ラーメン屋で踊ろう
春のショートショートです。
四月だ。
春が来た。
でも俺にはまだ春は来なかった。
予備校に通い始めたが、今日は休み。
いい陽気だし、俺は散歩にでかけた。
暖かいというより暑いくらいだ。
川沿いをしばらく行くと珍しく人だかり。
「どうしたんですか?」と聞いた。
「自殺だとよ」とおっさんが言った。
死んだのは二十歳くらいの男性で、死因は溺死らしい。
見渡すと、川の対岸にラーメン店の看板が見える。
俺はその店に向かった。
俺にとって初めてのラーメン屋だ。
小さな店で、十人くらいで満席だろう。
いい陽気のせいか、ドアは開けっ放しだ。
入ると、店主が一人いるだけだった。
俺が入店したのに、店主は何も言わない。
かなり無口な店主のようだ。
だが味は意外に期待できるかもしれない。
俺は無難にラーメンを注文した。
だが店主は返事をせず、黙ってテレビを見ている。
俺の声が聞こえていないのか。
そこに、さっきのおっさんたちが入ってきた。
「いらっしゃーい」と店主が元気よく笑顔で言った。
男たちは常連客のようで、メニューも見ずに口々に注文した。
店主は楽しそうに作り始めた。
「なにかおかしいぞ」
さすがに俺は気付いた。
「そっか、そういうことか」
俺は立ち上がり踊り始めた。
しかし誰も気にもとめない。
そりゃそうだ……。
俺は店を出て、さっきの川に戻った。
「やっぱり……」
俺と同じ服を着た男が川原に横たわっていた。
もちろん俺と同じ顔だった。
指でつついてみた。
死んだんだから動くわけない。
と思ったら、(俺の体が)立ち上がって両腕をあげ背伸びをした。
そうこなくっちゃ。
俺の人生、まだまだこれからなんだからね。
俺は俺の中に入った。
周りの人たちはみんな驚いていた。
やっと俺にも春が来たようだ。
<おわり>
久しぶりに書いてみた。