第1話 歪む世界 前編
オレと勇は親友だ。どれくらい仲がいいかって言うと、互いを下の名前で呼び合うくらいには仲がいい。ほかにも友だちと呼べる奴らはたくさんいるが、なかでも勇は特別だ。
オレと勇が初めて出会ったのは小学校に入学したときだ。たまたま同じクラスになった。そん時から勇は物静かでオレとは正反対だった。普通に考えれば今後の人生においてオレと勇が深く関わることはないはずだった。しかしオレは勇のある部分に惹かれた。
それは勇は見た目の印象と違って『正義の人』だったことだ。
決して自分の意見を率先して主張するような人間ではなかったが、間違っていることに対しては間違っていると、ダメなことはダメだとハッキリ言える奴だった。その姿がオレの目には単純にカッコよく映った。すげぇと思った。アニメとか漫画に出てくる主人公みたいに揺るがぬ信念を持っていた。そんな勇にオレが興味を抱くことは必然だった。
オレは勇の男気に惚れ込んだその日に声をかけた。
だが、勇と一緒に遊ぶようになって気づかされたことがあった。それは勇の正義は主に学校内でしか発揮されることはなかったということだ。けどそれを卑怯だとか偽善だとか思わなかった。だって、クラスメイトの連中のほとんどは狭いコミュニティの中でさえ正義を貫けない人間ばかりだ。そんな中、勇だけがそれをやっているのは紛うことなき事実で、それはやっぱり凄いことだ。
――――
勇と友だちになってから2ヶ月くらいたったある日、勇に遊びの誘いを断られたことがあった。何かあるのかって訊いたら、「お母さんと一緒にカムライ教へ行く」って言われた。
カムライ教――上ノ木町に住んでる人間でそれを知らない奴はいないくらい有名な宗教の名前だ。
勇がオレと遊ぶことよりカムライ教を選んだことがすげぇショックだった。友だちを取られたって思った。けどそのときのオレは勇の後にこっそり着いて行って、驚かしてやろうと考えた。
当時のオレは身も心も頭の中もガキだった。だから宗教ってものをよく理解してなかった。そこは、部外者が興味本位で門戸を叩いてはいけない場所だったのだ。
カムライ教のホールは異様な空気が渦巻く空間だった。人がごった返して勇を見つけるどころではなかった。ガキのナリでは人の合間を縫うこともできずホールの隅へと追いやられた。そして始まる杏奈と名乗る女のわけわかんねぇ話。それから、予言……
ガキの時分のオレにトラウマを植え付けるには十分すぎる体験だった。
すべての話が終わって、ホールにいた人間たちが外へ出ていく。その流れに逆らえずオレも外へ吐き出された。
結局、帰り道でも勇と会うことはなかった。オレは2度とこの場所にはこないと自分の心に固く誓った。
…………
オレが宗教ってものをちゃんと理解し始めたのは小学校の中学年くらいの頃だ。その当時のテレビのニュースが宗教関連の話題一色だったからっだ。違う宗教どうしの小競り合いだとか、勝手に道路を占拠する謎の集団とか、挙げ句毒ガステロなんてのもあった。
学校ではなんとかって宗教の教祖を崇める歌が流行って、それを面白がってみんなで歌って先生に注意されることもあった。そんな日常の中で、オレの中の宗教に対するイメージってのは完全に『悪』で固定化された。その中には当然カムライ教も含まれる。
そんな悪の巣窟に出入りしてる勇はきっと洗脳されてるんだと思った。だからなんとかして勇にカムライ教をやめさせようと思った。ただ、直接勇に「カムライ教をやめろ」と言ったところでやめるわけがない。しかも、そんなことをしたら絶対にオレが嫌われちまう。それじゃ本末転倒だ。
だから考えた――
オレはどうすべきなのか、どうすることが最善なのかを……
しかしながらガキの頃の考えなんてのは大人になるに連れ薄れていくもんだ。オレもご多分に漏れずそうなっていった。いつしか勇を救いたいなんて思っていたことは忘れて、カムライ教のことなんてどうでもよくなっていた。
あの出来事が起こるまでは……
……………………
…………
オレの母ちゃんは水商売をしていた。そのことに対して父ちゃんは特に何も言わなかったし、オレも別になんとも思ってなかった。そんな母ちゃんが、ある時知り合いにもらったとかで『神来』って書いてあるお守りをもって返ってきた。
それはカムライ教で貰えるお守りだった。そのことを知っていた理由は昔勇に見せてもらったことがあったからだ。
そして母ちゃんは言った。「杏奈さんの予言当たるのよね」って。実際に本人の予言を聞いたわけじゃなくて又聞きの情報だったらしいけど、そう語る母ちゃんの顔はどこかうっとりとしていた。
「なあ、変な宗教にハマったりしないでくれよ」
「ん? あぁ、ダイジョブダイジョブ」
オレの言葉に母ちゃんは笑いながらそう答えたが、全然大丈夫じゃなかった。
母ちゃんはカムライ教に足を運ぶことはなかったが、働いてるスナックに来るお客さんから杏奈とかいう奴の予言の話を聞いてきては、自慢気に父ちゃんやオレの前で語るようになった。父ちゃんもオレも気分はよくなかった。
お客さんから聞いた話なら自分の心の裡にとどめておけばいいだけなのになぜか話したがる母ちゃん。それはまるでオレや父ちゃんをそっちの世界に誘おうとしているように感じた。
そこでオレはなんとかして母ちゃんの目を覚まさせなきゃって思った。
ある日の夜、母ちゃんをたぶらかしてる客がどんな奴か見てやろうと思って、こっそり母ちゃんが働いているスナックに行ってみることにした。できればそいつと直接話をしてカムライ教の話はやめろと言うつもりでいた。
夜の歓楽街。本来なら未成年の立ち入りは禁じられているその場所に足を踏み入れた。初めてくる夜の街は一言で言えば眩しかった。輝いて見えたとかそういう意味じゃなくて、本当に目がチカチカしてただ眩しい場所だった。
巡回している警官の目を掻い潜りオレは母ちゃんの働いてるスナックバーに向かい窓の外からこっそり中を窺った。カウンター越しに客と談笑する母ちゃん。客は男だけじゃなく女もいるみたいだった。店を覗いていて思った。誰が母ちゃんをたぶらかしてる奴かわからないってことに……
店の中の会話は当然外まで聞こえてこない。でも喋ってる内容がわからなければ判断のしようがない。
「はあ……オレはアホだ」
母ちゃんを守りたい一心で何も考えずに行動した結果がこれだ……
ここでこうしていても仕方がないので帰ろうとした。――が、その時ひとりの男がスナック内に入っていった。毒のない温和な感じの男だった。その人が店の中に入ってきた瞬間母ちゃんの目の色が変わった。他の客そっちのけで男とカウンター越しに会話に興じる。まぁ、母ちゃん以外にも接客がいるみたいなので問題ないんだろうが、その態度をみてオレは自分の心がザワつくのを感じた。
そして決定的な瞬間を目の当たりにした。母ちゃんが例のお守り取り出してその客に向かって掲げて見せたのだ。すると男の方ももっていたカバンからお守りを取り出して見せびらかすように左右に揺らす。そして笑い合う2人。
2人は通じ合ってますみたいな空気を醸し出す。それはまるでお互いが持つペアアクセサリを確かめ合う勘合符カップルのようだった。
――なんだよあれ……マジでキメェ……
それがオレの素直な感想だった。少なくとも子持ちの親がすることじゃないだろ。
気がつけば……帰ろうとしていたことも忘れてオレは店の中を覗き込むことに集中していた。
……かれこれ10分ほど経って。仕事が終わりを迎えたのか母ちゃんが店の奥に引っ込んだ。それと同じタイミングでさっきの男も店を出た。
「やっべ!」
母ちゃんが家に帰ったらオレが家にいないことがバレてしまう。しかも母ちゃんはタクシーで家に帰る。それに対してオレは自転車だ。どうやってもスピードで勝ち目はない。絶体絶命ってやつだった。
急いで帰らないといけないとと思ったのだが店の前にから男の話し声が聞こえてきた。その男ってのはさっき見せを出た男で、オレはその男が誰と話しているのか無性に気になった。
店の陰から顔を覗かせるようにして入口を見た。すると男はひとりだった。男は携帯で誰かと話してるだけだった。
好奇心を満たしたオレは当初の目的どおり家に帰ろうとした。だが次の男の言葉でオレの興味が再燃した。
「ええ。……大丈夫です。実験は順調ですよ」
――実験?
唐突に発せられた実験という言葉でオレはある考えに思い至った。
――もしかしてカムライ教は怪しい実験をしている!? そして、母ちゃんや勇がその実験台にされているってことなんじゃないだろうか?
そう考えれば納得行くことある。宗教にまったく興味のなかった母ちゃんが急に杏奈の予言がとか言い出した理由はまさにそれだったんだ。
オレは体の奥底から怒りが湧き上がってくるのを感じた。このまま飛び出していって男を問い詰めてやろうと思った。しかし、
「あ……!?」
母ちゃんが店の入口に現れたのを見てオレは慌てて店の陰に引っ込んだ。裏口から出てきてわざわざお客さんの見送りか……なんて思ってたら。2人はなぜか一緒に歩きだした。
「……は?」
母ちゃんはタクシーに乗る気配はない。まだ帰らないってことか。もしかしてあの男に家まで送ってもらうのかもしれない。
「――なわけねぇよ!」
思わずセルフツッコミ。あの男は店で結構な量の酒を飲んでたんだから車なんか運転できるわけない。
じゃあどこへ行こうってんだ?
オレは好奇心に突き動かされるようにして2人の後を追った。……そして後悔した。
2人は歓楽街のメインストリート沿いにあるホテルに入っていった。そこがどういう場所かしらないほどオレは初心じゃない。オレは知ってはいけないことを知ってしまったのだ。
オレは呆然とホテルの入口を見つめる。
先程の男に対する怒りが再燃する。そして、とうの昔に忘れたはずの、でも確かに心の片隅で燻っていた黒い感情が湧き上がるのを感じた。




