第3話 歪む世界 後編
8月も終わりを向かえた頃。夏の暑さはまだ顕在で、今日も今日とて勇はカムライ教へと足を運ぶ。
なんだろう――
今年の7月あたりから勇がカムライ教に行く頻度が明らかに増えていた。そして、昔よりも嬉しそうにしていた。
暇を持て余したオレは学校が終わってから直接上納市にあるゲーセンに足を運んだ。その帰りのことだった。男の人に絡まれてる女の人を見かけた。女の人が腕をつかまれそれを必死で振り払おうとしていた。相手の男がちょっと怖そうな体格のいい人だったから警察に連絡しようかとも思った。でも一瞬でその考えは捨てた。
絡まれている女の人がオレ好みの胸が大きくてキレイなお姉さんだったからだ。ここで彼女を助けたらお近づきに慣れるかもなんて思っちまった。
オレもたいがい男だよな――
なんて思いながら争う2人に近づいていく。
正直言ってオレは勇のように正義感の強い人間じゃない。困ってる人が知り合いでもない限り見て見ぬふりをするような、そういう人間だ……
内心ドキドキだがビビっている態度は表に出さずに2人に声をかけた。
「その女の人嫌がってるから止めろよ」
人を助ける時の常套句を口にする。だが男は引き下がろうとしない。まあ、そんな事は最初からわかってた。だから――
「あ! あんなところに全裸で歩いてる女の人が!?」
オレは叫びながら明後日の方向を指差した。するとバカな男がそれにつられてどこだどこだと必死に捜し始める。男が女性から手を離した隙にオレは女性と一緒にその場から逃げた。
――――
「ここまでくればきっと大丈夫っスよ」
「ええ、そうね。ありがとう」
お姉さんが膝に手をついて呼吸を整えながらお礼を言う。そして優しく微笑んでくれた。
その笑顔にドギマギしてまともな受け答えができないでいると、“それ”がオレの目に飛び込んできた。前かがみの姿勢になったことでその胸元が見えていたのだ。
「あっ! もぅ! どこ見てるの?」
オレのことからかうような素振りで言って胸元を隠した。
確かに見てた……言い訳はしない。
だけどオレが気になったのは胸よりもその首に下げられていたお守りの存在だった。そのお守りがちょうど胸のところにあったから。しかもそのお守りには見覚えがあった。
カムライ教だ――
「そうだ! 今は忙しいから無理だけど、今度お礼するね!」
お礼と聞いて思わず変な想像をしそうになって思わず頭を左右に振った。
「いえ、大丈夫ですから!」
「そう言わずにさ」
彼女はオレに無理やり名刺を押し付けてくる。そこには彼女が働いてる店と彼女の名前が書かれていた。
鳩場詩愛……それは源氏名ではなく本名だった。
「あ、でもお店には来ちゃダメだからね! お店以外のとこでならたっぷりサービスしたげるから!」
顔がカッと熱くなる。
「はは。照れちゃって可愛い!」
遊ばれてるってことは百も承知だ。そうとわかっていても羞恥の熱を止められなかったオレは逃げるようにしてその場を後にした。
――――
「美人だった……」
鳩場詩愛さんを思い出しながら呟く。でも、あの人はカムライ教の信者だ。
――またカムライ教か。
スーパーのおばちゃんといい、山登のときといい、ここ最近になってやたらとオレに絡んでくる。
「オレになんか恨みでもあんのか?」
誰に言うでもなく疑問を口にすると、
「ああ、あるね!」
「え?」
突然聞こえてきた肯定の言葉に思わず振り返ると、そこにいたのはさっき鳩場さんに絡んでた男だった。
「あのさー。ひどいよ君。もう少しで詩愛ちゃんをモノにできたってのにさ!」
「あ、いや……」
モノにできる? どの口が言うんだって思ったけど、男に圧倒されてそれを口にはできなかった。
「ってなわけで責任取れや、なあっ!?」
次の瞬間。オレは腹に思いっきり男の拳を食らっていた。息が詰まるほどの衝撃にオレは地面に膝を付きそうになるが、すんでのところで男がオレの体を支えた。そしてそのまま人気のないところへ連れて行かれ、そこでさっきの続きが始まった。
男はオレをサンドバッグのように扱った。しかも狡猾なことに男は顔を始めとした怪我を負えばひと目でわかる場所には一切攻撃してこなかった。
何発目かの拳が腹に入った時オレは意識を手放した。
――――
次に気がついた時、空は茜色に染まっていた。そして地面に横たわるオレの目の前にはオレを殴ってた奴とは別の人間が立っていた。
中性的な顔立ちの人。胸の膨らみは乏しく外見では男女の区別はつかない。けど、その所作やつけてる香水の匂いからなんとなく女性かなって思った。
「あ、気がついた!?」
「あ、ああ……」
とはいえ意識はまだ判然としない。
「こっぴどくやられたみたいだね」
「見てたのか?」
「途中からね。でもその時キミはもう気を失ってたから。助けたとは言えないかもね」
そう言うけど、この人が来てくれたことで大事には至らなかったことは事実だ。
「一応礼を言っとく。助かったよ」
オレは節々が痛む体を無理やり起こして立ち上がった。その瞬間頭痛が襲う。
「ぐぅ……!?」
かき氷を一気食いしたときのような、脳を針で刺されてるみたいな痛みに思わず額を抑える。
「大丈夫?」
女性は嫌なくらい冷静にオレに訊ねてきた。
「なんでもないよ」
ほんとはなんでもあった。ただオレは一刻も早く家に帰りたい一心でこめかみの辺りを抑えながら歩いた。
……………………
…………
9月を迎えた――
カムライ教をどうにかする方法は一向に思いつかない。勇は相変わらずカムライ教に出向いていて、母ちゃんは相変わらず外で他の男と会っている。
オレは自分の無力さってやつを実感しながら、次の動画のネタ探しをしていた。もちろんカムライ教をどうにかする方法も忘れない。
「ディビネイションオブザスピリット……」
不意に頭に浮かんだ言葉を口に出していた。以前登山で一緒になった米座って人が言っていた言葉だ。試しに検索をかけてみるもそのような言葉は存在しなかった。しかもカムライ教のカの字も検索にかからなかった。
「なんでだ? カムライ教とは関係ない言葉なのか?」
気になってより詳しく調べていくとディビネイションオブザスピリットは『divination of the spirit』と表記することがわかった。『divination』が予言って意味で『the spirit』が神って意味になるらしい。つまりこの言葉は“神の予言”ってことになる。幼い頃、カムライ教のホールに言った時のことを思い出す。
「杏奈の予言……」
その時、パソコンがメッセージを受け取ったことを知らせる音を鳴らした。それはアイさんからのチャットルームへの誘いだった。
アイさんはオレが投稿した動画に初めてコメントをくれた人だ。最初はここをこうしたほうがいいとか、もっとこうしろだとかお節介な奴だなんて思ってたけど、試しにこの人のアドバイスに従ってみるとほんとに動画の再生数が伸びた。それまで二桁三桁しかなかった再生数も今では千を超えることもザラで。万超えの動画だってある。それで、オレはアイさんに指示を仰ぐようになり、こうやって2人でチャットするまでの仲になった。
オレは調べ物を切りのいいとこでとめてアイさんに返信した。
――――
【アイ】今いる?
【It's me】いるけど、なんか用事?
【アイ】おー、いたいた。最近動画の更新が止まってるけどどうなってんのかなって思ってさ。
確かに最近はモチベが上がらなくて動画は一切投稿してなかった。正直今はそれどころじゃなかったけど、ふと今年の夏に撮影したあの動画のことを思い出した。
【It's me】実は、お蔵入りにしてるやつがあるんだが、それ送るから見てみてよ。
【アイ】マジ!? 楽しみ楽しみ!!
【It's me】またアドバイスよろしく。
【アイ】おk!
オレはハードディスクに眠らせていた例の動画を転送する。こうしてチャットしてると、アイさんってどんな人なんだろうなって思う。女だって話だが、会ったことがないからそれもほんとかどうかわからない。むしろ女のフリしてる男の気がしないでもない。以前、文字打つの面倒くせぇからチャットにしようと誘ったことがあるが断られたことがあったし。その理由は、自分が男だってバレるから……とか思ってね。
でも女だったら……?
しばらく、気持ち悪い想像に耽る。そして我に返る……
「なに考えてんだオレ……マジきめぇ」
軽く自己嫌悪。
【アイ】ところでさ、反応遅かったけど今なんかしてた?
【It's me】ちょっと調べ物をね。
【アイ】なに調べてたの?
別に彼女にそれを話す理由はなかった。だけど、動画のデータはチャットアプリを介して転送しているため、それが終わるまで無言でいるのもなんか違う気がした。
【アイ】返事がない。トイレか?
【アイ】お~い?
【アイ】わかんないことがあればワタシ教えるけど?
書き込みがないことでアイさんがメッセージを連投していた。迷った挙げ句アイさんに予言についてどう思ってるのか訊いてみた。
【It's me】ねぇ、アイさん。予言って信じるか?
【アイ】ずいぶん唐突だね。でもまぁ半分信じてもいいかな?
半分信じてもいい? ……かなり曖昧な答えが返ってきた。
【アイ】例えばさ、「今日あなたは犬に殺されます」て予言されたら普通はその日一日は絶対に犬に近づかないよね? で、何事もなく一日を終えて「やったー。アタシは生きてるぞ! 予言はハズれたぞ!」ってなるけど、ホントにそうかな? だって、犬に近づいてもなにも起きなかったかもしれないんだから。その場合予言はハズレたことになるんだけど、死んでいたかもしれないわけだから、それはどうやっても証明できない
【It's me】だから予言なんて当てにならないってことか?
【アイ】ううん。そうじゃないよ。今のは信じない理由の半分
【It's me】信じてもいい理由もある?
【アイ】うん。キミはアカシックレコードって知ってる?
【It's me】アカシックレコード? 何だそれ?
【アイ】アカシックレコードっていうのはね。簡単に言うとこの世が誕生したころからのすべての記憶や記録が収められている空間のことだよ。もっと簡単に言うと、巨大な図書館みたいなもの。そこに行けばわからないことは何もないくらい知識がいっぱい収められてる。
【It's me】そんなのあるわけねぇじゃん
【アイ】うん。ほとんどの人は想像上のものだと思ってる。けどね、あるんだよ。ううん、正確にはそれはヒトの手によって生み出された。
――え? 人が作った? 町に図書館建てるとかそういうレベルの話じゃないんだ。そんなものどうやって作れるんだ?
【アイ】どうやって作ったか気になってるでしょ?
【It's me】うん。
【アイ】キミも使ったことあるよ。というか今も使ってる
今使っているもの?
オレが今使ってるのはパソコン。それからチャットルーム。まさかパソコンがアカシックレコード? んなバカな……
【アイ】ネットだよ
【It's me】ネット?
【アイ】そう、インターネット。そこには膨大な量の情報があって、今も常に新しい情報が加えられ続けている。現在の情報だけじゃない。新たに判明した過去の出来事も常に更新されていく。それは正にアカシックレコードと呼ぶに相応しい。
たしかに……そう言われるとそんな気がしなくもない。けど、それがどうして予言を信じる理由になるのかわかんなかった。
【It's me】たくさんの情報があるとそれが予言を信じられる理由になるのか?
【アイ】うん。例えば、天気予報っていうのは過去の事例を参照して未来の天気を予測してるの。信じられないかもしれないけど昔の天気予報は大して当たらなかったんだよ。でもね、最近の天気予報はほとんど当たる。単純にコンピューターの性能が上がってるっていうのもあるけど、それ以上に過去のデータがたくさん集まってるからね。
【It's me】言いたいことはわかるけど、ネットって嘘の情報もたくさんあるんだぜ? そんな情報あてになるのか?
【アイ】う~ん? キミが考えてることちょっと違うかも。えっと、この国ではBP社の検索エンジンが一番多く使われてるんだけど、そこで検索された言葉っていうのは常にサーバーに蓄積されていってるの。だから毎年検索ワードランキングとかやってるでしょ?
で、重要なのはこのデータを利用すると何ができるかってこと。検索された回数の多いワードが判れば、世の中の人は今何に興味があって、どういうことが知りたいのかがわかるでしょ? それを利用すればトレンドを予測できる。もっと言えば、トレンドを作り出して民衆ををそっちへ誘導することもできる。
例えば洋服を検索するとき一緒にどんな色が一番多くand検索されてるのか調べた結果『赤』だったとする。それを知った人が、今から赤い服が流行るって言えば当然その『予言』は当たるよね? だって、赤い服を欲しがってる人がたくさんいるんだから。
しかもこれの最も優れている点は、検索は能動的に行われるということ。みんな自分の調べたいことしか検索しない。わざわざ興味のないことを調べる人なんていないからね。だからそれはノイズが少ない信頼できるデータになるってわけ。
【It's me】なるほどね。
【アイ】だから信じてもいいって言ったのはそういう理由。でもまあ、今のは予言というより予測だけどね。
【It's me】思ったんだけどさ。つまりビューティープロテクトの社員は予言ができるかもしれないってことか?
【アイ】だね。あるいは……会社のサーバーをハッキングするとかね!
【It's me】はは。無理に決まってんじゃん
【アイ】ですよねー
オレの何気ない質問から話が大いに盛り上がっていた。動画の転送もとうに終わっていて、それに気づいたオレは、調べ物の続きをするからと説明して、チャットルームを閉じた。
「にしても予言か……」
勇の話によればカムライ教の予言てのは結構な確率で当たるらしい。今のアイさんの話を合わせて考えると、杏奈ってやつは自分の言ったとおりになるように信者たちを煽動してたってことか……?
そして勇もまたそのひとりか。これは使えるかもしれない。




