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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第一章 朝倉勇 編
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10月7日

 その日の天気は今にも雨が降り出しそうな微妙な空模様となった。今日は傘を持って歩いてカムライ教へと赴いた。

 日曜日ということもあって、ホールに集まる人の数はいつもより多い。といってもほんのちょっと多いくらいで、やっぱりイスは半分も埋まらない。


 ぼくはいつもの席に座り祈りを捧げるフリをして、杏珠さんを見つめる。


 ここ最近いろいろなことがありすぎて精神をすり減らしている。祈りを捧げる彼女の横顔が、そんなすり減ったぼくの心を癒やすかのようだった。


「ぇ――!?」


 小さく驚きの声が漏れた。


 杏珠さんがぼくの視線に気がついたのかこっちを向いたからだ。彼女はゆっくりと立ち上がってぼくの方に歩いてくる。


 きっとこの前みたいに通り過ぎて関係者用の部屋に行くんだろうと考えていたら違った。杏珠さんはぼくの前で立ち止まったかと思うと、隣のイスに座って、「こんにちわ」と気さくに話しかけてきたのだ。


「え? あっ、どうも」


 突然のことに、間の抜けた受け答えしかできなかった。


「じつはですね、あの後、自分なりにいろいろ考えてみたんです」


 ――あの後? 考える?


 一体何を言ってるのかわからず「えっと、なんの話ですか?」と訊ねた。


 すると杏珠さんは「あ、すいません」と小さく頭を下げてから、「予言のメールの話です」と言った。


「ああ、そういう……」


「はい。それで考えてみたんです」


 どうやら杏珠さんは、ぼくがしたメールの話を真剣に考えてくれたみたいだ。


 じんと胸が熱くなる。普通はあんな現実味のない話を真面目に取り合おうなんてしないはずだ。


 ――杏珠さん……いい人すぎる……


 ぼくはますます彼女のことが好きになった。


「朝倉さんの携帯電話に届くメールは、母からのメールなんじゃないかって思って」


「……は、い?」


 杏珠さんの顔は至って真面目。真剣に言っているのだ。


 でも待ってほしい、杏珠さんのお母さんは今年の5月に亡くなっている。そのお母さんがぼくの携帯にメールって、いったいどうやって……


「おそらく母は天界から思念のようなものを送っているんだと思うんです。そして、それをたまたま朝倉さんの携帯電話がメールという形で受信した――」


「えっと、さすがにそれはないんじゃ……」


 これにはさすがのぼくも苦笑いするしかない。


 杏珠さんがこんなにも天然だったなんて知らなかった。いや、これは天然では済まされないレベルだ。


「ですが、そう考えないと説明がつかないことがありますよね?」


「そう……なんですか?」


「そうですよ。だって、件名の『divination of the spirit』という言葉はどう説明するんです? 誰かが適当に考えたと言葉が、偶然母が使っていた言葉と一致すると思いますか?」


 たしかにそのとおりだ。


「それとも、朝倉さんはそのメールを送ったのがカムライ教の関係者だと思いますか?」


 杏珠さんがつぶらな瞳を向けてくる。


 普通に考えればそう考えるのが自然だ。だけどそうは思いたくない。もしこのメールを送っているのがカムライ教の関係者だとするなら、その中に殺人犯がいることになってしまうからだ。


 そしてその中には当然杏珠さんも含まれている。


「――それは絶対にない」


 ぼくは、その可能性を否定するように強い意志を込めて言った。


「ですよね。でしたらやはり天界にいる母の思念以外ないかと思います」


「いやでも、それはさすがに……」


「朝倉さんは選ばれたんですよ。きっとそのメールには何か意味があるんだと思います」


「意味……?」


 天界のお母さんという話はさておいて、ぼくがこのメールを受信する意味については今まで考えたことがなかった。

 最初はただの迷惑メールだと思ってた。間違いメールの可能性だって疑った。だけど、ぼくではない別の誰かに送ろうとしていたのなら、さすがに4通も送りつける間に相手も間違いに気づくだろう。だが現実ではメールはこれまでに4通も届いている。これは確信的にやっていると言ってもいい。


 だったらこのメールの送り主はぼくに何を伝えようとしてるんだって話になる。


「うーん」


 腕を組んで首をひねって考える。


「母は生前、世界の終わりを予言しました。もしかするとこれは、それを防ぐための“鍵”なのかもしれません」


 隣で杏珠さんがまたおかしなことを言い出した。完全にこのメールが杏奈さんからのメールだと信じ切っている。


『世界の終わり』――杏奈さんが最後に示した予言。その日は10月13日。思えばもう約一週間後に迫っている。


 けれど、世界はその兆候すら見せていない。それともテレビの電源を落とすみたいに、突然プツリと消えるだろうか。

 

 ばかばかしいよ……


 杏珠さんをはじめ、ここに来て毎日祈りを捧げている人たちには悪いけど、正直ぼくは『世界の終わり』なんて信じてない。


「朝倉さん!」


「はいっ!?」


 熱の入った声で呼ばれ背筋が伸びる。


 杏珠さんが両手で包み込むようにぼくの手を取った。ぼくの手を柔らかく暖かな感触が包む。


「――ぅ、う?」


 緊張して変な声が出る。


 杏珠さんはぼくの目を見て、


「カムライ教を導いてください。――あなたは私の救世主メシアです!」


 そう言って、杏珠さんは目を閉じて両手で包んだぼくの手を胸に抱く。


 ――はうっ!?


 その破壊力たるや――


 ゆでタコのように自分の顔がみるみるうちに赤くなる。


「ハイ、ワカリマシタ」


 片言の言葉でそう返事をしていた。


 …………


 その日の夜は激しい雷雨となった。ぼくの眠りを妨げるように空は雷鳴を轟かせる。


 それはまるで、ぼくに何かを伝えようとしているような……そういった不安を抱かせる。


 次の犠牲者……戸浪さん……


 ぼくは杏珠さんの救世主……?


 そして、世界の終わりか――

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