9.人間と吸血鬼。
コケッコケコッコー、コケコッコー!たー兄です。
普段メガネしてる人のメガネなしの顔っていいと思いませんか?
「お代って、いくらくらいですか?」
「は?いる訳がないだろう。これは貴様の依頼ではない。私が勝手に興味をもって勝手に調査した事件だ。」
知也自身は当たり前だと思っていることを訊ねられ、眉をひそめて返す。
対して、こちらもお代を払うことが当たり前だと思っていた倫が、首をかしげて知也を見つめる。
数秒の沈黙。
「・・・って、いや、払いたいので!だって、私が8年間、ずっと苦しめられる続けてきた記憶・・・事件なんです!それを解決してくださった血原さんに、お礼をしないなんて・・・考えられません。」
「はぁ・・・。そうか?金じゃないぞ。」
(え?金じゃないって何?人生?命?怖っ・・・・!いやでも!)
怖気づいて頬の筋肉がピクピクと硬直する倫。
それでも、人の道だろう・・・と何とか背筋を伸ばす。
「本当にいいんだな?」
コツコツコツ・・・と本革靴を鳴らしながら、カウンターをまわって倫の席の横に来た知也が、耳元で囁いた。
倫は細かく震える手をもう片方の手で押さえ、知也に微笑む。
もう、お礼をするためなら何をささげていいとさえ思っていた。
2人の間に、目に見えないあたたかいものが通った・・・と思った瞬間、倫の首元に鋭い痛みが走る。
「っ・・・!?」
倫は声が出ず、無言で知也に目を向けた。
さっきまで横にいたはずの知也が、倫を抱き寄せている。
ただ無言で、首筋に嚙みつく知也。
しかし、倫が驚いたのはそれだけではなかった。
知也の漆黒の髪が、絹糸のような真っ白の髪に毛先から染め上げられていく。
時折、体を離して肩で息をすると、その瞳が深紅の宝石のルビーのようになっているのも分かった。
自分が知る喫茶店の店主が、どんどんこの世の者ではなくなっていく。
倫は、首の痛みを忘れるほど、恐怖という感情に支配されていた。
しかし、それと同時に快感も生まれていく。
気持ちいい。
倫の中の恐怖を快感が上回ったその時。
「ん・・・はあっ・・・。」
知也が倫から完全に体を離す。
白髪、赤い瞳の彼が、肩で大きく息をしていた。
頬を紅潮させ、潤んだ目で倫を見ていた。
「・・・悪い。痛いか?」
「っ・・・あ・・・。」
いつもなら、倫は「痛いに決まってますよ!」と軽口をたたくシーン。
でも、倫は言葉にならない声を紡ぐだけで、返事ができなかった。
それを肯定ととったのか、知也が顔をゆがめる。
「申し訳ない。ただ、これが依頼の代金だ。・・・私が何なのか、さすがの貴様でも分かるな?」
「きゅ、吸血鬼・・・?」
上目遣いで、呟くように名詞を答える倫。
知也は明言せず、微かにうなずいて目をそらした。
(えっ・・・と。あー、ニンニクとか、十字架とか、日光とか大丈夫なのかな?)
復活し始めた倫が、思考回路を血を吸われたことから、知也が吸血鬼だということに移す。
すると、知也がフン、と鼻で笑って倫の考えを読む。
「貴様はどうせ、吸血鬼だからニンニクと十字架と日光ダメなんじゃない?とか思っているのだろうが・・・。」
「うぇ!?心読まれた!」
「貴様の心など、ナメクジでも読める。」
具体的すぎる例えに、倫が目を見開いて、『叫び(ムンクの叫び)』のような表情をする。
いつの間にか黒目と黒髪に戻っていた知也は、そんな倫に、自分のことを一つ一つ丁寧に教えるように話した。
「まず、ニンニクと十字架を怖がるというイメージは古い。とっくにそんなもの全吸血鬼、耐性を付けている。・・・まぁ、日光だけは克服しきれてないが。当たりすぎると熱が出る。」
前半は自信ありげに語っていたが、後半困ったように目を細めて、若干弱った声を出す。
倫は、分からないなりにもふんふん、と聞いていたが知也の言葉に引っかかった。
目を瞑って今聞いた言葉を一言一言吟味すると、急に目を開く。
「あっ!え?でも、血原さん、普通に外歩いてましたよね・・・?」
「ん?ああ。晴れの日は厳しいが、曇りの日なら1時間は外にいることができる。今日は曇りだっただろう?」
そう、今日の外出は、知也にとって自己犠牲兼とても珍しいことだった。
「うわぁ・・・なんか、ありがとうございました・・・。熱出しませんよね?」
「あぁ、明日は多少・・・。」
安心材料の言葉を得るために問いかけ、自分にとっていい言葉を待っていた倫が、耳から入ってきた情報を理解するのに目をパチパチと瞬いた。
コテン、と首を傾げ、間抜けな声を出す。
「はぇ?え?お店は?」
対して、こちらも情報を理解してなさそうな知也が
「開くが?」
と当たり前のように返す。
より一層混乱した倫が、目をぐるぐるさせて知也に問いかけた。
「え?え?え?熱が出るのに、お店を開くんですか!?」
「何か問題でも?ウイルス性ではない。」
・・・。
2人の間に流れる沈黙。
互いの常識の違いに、目を見合わせて首をひねった。
まずツッコんだのは倫。
「いや、問題しかないですよ!他の人に移す云々じゃなくて、血原さんがしんどいと思います!」
「・・・私が?」
虚を突かれたような知也が、声を裏返して、反射神経のような形で倫に問いをぶつけた。
倫は、ニコニコと人懐っこく微笑んで、知也の手を握る。
「はい。あー、明日は月曜日でしたよね。放課後、手伝いに来るので、その時は休んでください!」
「・・・。」
知也は、何か考え込むように黙り、呆然としていた。
まるで、自分と何もかもが違う生き物を前にしたかのように。
いや、知也にとってはそうだったのかもしれない。
人間と吸血鬼。
陽と陰。
表と裏。
晴れと雨。
喜と哀。
白と黒。
全てが裏返しになったかのように違う2人。
そんな2人が、完全に通じ合うのは、いつなのか。
ホントは本編でいれたかったんですけど・・・。
喫茶店『クリムソン』の由来は色からきてます。
たー兄的には、いかにも鮮血~という色です。(#DC143C)
画像はのせられませんでしたが、上のカラーコード(?)から検索してみてください。