1.きゃく・・・客!?
ヒヒーン、パカラッパカラッ!たー兄です。
なんか・・・世界の中心で愛を叫びたいです。
※一応、前章で第1部完結ということで、ここから第2部です。
そのため、1部と説明が被っていますが、ご了承ください。
月曜日。
結局、倫が学校が終わり家から急いで『クリムソン』に向かった時には、店主は平然とした顔で接客をしていた。
しかし、倫が来るなり説明もせずに奥に引っ込んだので、相当体調が悪かったのだろう。
知也が入っていった扉を目で追うポニーテールでアホ毛が目立つ彼女は、現役女子高生の天川 倫。
PTSDを患っている。
『クリムソン』の店主には、その原因である8年前の誘拐事件を解決してもらったという恩がある。
(何で平然とした顔してんだよ、あの人。)
「あ、もしかして・・・。」
「うぇ!?すみません、私、初めてでよく分からな・・・あ!前の男子高生!」
呆然と立つ倫に、そーっと声をかけてきたのは、倫が初めてお客さんとしてきたときに、チーズケーキが美味しいと言っていた男子高生だ。
相変わらず、詰襟の制服を着ている。
今日も、無邪気にニコニコ笑っている。
「あれ?いつも土曜日の午前中に来てるんじゃなかったっけ?」
「いや、平日の放課後にもたまに来てるよ?」
(おぉ、『クリムソン』ガチ勢・・・?)
平然とした顔で言ってのける男子高生に、倫はドン引きしつつ、あることに気が付いた。
男子高生の前に、お水は置いてある。
ただ、ケーキやドリンクがない。
注文していない・・・ということはないだろう。
「っていうか、血原さん、注文受けました?」
「うん、受けてくれたよ。多分忘れられてるけど。」
(うんうん・・・って、は?忘れるなら注文受けんなよ、あの店長。てかそもそも店開けんな。)
表面上は笑顔で、心の中で罵詈雑言を吐く倫。
そして、注文を忘れられた男子高生は、のほほんと微笑んだままだった。
そう、のほほんと・・・。
(え?何故に?)
倫も、その様子に気づき、首をかしげる。
「怒ってないの?」
「え?だって、普段の知ちゃんが注文忘れておくに行くなんて有り得ないし。ていうか、たまにああなるんだよね。特に夏が多いかな。疲労かな・・・とかも思うんだけど、知ちゃんは何とか普通に振舞おうとしてるみたいだし、隠したいんならいいかなって。」
(あ゛?あの店長・・・めっちゃ愛されとるやないかい!)
一見、一匹オオカミオーラを醸し出している知也だが、常連からは愛されているらしい。
「わあああ!もうこんな5時だ。バイバーイ!」
毎度、時間に追われている男子高生。
水だけ飲んで帰っていった。
今回も名前を聞けなかったと倫が気が付くのは、彼が出てから数十秒経った後のこと。
がっくりとうなだれる倫。
誰もいなくなって静かになった店内には、息遣いだけが響いた。
(息遣い・・・うん?息遣い・・・血原さん!)
倫が先ほど知也が入っていった扉を恐る恐る押し、中を覗いてみると・・・。
倫の予想内と言えば予想内の光景が広がっていた。
まず、玄関らしきスペースには脱ぎ捨てられた高級ブランドの本革靴。
謎に新聞紙や雑誌、チラシなどの雑紙が散乱している廊下に、1人の男性が倒れこんでいる。
ストレートの黒髪。
白いシャツの上に黒いベストとエプロン。
雪のように白い肌。
肩で息をしながら床で丸まっているその男性こそ、喫茶店『クリムソン』の店主・血原 知也だった。
「うわぁ・・・ちょっと外出してこれか・・・ヤバいな。」
そして、知也は俗に言う吸血鬼だった。
昔話の吸血鬼のようにニンニクと十字架が駄目なわけではないが、日光は1時間ほど当たるとすぐに熱を出す。
今回は、倫の誘拐事件を解決するために外に出たことが原因だった。
シャツのボタンが上から2つ開いていて、色気が半端ではなかった。
整った顔立ちでもともと尋常じゃなくイケメンなのだが、頬を赤く染めて素肌を見せていると、なかなか破壊力がある。
性別年齢問わずこの世界で、今の彼に逆らえる人はいない。
それは倫も例外ではなかった。
・・・と、その時。
知也がぴくんと動き、指先を動かした。
そのまま、右腕をあげて、倫の頬に触れる。
(ん・・・♡)
倫の頬がぼっとリンゴのように赤くなった。
そして、知也が乾いた唇を微かに動かし、倫に何かを伝えようとする。
倫の心臓が、ドクドクと高鳴った。
倫が自分の顔を知也の顔に近づける。
激しくなる鼓動にかき消されないように、心を静めて耳を澄ます。
「・・・く。」
「え?」
「・・・きゃく・・・。」
(KYAKU☆・・・え?きゃく・・・客!?)
倫が脳内変換するまでに要した時間は約10秒。
「ベル・・・入口の、ベルが鳴った・・・。」
(うん。耳良すぎるね。私聞こえなかったよ。あはは。)
さっきまで勘違いをしていたとますます真っ赤になる倫だったが、何とか立ち上がって店の方に体を向ける。
目を閉じて落ち着いてから、知也に
「ちゃんと寝といてくださいよ?」
と言い残して店に入った。
倫は接客さえも教えてもらってないはずだが、妙に自信満々だ。
「いらっしゃいま・・・。」
「遅いなぁ!美羽ちゃんが可哀そうだろ!ね、み☆う☆ちゃ☆ん☆」
(癖強いのきたぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)