2.美羽ちゃんのファン?
ホーホケキョ!ホケホケ、キョ☆ ホケキョー!たー兄です。
好きな色は黒と、黄色と、青と、ピンクと・・・色々です。
倫が恐る恐る声の主に視線を移すと、そこにいたのは、1人。
そう、1人である。
中年の恰幅がいい男性が1人だった。
「え・・・あ、美羽さんは、どこにいらっしゃいますか?」
「どこぉ?もしかして君、美羽ちゃんのファン?困るな、そういうの。」
(美羽。ファン。・・・あ。)
彼の態度からある人物が思い当った倫は、それでも信じられないというように目をぐるっと回す。
しばらく自分の脳内の人物データをひっくり返して吟味していたが、結局、他に見つからずに諦めて口にする。
「もっ、もしかして・・・・!ビューティー・エンジェルの美羽ちゃんですか?」
「そう!やっぱりファン?・・・まぁいいや。ここ、依頼を聞いてくれるってホント?」
あまりにも軽く、国民的アイドルの名を受け流されたことに拍子抜けしながら、倫は何とか接客らしい接客を試みる。
まず椅子を引き、ニコッと男性に笑いかけた。
「お水でもいかがですか?」
「いらない。で?依頼は?」
取り付く島もない彼の態度に、すでに倫は心が折れそうだった。
それでもひきつった営業スマイルを浮かべ、客の目的をくみ取ろうと必死に言葉を紡ぐ。
「あ、あー、店主に依頼でしょうか?」
「さっきからそう言ってるよね?」
「少々お待ちください。今、店主を呼んできます。」
取り敢えず目の前の客を怒らせないためにそう言ったものの、知也が依頼を受けられる状態か否かを心配してわずかに奥へ続く扉を開くのをためらう倫。
それでも、背中で男性のイラついたような目線を感じ、渋々中に入る。
すると目の前に広がっていた光景は・・・1mmも動いてない知也が相変わらず雑紙にまみれた廊下で寝ている姿だった。
さっき倫が言った「ちゃんと寝といてくださいよ?」とは、寝室で寝てくれという意味だったのだが、どうやら知也はただただ寝るという言葉をそのまま受け取ったのだろう。
「あーあ、もう・・・。起こすの気が引けるな。ていうかガチで寝てるし。」
長い睫毛が白い肌に影を落とし、どことなく弱弱しい雰囲気を出している。
といっても、実際は、傲岸不遜な店主なので、性格と女々しい容姿とは繋がらないが。
「知也さん?知也さ~ん、起きてください。」
「・・・っ、はぁっ、はぁっ・・・何だ?」
いかにも苦しいという表情と息遣いに声をかけたことを後悔する倫だが、もう遅い。
倫の様子と、店の中の気配で大体のことを読み取ったのか、
「依頼か・・・今行く。」
と言って立ち上がろうとする。
その体の動きが重く、頼りなく見えて、つい倫は知也に手を差し伸べてしまった。
知也に振り払われるかとも思ったが、素直に体重を預けてくれたことに、倫はますます知也を起こしたことを悔やんだ。
(・・・断ればよかったなあ。今更無理だけど。)
そして、知也は本革靴を履き、倫が立ち上がらせ、内へ続く扉を開けたときには、涼しげな顔に戻っていた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にお座りください。」
「君が噂の探偵かぁ・・・。」
倫たちに聞かせる気がない独り言の音量でそう呟いた男性は、知也の指示に従って、正面の席に座った。
知也も、喫茶店の店主としてここにいるときは、基本立っているものの、探偵として依頼を受けるときには椅子に座っている。
机に両肘をつき、手を顔の前で組む。
「では、依頼をお伺いしましょう。その前に、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「う~ん、Dとでも。」
Dは何故か名前を教えないが、知也はそれ以上ツッコまずに依頼人の話に耳を傾けた。
知也の真剣な瞳を受け、Dがぽつりぽつりと、時々汗をハンカチで拭きながら話していく。
「アイドルの、美羽を知ってるかな?」
「はい、ビューティー・エンジェルの方だと記憶しています。」
「そう。僕は、美羽ちゃんのマネージャーなんだけど・・・」