10月14日
翌朝事務所に下りると先に起きていた(徹夜していた?)明里が自分のデスクに座ってパソコンをカタカタとやっていた。結局昨日の夜はどうなったのかと訊ねる、無事ハッキングに成功したそうだそして今そのデータを精査しまとめているとのことだった。
無事ハッキングが成功したことを喜んでいたのも束の間、思わぬ来客があった。
警察だった……
…………
午前9時前。事務所に2人組の警官がやってきた。ひとりは杵島さん。この人とはちょっとした顔見知りで顔を見てすぐにその人だとわかった。そして驚いたのもうひとりの人物が以前歓楽街で会ったあの警官で、その人は早乙女と名乗った。
その姿を目にして、あのときの嫌な出来事ことを思い出してしまう。もちろん早乙女さんには何の罪もないけど、わたしはめちゃくちゃ憂鬱な気分になった。
その2人と話をすることになり、明里は自分の部屋で作業の続きをすると言って自室へと上がっていった。
「で、要件はなんですか?」
ついつい感情が言葉に出てしまいぶっきらぼうな言い方になってしまう。
まさかハッキングの件なんじゃ、という思いも重なって内心気が気じゃなかったけど、杵島さんの口から出た言葉はわたしの予想していないものだった。
「今、上納市内で起きてる連続殺人事件については当然知ってるよな?」
「え? ええ、まあ……で、なんで?」
わたしが疑われてるってことはないんだろうけど、なんで急にそんな話が振られるのかわからなかった。
「実はな、容疑者の一人に事情聴取してたんだが、そいつが楡金探偵事務所に行けばアリバイを証明してくれる人がいるとか言い出してな」
「はぁ……」
ますますわけがわからない。少なくとも知り合いが警察に連れて行かれたなんて話は聞いてない。
「ちなみにそいつの名前が朝倉紗耶子ってんだが――」
「朝倉紗耶子ぉ!?」
まさかの人物の名前にわたしは驚きを隠せなかった。
「ほぅ、やっぱり知ってるのか?」
大体、その人はここ1週間ほど真柄さんの旦那さんと逢引を繰り返していたはずで、殺人事件を起こせる余裕なんてなかったはずだ。
「あ、そういうことか……」
「そういうこと、とは?」
早乙女さんが訝しげな表情でわたしを見る。つまり朝倉さんはわたしに尾行されていたから、わたしがアリバイの証人になると判断したわけだ。
――ん? でもそれって、朝倉さんがわたしの尾行に気づいてたってことにならない? ってことは、こっちの存在に気づいてたのに逢引をやめなかったってこと?
「あの、そういうことって何なんですか?」
「気が散るからちょっと黙って!」
「はっ! はい……」
わたしの棘のある言い方に早乙女さんがシュンとなる。けどそれに構ってる余裕はない。
浮気調査を切り上げるタイミングでこっちに気付いたってことはあるかもしれないが、仮に誰かに尾行されていることに気が付いたとしてもそれがわたしだってわかった理由は何だ?
今のところ思いつく理由はひとつ。それは真柄さんの旦那さん経由で朝倉さんに伝わった可能性だ。
例えば、真柄さんが旦那さんに対して浮気のことを追求していたとして、その際わたしの名前を出した……というのはあり得なくはない。
「そろそろ朝倉紗耶子のアリバイを聞きたいんだが?」
わたしが考え事をしている間ずっと黙っていた杵島さんがしびれを切らしたようだ。本来はちゃんと警察に協力してあげなくちゃいけないし、なにより上納市内で起きている事件ならば積極的に協力してあげたい。
ただし、こちらもプライベートに関わる案件だし、せっかく苦労して調べた情報をタダで渡すのはもったいないと思ってしまう。
なのでここは少し見返りってやつを求めようと思う。何事も等価交換だ。
「話してもいいですけど、条件をつけていですか?」
わたしは人差し指を立てる。
「そいつは条件次第だな」
さすが警察。おいそれと首を立てには振らない。
「無理なことをお願いするつもりはないですよ。ただ、どういう経緯で朝倉さんに容疑がかかったのか教えてもらえないですか?」
杵島さんが「ふむ」とアゴに手を当て唸る。
「ま、それくらいなら構わんだろう。――ただし他言無用だ」
「そんなの言われなくてもわかってますよ。あと、こっちも他言無用ですからね」
「おかってるよ。――じゃ早速、朝倉紗耶子のアリバイを証明してもらおうか」
そう言われ、わたしは朝倉さんの浮気調査をやっていたことを2人に話した。期間は5日、6日の深夜に加え9日の深夜から10日の朝にかけて。その証拠としてデジカメに残っていた写真のデータも見せた。
すると早乙女さんは土曜日の夜の出来事はそういうことだったのかと一人納得し、杵島さんはデジカメの画像を見て浮気相手が副市長であることにかなり驚いていた。
「なるほど。たしか、5人目の被害者である流尾寛平は9日の夜に殺害されています。すると朝倉紗耶子には犯行は不可能ですね」
「そうか……朝倉紗耶子のアリバイが証明されちまったわけか……」
杵島さんが辟易とした態度を見せる。
「じゃ、今度はこっちの番ですよ」
「ん? ああ、そうだったな」
ちゃんと約束したのに、杵島さんは渋々と言った態度で事の経緯を語る。わたしは黙って彼の話に耳を傾ける。
どうやらこの連続殺人事件にはカムライ教が関わっているらしい。公にはされてないけど、これまで殺された被害者は全員カムライ教のお守り身につけていたり持っていたりしたそうだ。
そして、件の朝倉さんはカムライ教の元幹部だったらしく、疑いをかけられる事になったと……
その話を聞いて、わたしはあることを思い出していた。真柄さんがここを初めて訪れたとき、バッグから写真を取り出す際にお守りを落としていた。
――まさかあれって……
「そのお守りって、青紫っぽい色のやつだったりします?」
「ん? そうだが、それがどうかしたのか?」
やっぱりそうだ。つまり真柄さんはカムライ教の信者、あるいは信者だったってことだ。
もしかしてこれって……
そのとき、事務所内に携帯の着信音が響いた。
わたしのじゃない。
杵島さんの携帯だったらしく彼はソファから立ち上がりながら電話に出る。そして少し距離をとったところで話をはじめた。それを早乙女さんが心配そうに見つめる。
「――なんだと!?」
杵島さんがいきなり大声を出して、わたしと早乙女さんが同時に体をビクつかせる。
「どうかしたんですか先輩!?」
早乙女さんが駆け寄ると、杵島さんは深刻な顔で「新たな被害者が出た。しかも……美守茜だ」とうわ言のように言った。
「そんな!? なんで……」
「朝倉紗耶子は現在も署で拘束中だ。彼女が犯人ではないということが改めて証明されたわけだ」
「そうなりますね」
「早乙女、現場に向かうぞ」
「は、はい!」
杵島さんがわたしの方を見る。
「邪魔して悪かったな」
早乙女さんも失礼しますとこちらに向かって頭を下げた。
「どうせ暇でしたから」
とわたしは自虐を返した。
そして彼らは事務所を出ていった。2人がいなくなるとわたしはソファに深く背中を預けた。
「美守茜……か」
上納市に住んでいる人間なら『美守』と聞けば真っ先にビューティープロテクトの社長を思い浮かべるはずだ。
そしてそれは奇しくも、昨晩明里がハッキングを仕掛けた会社だ……
「偶然? それとも……」
――人にとっての偶然は、別の誰かにとっての必然だ――
ふと、そんな言葉が頭に思い浮かぶ。
以前、とある事件で知り合った探偵が口にしていた言葉だ。そう言えば、真理絵ちゃんやねねちゃんと初めて会ったのもそのときだ。
なんの因果か……
「仕方ない。わたしも思うところがあるし、確認だけでもしてみようかな」
そう思いたって、わたしは彼女に会いに行くことにした――




