4.え、はぁ、馬鹿ですよね・・・。
ミーンミンミンミーン、ミーンミンミンミーン!(季節感は何処へ)
何となく好きな名前は「悠貴」です。
その日倫は、OPENの札をCLOSEに変える、器を洗う、机を拭く・・・など、自分が分かる最低限のことをして店を片付けた。
しかし困ったのは、知也の扱いだ。
揺すっても声をかけても、一向に起きる気配がない。
知也は細いほうではあるものの、高校生女子1人の力で成人男性を動かせるはずはなく、かといってそのままにも出来ず、倫は途方に暮れていた。
「どうしよ・・・。もー、ホントに知也さん馬鹿だわ。馬鹿の頂点。」
寝ていることをいいことにさんざんな悪口を連ねる倫だが、心の中では知也を心配する気持ちでいっぱいだった。
早く帰らないとという焦りと、知也の扱いに対しての悩みが絡み合って、感情がぐるぐるとする、
仕方がないので、倫が前に倒れたときに寝かされたソファに寝かせようと倫が立ち上がった、その時。
カランカランとベルが鳴った。
「はぁ、CLOSEになってるじゃん。しっかり見てよね・・・。」
非常識な客にいら立ちながら、扉に目を向ける。
硬い顔でそこに立っている男性は、金髪の・・・知也には敵わないが・・・いわゆるイケメンだった。
黒縁のメガネをし、スーツをきちっと着て、ビジネスバックを右手に持っている。
いかにも真面目なサラリーマンだ。
倫の様子に気づいてるのか気づいてないのか、
「知也はいるか。」
とボソッと呟いた。
倫は黙ってカウンターに目を向ける。
目線の先を追った男性は、軽く目を見張る。
「はぁ・・・昨日出かけたのか?馬鹿だな。そう思わないか?」
「はひゃ?え、はぁ、馬鹿ですよね・・・。・・・あの、知也さんの知り合いでいらっしゃ・・・」
「そうだ。」
倫が言い終わる前に深く頷く男性。
怖そうだが、案外コミュニケーション能力は高いのかもしれない。
彼は知也を一瞥して、コツコツと足音を立てながら、カウンターへと向かった。
知也の横に立つと、知也を脇から抱え、勝手知ったりと店の奥のプライベートなスペースへと続く扉を開ける。
倫は中に入るべきか、ここにいるべきかウロウロと迷ったものの、結局中に入った。
廊下の突き当りの扉が開いていて、影が動くのが見える。
ドサッと言う音がしたと思うと、金髪の男性が部屋から出てきた。
どうやら寝室らしい。
「・・・君は、知也の、何?」
「あ、えーっと、店員です!誘拐事件を解決してもらって・・・。」
誘拐事件というワードにぴくっと反応して倫を見る男性。
普通の反応だろう。
誰もが、誘拐事件と聞くと驚くものだ。
「いつ?」
「8年前ですね。ここらへんで、誘拐されました。」
「・・・そうか。大変だったな。」
倫は男性を安心させるようにニコッと笑いかけ、それから思い出したように口を開く。
「えーっと、貴方は・・・?」
「知也の知り合いだ。邪魔したな。」
倫が引き留める前に男性はさっさと店を出て行ってしまい、後にはカランカランといる音だけが残った。
名前を聞くのを忘れていたことに気づいた倫だが、知也に聞けばいいや、と追いかける選択肢を捨てた。
「じゃあ、帰りますか。・・・知也さんは馬鹿すぎるので、明日も来ます。」
誰もいない空間に向かってそう投げかけ、店を出て行った。
「みんな~!今日、部活休みだから遊ばない?うちら3人で遊ぶことはあっても、倫とはなかなか遊ばんし。」
倫が面倒だと帰宅部を選んだのに対し、バリバリ部活を楽しんでいるゆりあが、下校中にふとそんなことを言う。
そろいもそろって、合わせたわけでもないのに同じ美術部に入った3人を、倫は今更ながら羨ましいと感じていた。
そんな親友たちと遊べる・・・ということに倫は一瞬目を輝かせたが、何も考えずに即答するほど愚かではない。
「あっ・・・ごめん。私、今日予定があって・・・。」
「そうか~。残念だな!あたしも遊びたかった。」
スポーツ部に入るかと思われていた茉奈・・・いや実際、茉奈の元にはスポーツ部からの勧誘が絶え間なかったのだが・・・も、何故か美術部に入った。
理由は本人の口からきいていないが、倫たちはただ親友と一緒の部が良かったのだろうと思っている。
「今度遊ぼうね、倫。ボクも、倫と話したいこといっぱいある。」
「清花ぁ~、もう予定サボろっかな。」
倫がそう言うと、仲間たちはおい!と背中を叩いたり本気で真っ青になったりしていたが、全員が分かれる交差点で立ち止まる。
「じゃあ、ばいばい!」
「また明日・・・だね。」
「ばいばーい!」
「またねー!」
4人はバラバラの道に進み・・・清花は、本当は一本前の道で曲がる必要があるのだが、交差点まで来ていた・・・1人になったとたん、全員がさっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返った。
倫も周りの静けさに頬をひきつらせたが、前のように倒れることはなくなった。
倫は、事件の犯人が分かったからだろうと考えている。
「そういえば・・・犯人って、どんな人なんだろ。知也さんに言えば調べてくれるかな・・・。厚かましいよね。」
名前と、朧な記憶でしか知らない犯人のことを考え、気が沈みかけた倫。
再び昔の記憶に入り込んでしまうと気づき、頭を左右に振って、気を立て直した。