が手当てを受けている間、憲兵に事のあらましを説明していた。


 突然切りかかられた事。

 その襲撃犯が使っていた刃物が公爵令嬢誘拐事件の犯人が使っていたものとよく似ている事。

 ついでに、黒ずくめの出で立ちも同じだったと私から補足した。


「お嬢さんの手当ては終わったよ。次は君だ」


 手当てをしてくれた憲兵がトラモントさんに声をかけた。

 肩に突き刺さったままになっているそれは、日本の忍者が使っていたと言われる棒手裏剣によく似ていた。

 私もトラモントさんも体に痺れや患部以外の痛みは無かったので、毒物は仕込まれていないようだ。


 棒手裏剣を引き抜く際、トラモントさんが小さく呻いた。

 何となく目をそらす。怖くて傷口が見れないのもそうだけど、患部を露出するため服を脱ぎだしたからだ。いや、照れてる場合じゃないけど。


「取りあえず応急処置しとくから、君は本部の方でちゃんとした治療をしてもらって」


 私たちはこれから本部に護送されるという。末端の詰め所で対処できる内容ではないと判断されたためだ。

 誘拐事件の際は本部の方から憲兵が話を聞きに来たけど、事件の被害者が庶民だけならそちらから来い、という事か。


 馬もこんな時間にこき使われて可哀想に。私が乗せられた馬は大人しかったけど、トラモントさんが乗せられた方の馬は機嫌が悪かったようで最初暴れていた。


 ロータス区のはずれにある憲兵隊本部はレンガ造りの重厚な建物だった。4階建てで屋上もある。


「襲撃犯が無差別に襲ったのか君たちを狙ったのか分からないけど、君はおそらく同じ人物あるいは組織に二度も事件に巻き込まれたんだ。偶然とは思えない」

「はあ、でも襲われるような理由に心当たり無くて…」

「事件の犯人たちに繋がる何かがあって、口封じしようとしたとか?」

「でも誘拐事件はもう二カ月近く前の話だぞ。今更過ぎるし、捜査の進展も無い。焦って殺しにかかるにしては不可解だ」


 数人の憲兵に取り囲まれながら調書を取られ、解放された時には既に日付が変わっていた。

 あれこれ推測を語っていたものの、結局私の行動範囲内の巡回を増やして警戒する、という結論に至った。


「まあ犯人を捕まえられるとは思ってなかったけどな。そんな簡単な相手とは思えない」


 馬車でアパートまで送られる最中、トラモントさんが呟いた。

 服に隠れて見えないが、彼の肩には包帯が巻かれている。何針か縫ったらしい。


「傷、痛むか」

「ううん。もう全然」


 襲撃犯への当てつけに大げさに騒いだけど、私の傷はほんのかすり傷程度だ。

 数日でかさぶたが出来て塞がるだろう。


「なんであんな事をしたんだ」


 トラモントさんを庇った事を言っているのだろう。怒りを込めて問いただされた。


「分からない。気づいたら動いてたから」

「もう二度と俺を庇ったりするな」


 とっさに返事が出来なかった。


「おい」

「約束はできないよ。また反射的にやっちゃうかも」


 トラモントさんが深くため息をついた。


「どうしてそう考え無しに……いや、俺も最近衝動的な行動をしたか」


 あれか、ハグの事か。


「そうだな、いつも後になって後悔するんだ。もっとああしてりゃ良かったって」


 トラモントさんは今までに何度も後悔を重ねてきたのだろうか。

 私はそうだ。後悔を数え出したらキリがないくらいだ。


「俺が強けりゃアカネにあんな事はさせなかったんだろうな」

「トラモントさんは強かったよ」

「俺は……正直あいつに勝てる気がしなかった」


 窓の外を眺めていたトラモントさんがこちらをまっすぐ見た。


「あのままだったら、俺がやられてた。アカネもそう思ったから飛び込んで来たんじゃないか?」


 そうだ、私はトラモントさんが負けると思った。だから思わず飛び出してしまった。


「私がいたから不覚を取ったんだよ。あの黒ずくめが何か投げた時、トラモントさん本当は避けれたよね」


 トラモントさんは否定しなかった。つまり肯定だ。


「あれ、私が後ろにいたからあえて避けなかったんでしょ」


 黒ずくめが腕を振る直前、トラモントさんは反射的に横に飛びのこうとした。その予備動作を強引に中断してその場に踏みとどまった結果、棒手裏剣を受けてしまったのだ。


 後ろからしっかり見てたぞ。そう、私は彼の真後ろにいたんだから。


 本当に自分に腹が立つ。彼の言う通りさっさと逃げればよかった。そうすれば少なくとも足手まといにはならなかったのに。


「……あれを食らわなくても、俺は負けてたと思うがな」


 沈黙が落ちた。

 トラモントさんは私を庇って負傷して。

 私もトラモントさんを庇って負傷して。

 2人して何をしてるんだか。


「ありかとう」

「え?何が?」

「アカネが飛び込んでこなかったら、俺は死んでた。おそらくな。もう二度とあんな事はしないでほしいが、今回は助かった」

「それは……お礼を言うのはこっちの方だよ。守ってくれてありがとう」





 翌日。

 正確には帰宅してから数時間後。


「寝坊した!!!」


 見事に寝過ごした私はマッハで身支度を整えるとアパートを飛び出した。

 トラモントさんはちゃんと起きたようで先に家を出ていた。起こしてくれればよかったのに。

 今何時だろう。鐘が鳴るまで正確な時間は分からないけど、太陽の位置が寝過ごした事だけは教えてくれる。

 時計は高価で今はまだ手が出ないけど、お金を貯めてそのうち買えればいいんだけどな。

 走ったり歩いたりを繰り返しつつ露店が連なる大通りへ行くと、案の定すでにナスルさんがお店を開いていた。


「すみません!寝過ごしました!」

「ああ、おはよう。そんな気にしなくていいよ」


 ナスルさんは意外にもあっけらかんとしていた。時間やルールには厳しそうな人だから意外だ。

 働き始めて3日目に遅刻なんて滅茶苦茶怒られるのを覚悟で来たから拍子抜けした。


「具合悪いのか?あんまり顔色良くないぞ」

「大丈夫です。遅刻した分頑張ります」


 寝坊したと言ってもなかなか眠りに付けなかったので実質睡眠時間は3時間くらいだ。何だか頭がボーッとする。


「無理するなよ」


 そう言ってナスルさんは見回りに行った。良い人だ。

 それから30分くらいしてリュラがやってきた。欠伸をしている。


「こんにちはパルちゃん」

「こんにちは、アカネだよ。眠そうだね」

「昨日ナスルに怒られたんだよ。あいつの説教長いんだ」


 どうせリュラがまた常識はずれな事をしてナスルさんが尻拭いさせられたんだろう。


「またナスルさんに迷惑かけたんじゃないの?」

「別にそういうわけじゃ無いけど、まあ俺もちょっと反省したよ。ずっと探してたモノを見つけたからついはしゃいじゃって」


 そこでリュラが私の腕に巻かれた包帯を見て目を細めた。


「それ、痛い?」

「ん?ああ、これね。包帯なんて大げさだけど、大したことないよ。痛くない」

「そう」


 リュラはそれ以上話をすることは無く黙って隣に座った。


「どうしたの?何か話したいことでもあるの?」


 沈黙に耐えきれずこちらから話を振った。


「話したいことは無いけど、聞きたいことはある」

「何?」

「あのさぁ…」

「アカネ」


 呼ばれて声のした方を見るとトラモントさんがこちらにやって来るのが見えた。


「トラモントさん、どうしたの?何でここに」

「怪我してるって言ったら、しっかり治してから来いってさ。怪我が治るまで休みになった」


 傷病手当も出るらしい。今回はホワイト企業のようで良かった。


「一度帰るけど、夕方迎えに来るからここで待ってろ」

「うん」


 それだけ伝えに来たらしい。踵を返すトラモントさんをリュラが呼び止めた。


「ねえ、君トラモントっていうの?」

「ん?ああ、そうだがお前は?」

「リュラって呼んで。君のことはトラ君て呼ぶね」

「はあ?」


 トラモントさんが面倒くさそうに返した。


「ちょっとその腰の剣見せてよ」


 トラモントさんは今日も刀を佩いていた。


「嫌だ。これはむやみやたらと人に触らせられるもんじゃない」

「えーケチ。まあいいよ。俺にも人に触れられたくない大切な物ってあるし」


 リュラが立ち上がり、トラモントさんに歩み寄ると負傷した彼の左肩に手を置いた。

 トラモントさんが僅かに顔を顰める。


「俺、君の事気に入ったからさ、そのうち遊ぼう」


 そう言うとリュラは大通りの人混みに紛れ去っていった。


「なんなんだあいつ」

「私もよく知らない」


 さっき何か言いかけていたけど、いいんだろうか。

 彼の聞きたい事って何だったんだろう。






 夕刻、迎えに来たトラモントさんと帰宅する途中、巡回の憲兵を見かけた。


「巡回増やしてくれてるんだね。店番してる時も何度か憲兵さんを見かけたよ」

「ああ。話は変わるが、明日休みだろ?会いに行きたい奴がいるんだ。一緒に来てくれ」

「良いけど、会いに行きたい人って?」

「シグルド・アールベック。師匠を看取った1人だ」






 アールベックさんは軍人だそうだ。


「初幸さんの知り合いがいたなら、もっと早く会いに行けばよかったのに」

「アールベックは忙しいだろうし、会っても昔話されるだけだぞ。当然、日本への帰り方なんて知らないだろうしな」

「思い出話だけでも良いよ。ひいお爺ちゃんの事なら聞きたいし。でも、何で急に会いに行くことにしたの?」

「例のナイフ、見覚えがあるって言っただろ?昨日実物を見てはっきり思い出した。師匠が持ってたのと同じナイフだ」

「え!それってどういう事!?」

「分からんから所有者に聞きに行くんだよ。形見分けであのナイフはアールベックの物になったから」


 例のナイフが日本刀同様、地球から持ち込んだ物なのかこの世界で入手した物なのかも分からないそうだ。


「アールベックなら何か聞いてるかもしれない」




 陸軍の司令部はロータス区の憲兵本部の近くにあった。

 しかし塀に囲まれた敷地内は憲兵本部よりずっと広く、いくつも建物が立ち並んでいた。

 司令部にお勤めということは、アールベックさんは偉い人なんだろうか。


「約束はしていないが、シグルド・アールベック中佐に会いたい。トラモント・ハーブストが来たと伝えてくれ」


 不審がる警衛にその場に留まるよう言われて15分後、伝言しに行った警衛と共に大柄な男性がやって来た。


「トラモントー!お前から会いに来るなんてどうしちまったんだ!!」


 走り寄ってきた男性がトラモントさんの両肩を掴んで揺さぶった。


「痛てえよ、離せ。俺だってできれば来たくなかった」

「ああ、その捻くれた態度、俺の知ってるトラモントだ」


 男性が安堵したように笑う。

 40歳くらいだろうか、短く刈った髪型や日に焼けた肌が如何にも軍人て感じだ。

 街で見かける憲兵とは違う軍服を着ている。


「そちらのお嬢さんは?あっまさかお前結婚の報告に!?そうか、遂におまえにも家族ができるんだな」


 ええ!?なんかすごい勘違いしてる!


「それならお前、いつまでもフラフラしてないで定職に付け。軍はいつでも健康で才気溢れる若者を歓迎してるぞ。なんなら士官学校の推薦状書いてやろうか?学費は俺が出してやる」

「待て待て待て。俺は軍に入る気はないし結婚の予定も無い。こいつは師匠の曾孫だ」




 司令部の一室を借りて、アールベックさんと自己紹介しこれまでの経緯を話した。

 彼も初幸さんの事情は全て知っているそうだ。


「師匠の曾孫までやってくるとは、不思議な縁だな。君にとっては悪縁だろうが」


 大変だったろうな、と大きな手で頭をポンポンされた。

 アールベックさんも一時期初幸さんから剣術を教わったそうで、トラモントさん同様師匠と呼んでいるそうだ。


「しかし、それなら最初に俺に言ってくれれば金銭的援助も惜しまなかったのに、何で黙ってたんだ」


 トラモントさんは不貞腐れたような顔をしている。


「顔を合わせるたびに軍に勧誘してくるから会いたくなかったんだ。それに、まだ小さいガキが何人もいる奴に頼めるかよ」

「遠慮するな。お前は俺にとって弟みたいなもんだし、嫁さんだってわかってくれるさ」

「そうやって兄貴面するのも気に食わねえ」

「俺はお前の兄弟子だぞ」

「それより、さっさと本題に移るぞ。師匠の形見のナイフを見せてくれ」






「仲良いんだね。トラモントさんの事を大切に思ってるみたいだし」


 執務室の机に仕舞ってあるというのでアールベックさんが件のナイフを取りに行っている間、トラモントさんにそう言うと彼はうんざりといった様子で返した。


「誰に対してもああなんだよ、あのオッサンは。そのうちアカネの事もあれこれ世話を焼き始めるぞ。1年前も俺を引き留めて(うち)に住めだのなんだのとしつこかった」


 1年前とは初幸さんの形見分けの時だろう。初幸さんが亡くなって1人ぼっちになったトラモントさんを案じていたんだろうな。


「でも、いい人だよね」

「……それはまあ、そうだな。暑苦しいやつだけど」




「これだ。どうだ?襲撃犯の物と同じか?」


 アールベックさんが持ってきたナイフは古びていたがよく手入れされていた。

 柄の部分の細かな装飾、中ほどから内側に向けてわずかに湾曲した刀身。


「ああ、これだ。間違いない」


 アールベックさんは他にも色んな刃物を持ってきたけど、同じような刃と装飾を持つのは初幸さんの形見のナイフだけだ。


「私も同じだと思います。鞘は無いんですか?誘拐犯が持っていたナイフの鞘も柄の部分と似た細かい装飾があって、特徴的でした」

「鞘は無い。これは師匠が敵から奪った戦利品で、鞘は回収できなかったらしい」


 戦利品!?初幸さん何してたの!?


「おい、どういう事だ」


 トラモントさんも初耳らしい。


「この世界に来てすぐ、世話になった家がレライエの兵士たちの襲撃に遭って、師匠が迎撃したんだと。これはその時敵兵の1人が投擲したものだそうだ。師匠はこれに指を2本飛ばされたって言ってたな」


 フォラス村の村長さんの家の事件だ。

 初幸さんたら、自分の指を切断したナイフを捨てずに持ち歩いていたのか。


「じゃあ、今回の犯人もレライエの兵士なんでしょうか」

「確かにこいつの本来の持ち主はレライエの兵士だ。だが、これはレライエ軍の正式な装備品ではないな。あの国の兵士とは交流があるが見た事ないし、一般に流通している物でもない」

「ええと、どういう事です?」

「少なくとも、俺が知る範囲でこの刃物を正式採用している軍隊は無いし、簡単に手に入る物でもない。40年前師匠と戦った相手がどうしてこんな珍しい物を持っていたかは分からんが、誘拐犯は全員これを持ってたんだよな?」

「私が確認した限りではそうです。全部で5人」


 馬車で隣に乗っていた人、御者台の2人、小屋で待機していた2人、計5人もの人物が同型のナイフを持っていた。


「それだけの数を揃えていたのなら、偶然じゃない。犯人たちは俺の知らないずっと遠い場所から来た連中だ」

「なら、そいつが流通している場所を探せば犯人に繋がるんじゃないか?」


 トラモントさんが言うと、アールベックさんが頷いた。


「それだ。と言ってもあちこちを旅する行商人や貿易商にでも聞いて回るしかないな。一応、軍の資料室でも調べてみるが」


 色んな国や地域を股にかける行商人ならどこかで見た事があるかもしれない。明日ナスルさんに聞いてみよう。


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