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ミツバにおまかせ!

作者: 常葉いつか


 アタシの名前はミツバ、五歳。山に囲まれた田舎の村にママとパパと一緒に住んでいる。

 アタシは朝ご飯の後、ママの許可が下りるとすぐに家を飛び出した。さて、今日も元気に日課のご近所巡りだ。

「あら、ミツバちゃん。おはよう」

 家の近所を訪ねていくと、さっそく森田のおばさんが洗濯しながら挨拶してきた。アタシはそれにテヘッ、みたいな可愛らしい笑顔で応えてから、おばさんの顔をじぃっと見上げる。見上げ続ける。

「もうー、ちょっと待っててな」

 おばさんはアタシの笑顔の意味をちゃんと分かってくれたみたいだ。家の中に引っ込んだと思ったら、しばらくしておばさんがお菓子を片手に持って出てきた。それを、やった! とばかりにアタシは嬉々として受け取る。おばさんに向けての嬉しそうな笑顔も忘れない。

「嫌やわぁ、朝から烏が」

 アタシにお菓子を渡してから、おばさんが嫌そうに空を見上げて呟いた。アタシたちの頭上では烏が五月蠅く鳴いている。アタシのお菓子を狙っているのかもしれない。絶対あげないけど。

「どうも最近、烏がずうずうしくなってきとるみたいなんよね。この前も悪戯しよって」

 この間もお墓にある蝋燭立てや花立てが無くなっていたらしい。「キラキラしとるからかしらねぇ」とおばさん。

 そんなことを喋りつつ、森田のおばさんはアタシの体型を見てちょっと小言を言ってきた。

「ミツバちゃん、もしかしてまた太った?」

 ぎくり。ありゃ、バレた?

 お菓子を咥えつつアタシはおばさんにタハハ……みたいに可愛く照れて見せながら、その場をそそくさと去った。お小言はママで十分だ。

 アタシはなんていうかその、普通よりちょっと太り気味らしい。ママたちもそれを気にしてかアタシをどうにか痩せさせよう、運動させようとして、最近はパパと一緒にときどき強制的に散歩もしている。そんなときにご近所さんたちに出会うと、「あらー」みたいな声を上げてパパに挨拶したあと、こっちにニコニコと意味深に笑いかけてくるのだ。そんなときは、なんていうか……ちょっと気まずい。なぜなら、そのときのアタシは普段のアタシよりもちょっと、おすまし気味でパパの隣にいるからだ。普段のアタシのお転婆さを知っているご近所さんからしたら、アタシのそんなおすまし姿は珍しいらしい。

 そんなご近所さんの一人の森田のおばさんがお菓子を頬張りつつ走り去るアタシの背に向かって軽く注意してくる。

「あんまりみんなにねだっちゃ駄目よ。ついついあげちゃうからね」

 あなたのママに怒られちゃう、とおばさん。

 んもう、おばさんの意志の弱さをアタシの所為にしないで欲しい。でもお菓子はありがたく頂いておく。ありがとうね、おばさん。

「ミツバちゃん、ちゃんと家帰るんだよ~」

 うん、近所を一通り巡ったらねー。

「おや、ミツバちゃん」

 そのままテクテクと近所を回っていると、その隣に住む新藤のおばさんがアタシに気づいて声を掛けてきた。それに愛想良く応えると、おばさんがかがみ込んで優しく頭を撫でてくれる。えっへっへ、アタシはご近所中のアイドルなのですよ。

 おばさんはアタシの頭を撫でながら独り言のようにぽろりと零す。

「ミツバちゃんも気ぃつけへんとね、この辺も物騒になってきたから」

 物騒? こんな村中が知り合いの顔見知り集落で何が物騒なんだろうか。

 撫でてくる手の隙間から不思議そうな顔でアタシがおばさんを見上げると、おばさんはアタシに語りかけるようにぽつぽつと事情を説明してくれる。

「ほらあそこ、粗大ゴミの収集場所あるでしょう。あそこでねぇ、なんや一昨日不審火があったらしいのよ」

 不審火? え、てことは火事?

「まあ、ボヤ程度で済んだらしいんやけどねぇ。今までそんなことなかったから怖ぁて」

 おばさんは不安がっているみたいで表情がいつもよりなんだか暗い。

 それはちょっと気になる。ゴミ収集場所っていったら、たぶんあそこだ。もう使われていない倉庫があって、その前がゴミの収集場所になっている。あそこはあんまり行かない場所だけど、たまに車に乗せられて走っているときに傍を通るから場所だけは知っていた。

「んー、ミツバちゃん、あんたまた太った?」

 いやん、また指摘されたー。

 それ以上言われたくなくて、あたしはぴゅうっとおばさんの撫でてくる手から逃れ走り去る。あ、お菓子貰えなかったけど、まあいっか。

 ぐるっと近所の家の周りを回って、やや放置気味のビニールハウスの横の上り坂をペタペタと辿っていく。ふわふわと周りの空気がゆるゆると暖かくなってきて、アタシはふぁあっと欠伸を零した。今日ものどかでいい天気になりそうだ。

 横に長く広がるビニールハウスは風が吹くとパタパタやバタバタと煩く音が鳴る。昔はこの音が怖かったけど、もう今は大丈夫だ。独りでも通り過ぎることが出来るようになった。うん、成長成長。強くなったなぁ、アタシ。

 そんなふうに独り満足しながら日当たり良好、というか良すぎる坂道を上りながら、アタシはその先にある神社を目指していた。坂の上にある神社はなかなか快適な場所で、何するにもうってつけの場所だった。

 そこの敷地内にはきちんと手入れされた大きくて太い針葉樹林がいい感じに生えている森があって、遊び場所にも昼寝場所にも困らない。しかもそこそこ冒険も出来たりして、素敵な場所なのだ。あっ、でも前に神社の社殿に土足で入っちゃったら神主さんにとんでもなく叱られたんだよなぁ。まぁ、泥だらけだったアタシも悪いんだけどさ。

「あ、ミツバちゃん」

 そんなことを考えながらトテトテ神社を目指していたら、近所の森田のお姉さんその二に出会った。

 森田のお姉さんその二、とは今日最初に出会ったあの森田さんの娘さんだ。その二とは姉妹の妹のほうだから、その二って呼んでアタシの中で密かに区別している。実はあんまり姉との顔の違いは分からないんだけど、たぶん妹のほうだろう。たぶん。

「ミツバちゃん、あんたこんなとこまで足伸ばしてるん?」

 お姉さんがなんだか呆れたように言ってくる。

 いーっだ。別にいいでしょ、アタシの勝手なんだもん。それよりもさぁ、ねぇねぇ、持ってんでしょー? お菓子の匂いがしますよオネーサン。ねぇねぇ。

「何、なんか欲しいの?」

 アタシはむふむふと頷く。

「えー。ミツバちゃん、あんたダイエットしてるんやないの?」

 むー、そんな意地悪言わないで!

 アタシは我慢できなくなって短く抗議の声を上げる。

 そんなアタシの様子に森田のお姉さんその二は今度こそ呆れ顔になった。

「はいはい。もー、あんた普段は大人しいくせにこんな時ばっかり五月蠅いんやね」

 そんな嫌味もなんのその。美味しいお菓子には適わない。見事お菓子をゲットしたアタシは、ご満悦な表情でそれを頬張る。あー、でもこれ量少ない。くすん。

「神社行くん? やったら一緒にいこか」

 そのまま森田のお姉さんその二と一緒に坂の上の神社を目指した。行く道すがらのお姉さんの話題も、やっぱり例の不審火のことだった。

「なんやねぇ、防犯カメラとか必要なんかなって言うてたけど」

 でも近所にそんなことする奴なんていてるんやろか、とお姉さん。アタシもそれは思う。そもそも火なんか着けて何が面白いんだろうね。目的は何なんだろう?

 一緒に並んでのんびりと坂を上っていたら、やっと坂の上の神社に着いた。

 相変わらず静かで鬱蒼とした森と林に囲まれた山の中に、でーんと鳥居と社殿と社務所が存在している。森田のお姉さんその二は、「じゃあね」と言って社務所に向かっていった。たぶん神主さんに用事があるのだろう。明日のお祭りのことかな? 実はお姉さんは明日の秋のお祭りで巫女さんを務めるのだ。お姉さんは巫女姿で神楽を舞ったり、舞台の上からごくまきをするらしい。あの舞台の上から物を撒くのはきっと壮観だろうなぁ。

 なんて思いながらアタシはとりあえず社務所を避けて、社殿周りをぐるぐると見て回った。

 しんと静かな木々に囲まれた社殿は相変わらず荘厳で偉大で、悪戯なんかとても出来そうにない厳しい雰囲気をこれでもかと醸し出していた。

 アタシは社殿の裏手に回ると、そこから広がる広大な森の中へと足を踏み入れる。神社のすぐ裏には森があり、そこのある大きな木の下にはアタシが作った秘密の場所があるのだ。

 ある日、アタシは大きな一本の針葉樹林の足下にぽっかり空間が空いているのを見つけた。どうも自然に空いた穴らしいそれを、さらに掘って広げて大きな穴にして、そこをアタシだけの秘密基地にしたのだ。そこにはアタシの宝物やらなんやらが置いてある。

 お、あったあった。

 アタシは目的の場所を見つけるとその穴に向かって近付いていく。しかし、そこであれ? とアタシはあることに気付いた。

 あれ、なんか嗅いだことのない匂いがする……?

 さらに近付いていくと、もっとおかしな光景が見えてきた。

 あれっ?! アタシの物が無い!

 穴にはアタシが置いていたはずの宝物や何やらが見当たらなくなっている。その代わりに、その穴には汚い銀色の物体が沢山押し込められていた。鉄板みたいな形の物や変な形の塊やらが穴にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 ええー、なんでー??

 テシテシとその物体を叩いてみても、堅いそれはアタシが叩こうが何をしようが穴からビクとも動かなかった。

 そんな秘密基地の状態に悲しくなったアタシは、とりあえずしゅんとしながら神社の正面に戻る。と、途端に、「こらミツバ! お前はまた勝手に!」と怒声が飛んできた。

 ひぇ! 神主さんだ! なんかめちゃくちゃ怒ってる!

 ずんずんとこっちに近づいてくる神主さんは何故かめちゃくちゃご立腹らしかった。

 アタシまだ何にもしてないよ! 本当だよ!

「神主さん! ほら、ミツバちゃん怯えちゃってるから!」

 アタシが神主さんの剣幕に怯えていると、神主さんの背後から森田のお姉さんその二が姿を表した。

 お姉さん!

 アタシは表れた森田のお姉さんその2の後ろにすぐさま身を隠した。

「もう、神主さん。ミツバちゃん怖がっちゃってるから。ごめんね、ミツバちゃん。神主さん、なんか寝不足で不機嫌みたいでさぁ」

 そうなの? なんで?

「はぁー、昨日夜中に突然車の防犯ブザーが鳴ったんだよ」

 さすがに怒りすぎたと思ったのか、神主さんがため息をつきつつ説明してくれた。

 神主さんによれば昨夜、深夜に自動車に付いている防犯ブザーが鳴ったのだとか。どうも自動車に何かが強く当たって、それに反応したらしいとのこと。

「ええっ? そんな事、よくあるんですか?」

 お姉さんが吃驚して訊ねる。

「ないよ。だから驚いて飛び起きて。それからどうも寝付けなくなったんだよ。まったく、お前じゃないだろうね」

 はぁ? いくらアタシでも夜中に出歩いたりしないもん。

 言葉の後半はアタシに向けながら、神主さんがこっちを胡乱げに見てくる。

「まあ、おおかたイノシシか鹿か、さもなきゃ猿かアライグマか熊だろうけどな」

 と、神主さん。いやいや、熊だったら洒落にならないんだけど! 確かにここ、山々に囲まれた果樹中心の畑だらけの田舎だけどね。

 特にここ最近は害獣の被害が深刻で、もう畑の周りは電気柵だらけだった。アタシもうっかり触らないように、って口酸っぱくして注意されたなぁ。それでも害獣たちはそれを掻い潜って侵入しているようだ。一昨日は電気柵の一部が破られていたそうで、井戸端会議でぷりぷり怒っていたが人いた。

「はいはい、ミツバちゃん。もうおうち帰り」

 はーい。

 森田のお姉さんその二に促され、アタシは渋々家に帰ることにした。

 ただいまー。って感じで自宅に帰ると、ママが、「おかえり、今日は早かったね」と出迎えてくれる。

「もうどこ行ってたん? また森田さんち?」

 迷惑掛けたらあかんよ、とママ。

 分かってるよー。ちゃんと愛想良くしてるもん。

 アタシはママの横をすり抜けて、お気に入りの場所にあるアタシ専用の座布団の上によいしょっと座る。

 そこからなんとなく居間を見ると、パパが明日の秋祭りの準備をしていた。礼服で神社にお供え物を持って行くらしい。ただ持って行くだけじゃなくて、お供え物を掲げて何か唱えて渡したりもするのだとか。明日はご近所の皆さんが坂の上の神社に集まり、いろいろ催し物があったり、それを皆で見たりするのだ。アタシも明日はパパとママと一緒にお祭りを見にいく。パパの晴れ姿、見とかないとね。

 そんなことを考えていたら玄関から、「あらあら~」とママの半音上がったよそ行きの声が聞こえてきた。そちらに目を向けると近所のお寺の和尚さんが、「どうもどうも」と訪ねて来ていた。

「どうしたんですか? その足」

「いやぁ、昨日の夕方うっかり()けてしまいまして……」

 情けないことです、と和尚さん。見れば和尚さんは松葉杖を突いていた。どうやら右足を負傷しているみたいだ。

 ちょっと興味が湧いて、アタシはテトテトーっと二人の傍に密かに近寄っていく。

「どうもねぇ、側溝の蓋が無くなっていたみたいでして、それに気づかんとうっかり足を突っ込んでしまいましてなぁ。ぐねってしまいました」

 スクーターにも乗れませんねん。それは不便ですねぇ。と和尚さんとママ。松葉杖は一応って感じで杖みたいに使っているらしい。和尚さんは和尚さんだけど、明日の祭りにもちゃんと参加するみたいだ。

「それでですねぇ、阿部さん。明日ご主人車で上まで行きはるでしょう。それで一緒に連れていってはくれないかと……」

 申し訳ないことですが、と和尚さんが頼んでくる。阿部さん、とはうちのことだ。つまりアタシのフルネームは阿部ミツバなのである。ま、それは置いといて。

 パパはお供え物を持って行くため早めに車で坂の上の神社まで行く。それについでに乗せて貰えないかというお願いだった。居間からパパが玄関に出てきて、「ええですよ」と快諾する。

 ちなみにアタシは少し遅れてママと一緒に歩いて神社に行く。特に理由がないなら神社には皆歩いて行くのだ。足の悪い人とかは車で行くけど、神社の駐車場が狭いからそれも出来るだけ車の乗り合いで行くのが通例だった。

「でも側溝の蓋、どうして開いていたんでしょう?」

「開いていた、というか。無くなっていたんですわ」

「ええ?」

 側溝の蓋が? とパパ。

 そんな大人たちの会話を聞きながら、アタシは少し不安になる。

 なんだろう。なんか不穏な気配がするよ。心がざわざわするような、落ち着かない感じ……。明日のお祭り、大丈夫なのかな。

 そんなことがあったその日の夜。アタシはママとパパと一緒にテレビを見ていた。四角い画面の中ではマジシャンが手品の種明かしをしている。

「いいですか、皆さん。マジックの基本は“意識の逸らし”です。右手に引きつけて、左手でタネを仕込む。これが基本です。だからどんな仕草にも、ちゃんと理由があるんですよ」

 そう言って胡散臭い笑顔でマジシャンがこちらに向かって微笑み掛ける。

 ふーん、と思いながらそのままうとうとしていたら気付けば番組はニュースに変わっていた。どうやら世界では鉱物が、特に鉄が値上がりしているようだった。


 翌日。澄んだ秋晴れの空が広がる下、ドンッ、ドンッ、と重たい太鼓の音が響いて秋のお祭りの始まりが告げられた。

 坂の上の神社には近所の人々がぞくぞくと集合していて、それぞれに今年も無事秋祭りが開催できたことの喜びを分かち合っている。

 ママと一緒に神社に来たアタシはしかし、なんだかいつもみたいに振る舞えない。なんだろうこの雰囲気。なんだかそわそわして不安で、とにかく落ち着かないのだ。

「ミツバ、大人しくしててよ」

 ママのそんな言葉も耳に届かない。

「あらー、阿部さん。お久しぶりで」

 そわそわしていたら近所の二宮さんが声を掛けてきた。ママも、「どうもー」なんて返している。

「阿部さんとこも大丈夫?」

「なにがです?」

「ほら最近なんや物騒やろ? うちとこもな、さっき見たら一輪車のうなってたんや」

「え、一輪車が消えたんですか?」

 一輪車、とは乗って遊ぶあれではなく、工事現場とかで置いてあるほうだ。通称ネコってやつね。

 道楽して畑に出しっぱなしにしとったらあかんなぁ、嫌やわぁ。と二宮のおばさん。

 アタシはその会話を聞いて、もういてもたってもいられなくなった。

「ちょっとミツバ! どこ行くの?!」

 後ろでママの慌てた声が聞こえたが、アタシはアタシが感じたある予感を信じてそのまま走り出した。アタシの中で何かが繋がる。

 アタシは神社の裏側に回るとアタシの作った秘密基地に向かって一直線に駆けていった。

 昨日嗅いだ、嗅いだことのない匂いが強くなってくる。

 そうだ、この匂いが神社にまで漂ってきていたから落ち着かなかったのだ。

 そして見つける。アタシの秘密の隠し場所から汚い銀色の何かを、一輪車で運びだそうとしている数人の男の人たちを。その数、ざっと五人。こいつらだ。こいつらのその嗅ぎ慣れない匂いがアタシをここまで走らせた。

 まだ若い彼らの前にアタシはざざっと立ち塞がると、思いっきりそいつらに向かって吠えてやった。

「うわっ! なんだこの犬!?」

 そのうちの一人が突然現れて吠えだしたアタシの姿に驚いた声を上げる。しかしアタシは構わず吠え続けた。皆気付け! ここに最近の物騒の原因がいるぞー!!

「うるせぇ犬だな! この!」

 別の一人がアタシを黙らせようとこっちに向かってくる。しかしアタシは怯まずその男に噛みつこうと向かっていった。

「うっせぇんだよ!!」

 ぎゃ!

 そいつはそう怒鳴ると、アタシを思いっきり蹴り上げた。男の靴のつま先がアタシの腹に鋭く突き刺さる。

 アタシは蹴り上げられた勢いのままぐわんと宙に放り出され、そしてすぐに地面に叩きつけられた。

「きゃーっ! ミツバ?! というかあなたたちは一体?!」

 アタシを追いかけてきたママがこの状況を見て愕然としていた。ママ、危ないから誰か呼んできて。と地面に倒れつつもそう思っていたら、神社のほうから人がぞろぞろとやってくるのがちょっと見えた。アタシの渾身の咆哮が聞こえたのだろうか。だとしたらアタシも報われる。

「やべっ、さっさと逃げるぞ!」

 アタシを蹴っ飛ばした男に仲間らしき男たちが声を掛ける。

「おい! お前ら! そこで何しとる! おい待て! 逃げるな!」

 あ、村長さん! 新藤さんたちも……。ていうか和尚さんも松葉杖振り回しながらこっちにやって来てる!

「ミツバちゃん! 大丈夫?! しっかりして!」

 巫女姿の森田のお姉さんその二が地面に倒れたアタシに駆け寄って来てくれた。嬉しいけど、お姉さんの折角の巫女衣装が汚れちゃうよ。うわーん、なんか痛さと情けなさで泣けてきた。

 涙目になりつつお姉さんに介抱されていたら、突如怒号が響いた。

「うちのミツバに何をする~っ!」

 へ? パパ?

「ちょっ! 阿部さんストップ! さすがにそれはマズいですって!」

 パパの声に驚いて地面に倒れつつ痛みに閉じかけていた目をはっと開くと、パパが金属バットを持ってアタシを蹴っ飛ばした男に襲いかかろうとしていた。

 ちょ、パパ! それいざというときの為の対イノシシ用の金属バット! さすがにそれで殴るのはヤバいよ!

 鬼の形相のパパを皆が羽交い締めにして止めている。その隙に男たちが逃げようとしたが、異変に気付いた近所の人たちが、気付けばぐるっと男たちを囲むように包囲していた。逃げられないと分かった男たちの顔が醜く歪む。

「お前らこれ、近所から無くなった物やないか! お前らがやっとったんか!」

 村長さんが一輪車に乗った物を見て声を上げた。一輪車には側溝の蓋、電気柵のワイヤーの一部などが乗せられていた。烏の仕業と思われていた蝋燭立てや花立ても入っている。ここ最近近所から消えた物だ。というかこの一輪車も二宮さんの物だろう。無くなったと先程言っていたから。

「ん? おいお前、隣町の堂本さんとこのどら息子やないか!」

 やっと来たらしい和尚さんが、アタシを蹴った男の顔を見て驚いて叫んだ。言われた男が顔をさらに歪める。

「畜生! 田舎の老いぼれどもが! 邪魔しやがって……!」

 顔を歪ませた男が懐からギラリと光るナイフを取り出した。

「あっ、危ない!」

 誰かの小さい叫び声。そしてゴスッ! という鈍い音をさせて、ナイフを持った男の脳天にパパが投げつけた金属バットが直撃した。


 いつもの朝。けれど最近は寒くなってきているから、アタシの日課のご近所巡りも近頃は昼近くになってから始まる。

「おや、ミツバちゃん」

 いつも通り森田さんちに行ったら、珍しく森田のお姉さんその一が縁側で日向ぼっこをしていた。森田のお姉さんその一は滅多に出くわさないレアキャラだが、だからといって別に嬉しくはない。だってお菓子くれないもん。

「聞いたよ、お祭りの日は大活躍だったらしいじゃない」

 お姉さんがニヤニヤとしながら訊いてくる。

 あら、そのこと? と、アタシはちょっと照れと自慢がない交ぜになった表情をしながらお姉さんの隣に寝転んで同じく日向ぼっこをする。

 あれから、あの男たちは連絡を受けて駆けつけた駐在さんにお縄になった。どうやら奴らは近隣の村々で同じような悪事を働いていたらしく、連絡がいくと迅速に動いてくれた。

「この金属バットは……事故ですね」

「……ええ、たまたま投げたらナイフを持った男の頭に当たったんです」

 駐在さんの言葉にご近所の皆さんが次々と同様の証言をしてくれた。田舎の結束力はこういうときにも発揮される。アタシも蹴られたから、これくらいは許して貰えるだろう。うん。

「あんたも大した怪我なくて良かったやん。その体型のお陰なんやって?」

 お姉さんがアタシの背中を撫でながら言ってくる。土手っ腹を蹴り上げられたアタシは、しかし地面に叩きつけられようと無事だった。

 どうもアタシの蓄えられた脂肪がクッションとなり大事に至らなかったようだ。肥満様々だな。

 お姉さんがアタシの背中をゆるゆると撫で回しながらぽつぽつと喋っていく。頭の中で今回の出来事を整理するように。

「なんかねー、あいつらやっぱ金属製品を売り捌こうとしていたみたい」

 世界的に鉱物が高騰しているから、今なら高く売れるだろうという単純な理由で近隣の村々から金属製の物をくすねていたようだ。所によってはガードレールの一部や、工事現場にある足場の鉄パイプなんかも彼らは手を出していた。田舎だから防犯意識も低く、すぐにはバレないだろうと踏んだらしい。

「確かに低いよね、この辺の防犯意識。だからって車までいこうとしたのは舐めすぎだけど」

 神主さんの自動車の防犯ブザーが鳴ったのはそれが原因だった。田舎の車は鍵を付けっぱなしで置いている。というのを聞いたことがあったのか、それを信じて彼らは車にまで手を付けようとした。手に入れた物を運ぶ手段が欲しかったらしい。が、しかし。そこまで田舎も馬鹿ではない。夜中に思いっきり防犯ブザーが鳴り響く事態となった。

「それに焦った連中は、あんたが穴掘った、ほら、神社の裏手にあるあの場所に一時的にブツを隠したんやって。逃げるときに重いから丁度良い隠し場所を見つけたと思ったんだろうね」

 んもう。そんな理由でアタシの秘密基地は潰されたのか。勘弁して欲しい。

「それであのボヤ騒ぎだけど。あれも奴らの仕業らしいよ。あのゴミ収集場所の倉庫を一時的な隠れ家にしていたらしいんよね。ほら、物が多少増えても不審に思われないから。そこで電柵のワイヤーを解体するとき火でワイヤーを覆っている保護膜? を炙って溶かして中にある銅線を出そうとしていたみたいでさぁ」

 その火が何かの拍子に飛び火して倉庫の前のゴミに引火したのだとか。まったく人騒がせな奴らめ。

「まったく、ニューヨークに留学までして何を学んでんだか」

 お姉さんも呆れたように呟く。

 アタシを蹴った男はやっぱり隣町の堂本さんちの息子だった。

 堂本さんちは結構なお金持ちの家らしい。けどその息子が通っていた学校で洒落にならない問題を起こして、各所でお金を積んで息子をニューヨークに逃げるように留学させた。

 それが向こうでもなんかやらかして帰国。元々つるんでいた地元のやんちゃな仲間を集めて田舎での金属製品強奪を企てたそう。

「なんであの日に動いたかってことだけど、祭りの日なら多少喧しくしてもバレないと思ったからだってさ。あと近所中から人が集まるから、ついでに空き巣にも入っていたみたい」

 もしやと思って調べてみたら、何軒か空き巣の被害にあっていた。そのうちの一件がわりかし権力関係に顔の利く家だったので、今度こそお金の力なんかでは逃げられないだろう。

 祭りの日だったら皆そっちに気を取られて多少のことは気にしない、と踏んでの犯行らしい。まったく、小賢しい。不出来なマジシャンの意識逸らしみたいだ。

「でさぁ、ものは相談なんだけど……」

 ふと、森田のお姉さんその一がニヤニヤしながらこっちを見て言ってきた。アタシは、ん? と頭を上げて彼女の顔を見やる。

「此度の騒動とミツバちゃんの活躍を小説にしたいんだよねー」

 え! 小説に?

 アタシはびっくりしてむくりと起き上がった。

 森田のお姉さんその一が懐から何かを取り出し、アタシに見せてくる。

「どう? このダイエット用特大骨ガムで手を打たない?」

 わお! お姉さん大好き!

 アタシは嬉々として返事をした。

「ワン!」

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