4 into the legend
立ち止まらず走る。坂を駆け下りながら包丁を脇の樹林に向かって放る。仮面も外して投げ捨てマントも捨てる。坂を下り終える頃には、私はどこからどう見ても普通の人になった。
「ふぅ……」
呼吸を整え何食わぬ顔で道を歩く。
これで……すべてが終わった……
「ヤッター!!!」
両手を上げて喜びの声を天に伝えたその時、突き上げた拳にヌメリとしたものを感じた。手を開いて見ると私の手は真っ赤に塗れていた。
「そっか……」
あの女の臓器を素手で引き抜いたんだから、手が血まみれなのは仕方のないことだった。だけど心配することはない。こんな朝早い時間にここを通る人なんてほとんどいない。拳を握って歩いていればよほど近づかれでもしない限りバレることはないだろう。
これで私の使命は終わった。魔王を倒し世界に平和が――
でもまだやることが残ってる。
それは朝倉くんに注意しないといけないってことだ。男の人っていうのは一時の気の迷いを起こすものだってことは知ってる。今回の場合は美守茜に強く言い寄られて仕方なくだったんだろうということも理解できる。
だけど、ちゃんと断るってことは大事なことだ。そのためにも躾は大事。
「うーん。あんな女より私の方がいいってことを身体でわからせるのが一番かな。フフッ――」
ついつい顔がにやけてしまう。
「――って、ぎゃあ!?」
「あらっ? ごめんなさい」
考え事をしながら歩いていたら、角から歩いてきた人とぶつかって尻餅をついてしまった。
「こっちこそ……すいません」
目の前に現れた女性に謝る。スーツ姿の女性は赤いアンダーリムの眼鏡が特徴的で、どこか冷たい空気をまとっていた。その女性は私を立ち上がらせてくれようとして左手を差し伸べてくれる。
「ありがとうございます」
私が遠慮なくその手を握ると、その女性は露骨に嫌な顔をした。
そこで私は自分のミスに気づいた。べっとりと血が付いた手で女性の手を握ってしまったのだ。
「あの、これは――」
慌てて手を引こうとするが彼女は手を離してくれなかった。
「あなたもしかして……」
女性が眉間にシワを寄せ怪訝な表情を向けてくる。これはもう言い訳はできない状況だった。
こんなところで私の人生は終わってしまうの? やっとエンディングを迎えて朝倉くんとのラブラブな生活が始まろうとしているのに?
「そんなの絶対イヤだ!!」
この状況を打破する方法はひとつしかない。この女を殺して逃げることだけだ。そう思った私は空いている手をギュッと握って女性に襲いかかった……はずだった……
――――
「あれ?」
私は地面に尻餅をついていた。さっきまで誰かと話しをしていたような気がするけど思い出せない。
「う~ん?」
首をひねってみても思い出せないものは思い出せない。これだけ思い出せないということはきっと私の勘違いなのだろう。
「って、こんなことしてる場合じゃない!」
一刻も早くここから立ち去らないといけないのだ。
私は急いで立ち上がる。――と、道の向こうからこっちに向かって突っ込んでくる車が見えた。その車は私を轢き殺すんじゃないかってくらい急接近して停止した。
私は驚いて再び地面に尻餅をついた。
「ちょっと! 危ないじゃない!! ――って……あなた……」
停止した車の後部座席から降りてきたのはショートツインの転校生だった。
「見つけたー」
そう言って、私に顔を近づけ犬みたいにスンスンと鼻を鳴らす。
「ちょっ……と」
人の匂いを嗅ぐなんてものすごく失礼だ。
「うん。やっぱり同じ匂いだー。でも、ちょっとだけ血の臭いもするー」
――うっ!?
私の手は今、乾いてはいるけれど赤く染まっている。すると今度は、運転席からアブなそうな黄色いレンズのメガネを掛けた男の人が降りてくる。
「え? な、なに……?」
一体全体何が起きてるのか、わけがわからない。
「悪いね。こっちも仕事なんで」
男の人がポケットから何かを取り出した。
「ごめんねー。お仕事だからー」
それが私の首筋に押し当てられると、そのまま私は意識を失った。




