10月5日
正午過ぎ。テレビでニュースをチェックをする。いつどこでどんなことが役に立つかわからないから、探偵たるもの情報収集は欠かせない……というのもひとつの理由だけど。
ここつい最近市内で起きている殺人事件の続報が知りたかったからだ。これまでに2人が亡くなていて、その2人のうちのひとりが殺された場所はうちの事務所のすぐ近くだ。これで興味を持つなという方が無理な話だ。
「それにしても、物騒な世の中になったよね」
ポツリと感想を漏らす。
「八重様……そのセリフは年寄りくさいかと……」
「う……」
明里からツッコミが入った。的確なだけに反論できない。
適当にチャンネルを変えほかの情報はないかと探していると、来客を知らせるベルが鳴る。
「わたしが出るよ」
明里に言って、扉に向かう。
扉を開けるとそこには花柄をあしらったワンピースに、つばの広い帽子を被った女性が立っていた。年齢は50手前くらいで、白玉のネックレスを身に着けていた。貴婦人という言葉がピッタリくる女性だった。
依頼したいことがあるということで、早速中に招き入れる。先に応接用のソファに座ってもらい、わたしは2人分のお茶を用意し客人のもとに向かう自分とお客さんの前にお茶を置いて、話を聞くことにする。
わたしがソファに座ると相手の女性は「真柄です」と名乗った。なのでこっちも「楡金です」と返す。そして、真柄と名乗った女性はわたしに浮気調査をしてほしいと言ってきた。
浮気調査――
これまで携わってきた仕事の中でも割と多い依頼だ。つまりこっちとしてもそれなりに自身があるってこと。
「浮気調査ですね。えっと、パートナーの方が浮気してるということでいいんですよね? できればどのくらいお付き合いがあるのかも教えてもらっていいですか?」
「はい。相手は私の主人になります。結婚してからもう20年になります」
「ふむふむ。ちなみに様子が変わったのは最近の話ですか?」
「はい。最近になって、急に夜の帰りが遅くなって……以前まではこんなことはなかったんですよ。主人に限ってそんなことはないと思うんですが……なくはないかと思いまして」
「なるほど……」
もちろんこれだけの情報で相手が本当に浮気していると断定できない。ただ、女の勘というものは当たる。長年連れ添った間柄なら特にだ。
「やっていただけますか?」
女性が頬に手を当て小首をかしげる。
「もちろん受けさせていただきます。ただし、まだ相手の方が浮気しているかどうかは確定ではないので、身辺調査からですね」
「それで構いません」
「なら契約成立ですね。今契約書を持ってきます」
こうして、わたしは真柄さんの旦那さんの身辺調査をすることになった。
「ちなみになんですけど、旦那さんの顔がわかるものとかあります? 今持っていなければ後日届けてもらえばいいですよ」
わたしが説明すると、真柄さんはバッグをゴソゴソとやりだす。
そして取り出したのは白い封筒。そのとき、何かがその封筒にくっついてきて、テーブールの上に落ちた。それは青紫色のお守りのように見えたが、真柄さんはそれをそそくさとカバンにしまいこんで、「これです」とわたしに白い封筒を差し出した。
中から出てきたのは1枚の写真。
まさか毎日持ち歩いてるってことはないはずだ。となると随分と用意がいい。そこにはスーツ姿の身なりの整った男性が写っていた。
「あれ? この人どっかで……」
「もしかすると見たことがあるかもしれませんね。うちの主人は上納市の副市長をやっていますので」
なるほど、これでいろいろと合点がいった。この男性に見覚えがあるのも、真柄さんの格好が気品にあふれているのもそういうことだ。そして、ほんとに浮気なんてしてたらそれなりにスキャンダルになる。
「それでは、最初は旦那さんの素行調査を行います。それが終わったタイミングで一度ご連絡するのでそのつもりでいてください」
「ええ。わかりました」
その後、わたしは真柄さんから旦那さんに関する情報をいくつか教えてもらった……
…………
夕方――
真柄さんに教えてもらった役所の仕事が終わる時間が近づく。
「さて」
まずは証拠を収めるためのカメラを首に下げ、オペラグラスと旦那さんの写真をポケットにしまう。それからキャップを被る。サングラスやマスクといった変装道具は逆に目立つ可能性があるので身につけない。
今の時期、昼は比較的過ごしやすい気候だが、夜になるとグッと気温が下がるので、上着も必要になるだろうと思い、わたしは色の褪せた茶色のコートに袖を通した。
ところどころほつれた箇所がある男物のコート。これはいわゆる形見だ――
お父さんが仕事のときに着ていたコートで、これを着るとわたしも精神が引き締まるような気がする。だからコートが入り用の時期はいつもこれ着るようにしている。大きすぎて袖がだいぶ余るんだけど、それはロールアップすれば問題ない。
「よし!」
これで準備オッケー。
明里は相変わらずパソコンとにらめっこで手が離せるような状況ではない。仕事に行くと一言伝えて事務所を出ようとすると、
「八重様。何かあったら必ず連絡してくださいね」
明里が見送りの言葉をかけてくれた。
――頼れる相棒が入るってのはいいことだ。
…………
役所の前に着く頃にはちょうどいい時間になっていた。張り込みを開始する。定時は5時から6時らしいけど、お役所仕事が定時に終わることなどほとんどない。
「根気のいる戦いになりそうだ……」
真柄さんからもらった旦那さんの写真を見ながら、その人が現れるのを待った。
時刻は夜の6時半を過ぎた。日が沈み暗くなると当然視界も悪くなる。幸い、わたしが見張っている社員用の出入り口はライトで明るく照らされているので、出てくる人の顔はちゃんとわかる。
先程からまばらに人が出てきていることからそろそろだろうと思っていたところで目的の人物が現れた。
ひとりではなく2人の男性と会話しながらの登場だ。3人はそのまま駅方面へと歩いていく。真柄さんから旦那さんは車で通勤していると聞いているから電車に乗る必要はないはずだ。
それから3人は駅の入口近くで別れた。一緒にいた2人が駅の中に消えていき旦那さんだけになった。
――まさか2人を見送るためにわざわざ歩いてここまで来たの? 一緒に歩いていた2人は副市長の旦那さんに見送られる立場にあるってこと? いや、それほどの立場の人間が果たして電車をつかうだろうか……
「ん?」
一緒にいた2人を見送った旦那さんは腕時計を確認したあと駅前のアーケード商店街の方へ歩いていく。
どうやらまだ帰るつもりはないらしい。
わたしはその後を追った。
…………
着いたのは、わたしもよく利用するファミレスだった。この前真理絵ちゃんと一緒に入ったあの店に旦那さんが入っていく。
そして……
すたすたと窓側の席に移動する。
「ありゃりゃ」
その席のにはすでにお客さんが座っていて、テーブルを挟んで向かい合うように座る。その相手は女性だった。まず最初にその光景をカメラに収めた。
それからオペラグラスを取り出し相手の女性がどんな人物かを確認する。
どこにでもいそうな普通の女性。格好も派手すぎず地味すぎず。ただ言えるのは、依頼主である真柄さんとは真逆な女性である。まだ浮気と決まったわけではないが、仕事の話をしているようにも思えない。
その後2人は楽しそうに会話しながら食事をした。それが終わると店から出てきて、2人はそれぞれ別の方角へ向かって歩く。旦那さんの方を追いかけると、彼は役所の方に向かって行き、その直ぐ側にある立体駐車場の中へと入っていった。
ようやくお帰りのようだ。
もしかして別のところへ行くつもりなのかもしれないが、さすがに歩きで車の追跡なんてできるわけないので今日はのところは事務所へ帰ることにした。ほんの様子見程度のつもりだったけど、初日から思わぬ収穫があった。
――それにしても車か……
一応免許は持ってるけど車は持ってない。今後のことも考えてレンタカーとか用意しておくべきかもしれない。




