第4話 14days ~ the first week
勇を救う方法で一番簡単なのはカムライ教をなくしてしまうこと。その考えは今年の4月にカムライ教の教祖を襲撃した時から変わっていない。しかし、オレの集めた情報によれば、あのとき亡き者にしようとした教祖はすでにこの世を去っているらしい。だが教祖がいなくなってもカムライ教は続いている。
そんなの当たり前だった。教祖なんて代わりを立てさえすればどうにでもなる。つまりオレの襲撃が成功していたとしてもカムライ教を潰すことはできなかったってわけだ。
だからオレは考え方を変えた。変えざるを得なかった。
直接カムライ教を潰せないのなら、間接的に潰すという方法を取ることにした。
で、その方法ってのはカムライ教にいると不幸なことが起きるってな具合で信者たちを怯えさせ、勇に自らの意志でカムライ教をやめてもらうって寸法だ。それでも勇が自分の意志でやめなかったとしても、ほかの信者たちがやめていけばカムライ教は自然消滅するんじゃないかって考えた。幸い、今現在のカムライ教は落ち目で、日に日に信者の数を減らしていると聞く。まさにお誂え向きの作戦と言えた。
ではどうやってその不幸を演出するかだが、オレは信者たちに怪我を負わせるという作戦を考えた。「カムライ教の信者たちが次々と怪我に見舞われば、不穏な空気を感じる奴が必ず現れるはずで、「もしかしてカムライ教は呪われてるんじゃないか?」という考えが広まれば、どんどん人が離れていき最終的にカムライ教はなくなるはずだ。
その際オレは怪我をさせる人間を事前に勇の携帯に送りつけることにした。
携帯のメールに送られてくる人が次々と怪我をしているってことに気付いてくれれば、カムライ教が潰れる前に勇はやめてくれると思ったからだ。
オレの作戦は完璧だった――
完璧だと思っていた――
その日が来るまでは――
――9月30日――
最初に選んだのは母ちゃんをたぶらかしてる例の男だった。名前は母ちゃんのスマホを盗み見ればすぐにわかった。甲斐夏男――それが男の名だった。
オレはやると決めた――
これは勇と母ちゃんを救うためだ――
そう、すべては大切な人を救うためだ……
そうやって自分に言い聞かせて、オレはその男がひとりでいるところを狙って襲いかかった。ほんのちょっと怪我をさせるつもりだった。
なのに――
「やっちまった……殺しちまったよ!? オレっ!?」
ほんの少しナイフで切りつけるつもりだったけど、勢いがつきすぎて根本までブッ刺さった。
殺すつもりなんてなかったオレは、当然この後の算段など考えていない。できることといえば、一刻も早くその場を逃げ出すことだけだった……
頭の中は人を殺してしまったことに対する焦りでいっぱいだった。でも同時にこうも思っていた。
――いい気味だ。これは母ちゃんをたぶらかしたバツだって……ざまあみろって……だからオレは悪くないんだって……
――10月1日――
警察に捕まるかもしれない――そんな思いでいっぱいだった。でも、勇を救い出す前に警察に捕まることは絶対にあってはならない。勇がカムライ教をやめたらその時警察に自首すればいい。ごめんなさいって謝ればいい。
登校中。偶然一緒になった友人に殺人事件の話題を振られ心臓が飛び出るかと思った。今朝のニュースではまだ何も報道されてなかったはずなのに。訊けば、そいつは上納市に知り合いがいるらしく、朝一でメールが入ってきたとのことだった。オレは内心バレるんじゃないかとヒヤヒヤしながら話を合わせた。
それ以降、相手からその話題を振られるたびに動揺してたんじゃこっちの身がもたないと思って率先してこっちから話題を振っていった。この作戦が案外うまくいってオレは半日を乗り切った。
昼間は勇を誘って事件現場に足を運んだ。正直に言えば行きたくなかった。犯人は現場に戻ってくるっていう言葉はオレでも知ってる。つまり現場に足を運ぶことはオレ自身の立場が危うくなるってことだから。
だが、ここでオレがこの事件に興味を抱かなかったら勇は絶対不審がると思った。オレは勇の前では結構なミーハーっぷりを発揮しているのを自覚してる。そんなオレが殺人事件に興味を示さないなんてあり得ないだろ?
――10月2日――
甲斐夏男が死んだという報道がなされると母ちゃんは目に見えて動揺していた。
母ちゃんはその日を最後にスナックの仕事を辞めるって言い出した。それを聞いた父ちゃんはどこか安心した笑顔を浮かべていた。
オレだよ。オレが母ちゃんを救ってやたんだぜ――って自慢したい気持ちをグッと堪える。そんな事をしたらオレが殺人犯だって一発でバレちまうから。オレの仕事はまだ終わってない。勇を救い出すまでは警察に捕まるわけにはいかない。
ただこの時だけはオレは家族を取り戻すことができたこと嬉しさに浸っていた。
――10月3日――
次に選んだのは8月に百貨店のスーパーにいた菅瑠実音って女の人にした。そこ大した理由なんてない。ただ単純にカムライ教の信者で名前と顔がわかっている人間だったからだ。
夜遅く、スーパーの社員用の出入り口からそいつが出てくるのを待った。そしてそいつが駐車場に停めてある車に乗り込む瞬間に用意しておいたレンガで思いっきり頭を殴って気絶させた。
後頭部を殴られた菅瑠実音は車にしなだれかかるようになってズルズルと滑るようにして地面に倒れた。
この前はナイフを使ったせいで誤って殺してしまったから、その反省を生かしてレンガを使った。これなら絶対死ぬことはない――と、そう思ってたんだが、世の中そううまくはいかないものだ……
翌朝のニュースで彼女が死んでいたことが報道された。ほかの誰でもないオレのせいだ。
恐怖とか罪悪感とかそういうのはなかった。まるで他人事のように「ふーん」って、ニュースを見ながら朝飯を食った。
なんで冷静でいられるのか自分でもよくわかってない。でも多分それはオレは悪くないからだ。
――10月4日――
数日ぶりにアイさんとチャット。要件は以前送った動画の感想だった。
【アイ】こないだ送ってくれた動画見たよ。凄くよくできてた。絶対アップした方がいいよ。なんならワタシ宣伝してもいいよ?
【It's me】いいよしなくて。そういうのって見つかったら自演とか言われて炎上すんだぜ?
【アイ】バレなきゃ問題ないと思うけどね。にしてもさ、よくイジメなんて重いテーマ選んだね。
【It's me】ただなんとなくだよ。
――決してイジメをテーマにしようと思って動画を撮ったわけじゃない。あのときたまたま磯山がイジメを受けてるところに出くわしただけだ。それでムシャクシャして撮影しただけ。言うなれば単なる偶然。
【アイ】でもね、アタシはキミとはちょっと意見が違うかな。
【It's me】ん?
【アイ】アタシの考えるイジメの解決法は、『子どもの頃から《《やられたらやり返す》》』ってことを徹底的に教え込むってことかな。
【It's me】何だよそれ。オレの意見と対して変わらなくね?
【アイ】似て非なるものだよ。イジメってのは誰かが一方的にやられるからイジメになるわけで、やり返したらそれはイジメじゃなくて『ケンカ』になる。
周りの人間からしたらイジメってのは止めに入るのはかなり勇気がいる。止めに入ったら矛先が自分に向く可能性があるからからね。
だけど、ケンカの場合はもしかすると止めに入ってくれる人がいるかもしれない。少なくともイジメよりも可能性は高くなるはず。
それから、先生にも報告しやすくなるっていう利点もある。イジメだと密告したことがバレたらどうなるかわからないという恐怖が生まれるけど、ケンカなら報告しやすくなるよね。
んで、先生側も気が楽なはず。
A君がイジメにあってると聞かされるよりも、A君とB君がケンカしていると言われる方が解決に乗り出しやすくなる。
要はケンカにしてしまうことで他人を介入させやすい状況を作ろうってなわけ。
それに、雨降って地固まるということわざもあるから、もしかするとケンカした2人の間に友情が芽生えるかもしれないし。そもそもやったらやり返されることが念頭にあれば、相手に手を出そうと考えること自体なくなるかもしれないでしょ?
【It's me】なるほどね。なんかアイさんの意見がすげぇ正しく思える。撮り直したほうがいいかな?
【アイ】違う違う。これはこれでいいの。重要なのはキミの考えだよ。
【It's me】そっか。
【アイ】そう言えば話変わるけど。キミの住んでる場所で妙な事件起きてるらしいね。
――うっ!?
思わず文字を打つ手が止まる。
妙な事件で思い当たるのはオレが起こしたあれのことだ。殺人事件のことは全国ニュースになっているから、アイさんがそのことを知っているのも当然だ。
――けどどうしてアイさんはオレの住んでる場所がわかったんだ? オレは自分の住んでいる場所を彼女に話した覚えはないぞ。
【アイ】やだなぁ。キミ、動画で地元のお菓子のレビューするやつ上げてたでしょ? 忘れたの?
――そいやそうだった。
以前、商品紹介系の動画ブームみたいなのが起こったときオレも真似したんだった。そのときオレが紹介したのは地元のお菓子で、動画内でもハッキリそのことを明言してる。つまり動画を見た奴らにはオレの住んでる場所がバレてるってわけだ。
――そう思うとなんか怖えぇな。
何が切っ掛けで自分が特定されるかわかったもんじゃない。それをアイさんとのチャットで理解した。もしかすると、オレが事件の犯人だと特定されてしまうかもしれない。
警察の捜査がオレに及ばなくても、一般の人間が特定に乗り出すってことも考えられる。こういう時に限ってネットの奴らは正義を振りかざしてくるからな。けどオレは証拠らしい証拠は残さないようにしているつもりだ。例えば勇に送ってる予言のメールだって送り終えたらすぐにアカウントは消してるし、
「……いや、待てよ?」
オレはあることに気がついた。もしも勇がメールの送り主の特定に乗り出したらどうなる?
オレは家から勇にメールを送ってるから、勇がメールを受信した時に近くにいることはできない。
「これはまずいぞ!? オレが疑われたら言い訳できないじゃないか!?」
それからオレは必死で策を練った。そしてたどり着いたのが、メールの時間指定送信って機能だった。これを利用してオレはオレが学校にいる時に勇にメールが届くように設定した。これで、仮にオレが疑われそうになっても学校にいたってことが証明できれば、少なくとも勇から疑われることはないだろう。今後はこの機能を活用してメールを送ることにした。
その後、アイさんとのチャットを終えたオレは例の動画をネットにアップすることにした。
――10月5日――
ハッキリ言って意味不明だった。勇の携帯に送られてきたメールに戸浪の名前があった。オレは戸浪のメールを勇に送った覚えなんてない。偽物だ。
――まさかオレに戸浪を襲ってほしいっていうメッセージなのか?
たしかに戸浪はムカつく奴だよ、あの件のこともあるしな。だがあいつはカムライ教に関係ない。そんな無関係な人間を襲うのはリスク以外の何物でもない。
そして気になったのが、偽メールの件名に『divination of the spirit』と書かれていたことだ。その言葉はカムライ教に通う勇ですら知らなかった言葉なのに、なんでオレの偽物がその言葉を知っているのか疑問だった。
…………
次のターゲットは彼女に決めた。理由はオレの知ってるカムライ教の信者で次に思いついたのがその人だったから。このままカムライ教の信者に怪我をさせていくとなると。カムライ教の人間を特定する作業が必要になることに今更ながら気付いた。オレは早くも弾切れに追い込まれていた。
あの人の働いている場所はわかっていた。なにせ名刺をもらってるから。影に身を潜めながら早朝の歓楽街を探索した。すると、意外とあっさり彼女を見つけることができた。彼女が働いてる店じゃないところで壁に背中を預け左手でスマホをいじっていた。
「マジかよ……」
彼女の右手にはタバコ。それを見て嫌な気分になる。オレはタバコに対して嫌悪感を抱いている。完全な偏見だが、特に女性のタバコってのは許せなかった。
スナックで働いてた母ちゃんでさえタバコには手を出さなかったてのに……
「見てくれはめっちゃオレ好みなのにな。残念だよ」
そんなことを言ってる間に、彼女は顔を上げてタバコを地面に落としてヒールで踏みつけ、どこかに向かって歩き出す。
「クソ女かよ!?」
小さく悪態つく。カムライ教、タバコに加えてポイ捨ての3コンボ達成だ。
――あぁ、こりゃもうダメだね。
オレは彼女を一瞬でもいい女だと思ったオレ自身を恥じた。そしてスマホをいじりながら歩く彼女の背後に近づいていく。
彼女の着ている背中の大きく開いた服は、まるでここを狙ってくださいと言っているような気さえした。そしてそのとおり大きく開いた地肌の部分めがけてナイフを突き立てた。
「ふあっ!!」
彼女は妙に艶っぽい声を出して、ゆっくりとこちらを振り向く。オレを見たその目が大きく見開かれた。
見られた! ――って思ったら反射的に2撃目を加えていた。オレのナイフが彼女の心臓のあたりを深々と突き刺していた。
肉にナイフが刺さっていく感触。オレにしなだれかかる彼女。香水のニオイに混じって血のニオイが鼻を刺す。前腕部に感じる生暖かい液体と柔らかな胸の感触。
「うぅ……」
呻いたのはオレ。トラウマになりそうなレベルだった。
腕を引けば彼女はドサリと地面に伏す。彼女の体から湧き出る血がアスファルトを侵食していく……
それを見て急に頭痛が襲ってきた。脳に針を刺されてるようなその痛みはしばらく続いた。その間オレは一歩もその場を動くことができなかった。
時間にしておよそ一分ほどでそれは治まった。するとなぜか心が清々しい気分になっていた。そして、無性に勇に会いたくなった……
――今日の昼一緒に飯でも行こうかな。
「……帰ろ」
だったら急いで帰らないと間に合わない。オレは全速力で家に帰った。
――10月6日――
先日アップした動画の再生数がものすごいことになって、オレがアップロードした動画の中でもトップクラスの再生数となった。一方でコメント欄は荒れに荒れまくって、コメント欄で言い争いみたいなことが起きてた。
それを見てオレはコイツらはなんて暇なんだろう……って思った。




