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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第六章 楡金八重 編

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10月3日

 その日の夕飯は事務所で黙々と作業を続ける明里の邪魔をしちゃいけないと思い外食することにした。明里は自炊が苦手なので、作業をしながらでも食べられるようにと軽食を用意して出てきた。


 そしてわたしの目的地は事務所の近くにある商店街内のファミレスだ。駅のすぐ近くにあることもあって、平日の夕方は会社帰りの人たちや学校帰りの学生などでいつも賑わう。早めに行かないと席が空くまで待たされることになてしまうこともあるくらいだ。


 ――今日はオムライスにしようかな? それともスパゲッティかな?


 そんなことを考えながら駅前の道を商店街に向かって歩いていると、ああ! 探偵さんだー!」と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。しかも“探偵”とか言われたら嫌でも反応してしまう。


 周囲を見渡すとこっちに向かって駆けてくる女の子がひとり。セーラー服姿のその女の子はツインテールをぴょこぴょこと揺らしながらこっちに近づいてくる。


「え!? 真理絵ちゃん!?」


 その子は犬塚真理絵(いぬづかまりえ)ちゃんだった。


 以前、とある事件が切っ掛けで知り合うことになった女の子で、そのときはもうひとり猪口(いのぐち)ねねちゃんという女の子も一緒だったんだけど、どうやら今は真理絵ちゃんだけみたいだ。


 ――でも、どうして彼女がここに……?


「あ――」


 そう言えば、そのとき知り合った2人は万葉学園の制服を着ていたことを思い出す。万葉学園はわたしの事務所と同じ上納市内にある学園で、偶然街中で会っても全然不思議じゃない。


 ――って、待てよ?


 近づいてくる真理絵ちゃんが着ているセーラー服は万葉学園のものじゃない。わたしの記憶が確かなら、隣町にある上ノ木高校の制服だ。


 ――なぜ?


「ひさしぶりだー、探偵さんー」


 真理絵ちゃんが笑顔で挨拶する。


「うん。久しぶりだね。いきなり質問なんだけど、その制服どうしたの?」


「これ? えっとねー、転校したのー!」


「転校?」


「うん。じつはねぇ――」と、説明を始めようとする真理絵ちゃん。


 なんとなく話が長くなりそうな気がしたので、


「ここじゃなくてさ、場所変えない? ファミレスとか。お姉さんおごっちゃうよ」


「ほんと!? わーい。いくいく、いっちゃうー!!」


 ってなわけで、わたしは真理絵ちゃんと一緒にファミレスへ向かうことにした。


 …………


 ファミレス店内は結構な混み具合だった。もしかして待たされるかもと思ったけど、わたしたちは壁際の席に案内された。

 わたしはスパゲッティを注文し、真理絵ちゃんはチョコレートケーキを頼んだ。


「それで、転校ってどうして?」


「うんとねー、学校の人が死んじゃったの。だからパパが別の学校に行きなさいって言って、それで転校したのー」


 わたしは「うぅん?」と腕を組み首をひねる。彼女は相変わらずの真理絵ワールドを炸裂させていた。初めて会ったときもずっとこんな感じだったなとあのときのことをちょっとだけ懐かしく思う。

 いまいち要領を得ないので、こちらから質問しながらその意味を理解していくことにする。


 何度かやり取りを交わし得た結論は――


 今年の5月頃に万葉学園の生徒がイジメを苦に自殺して、それを聞いた真理絵ちゃんのお父さんが、そんな学園に娘を通わせておけるかってことで転校させられた――ということらしい。

 万葉学園の女子生徒が自殺した事件というのは地元の新聞でも取り上げられていたので覚えている。ただそれがイジメによるものだということは初耳だ。隠蔽という言葉が脳裏をよぎる。


 ――イジメ、ね……


 偏見はよくないかもしれないけど、真理絵ちゃんをみていると、なんとなくほかの生徒にからかわれたりしそうな雰囲気がある。

 虐める連中ってのは虐める相手がいなくなったらターゲットが別の人間に移るパターンがほとんどだ。きっと真理絵ちゃんのお父さんは次は娘の番かもって思ったに違いない。そう考えると、お父さんが娘を転校させる決断に至った理由はものすごく理解できた。

 ただ……イジメってのはどの学校でも起こりうるものだ。特にこの時期に転校する生徒ってのは孤立しやすい。


「新しい学校は楽しい? その、変なこととかない?」


 ちょっと心配になったわたしはそう訊ねていた。


「へんなこと? ないよー。 あーでもー、なぐられそうになったねー」


 殴られ――!?


 ものすごくイジメのニオイがする言葉だ。なのに真理絵ちゃんはケロッとしている。


「それってケンカだよね? 大丈夫だったの?」


「うん。ちゃんとげきたいしたー」


「う、うん?」


 げきたいって……撃退? 真理絵ちゃんが?


 まったく想像がつかないけど。本人が特に落ち込んでる様子もないことから無事だったのは間違いないんだろう。もしかすると、主語が抜けているだけで、別の誰かが助けてくれたってことだろうか。


 学校の話に花を咲かせていると、注文していた料理が運ばれてきた。テーブルに置かれた熱々のナポリタン。真理絵ちゃんにはチョコケーキ。2人同時に「いただきます」を言って、それぞれがそれぞれを口に運ぶ。


「うん。うんまい」


 ケチャップの濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。真理絵ちゃんも幸せそうな顔で黙々とケーキを頬張る。


「あのね、探偵さん」すると真理絵ちゃんの表情が突然陰る。「明里ちゃんは、げんきー?」


「え? 元気だけど。どうしたの、急に?」


「うんとね――」真理絵ちゃんは言いにくそうに体をもじもじとさせると、「うんとね……明里ちゃんはねー、おっぱいの大きな人が好きなのー?」


「ふご――ッフ!!」


 鼻からスパゲティが飛び出した。テーブルに据え付けの紙ナプキンを取って鼻元を覆う。近くの席に座る人たちが何事かとこちらに注目する。


「探偵さん。それ特技ー?」


 おそらく鼻から麺を出したことを言っているんだろうけど特技なわけがない。仮に特技だとしてもこんな場所で突然そんなのを披露するわけない。


「いや違うから!」わたしは全力で否定した。「というか、急にどうしたの? その、おっ……胸の話とかしだして」


「うんとね、探偵さんはおっぱい大きいでしょー? だから小さい人はお友だちになれないのかなって思って」


「えっと……」


 真理絵ちゃんがおっぱいと連呼したせいでかまわりの席のお客さんの視線がわたしの胸に注がれる。


「えっとまず、こういう場所では、おっ……じゃなくて。えっと、とにかく胸って言うこと」


「むねむね? わかったー」


 真理絵ちゃんは相変わらずニコニコしている。恥ずかしいという感覚がないのかな……

 そして改めて真理絵ちゃんが欲しがっている答えを提供することにする。


「それから、胸の大きさは関係ないよ。それに明里はすでに真理絵ちゃんのこと友だちだと思ってるはずだよ」


 実際は知らないけど、少なくとも嫌ってはいないはずだ。


「ほんとー?」


 真理絵ちゃんが一段と顔を輝かせる。


「だって、真理絵ちゃんは明里のことずっと明里ちゃんて呼んでるでしょ?」


「うん」


「明里はそう呼ばれて嫌がってなかったでしょ」


「うん」


「名前で呼び合うのは友だちの証拠だからね!」


「ああー、そう言えばそうだね!」


 ――明里は真理絵ちゃんのこと犬塚さんって呼んでたけどね。これはまぁ、方便ってことで。


「じゃあ、探偵さんもあたしのこと友だちと思ってるんだね?」


「え? あ、うん。もちろん」


 たしかにわたしは真理絵ちゃんて呼んでるけども。


「じゃあねー、今度から探偵ちゃんって呼んでもいい?」


「いやいや。わたしの名前じゃないからね、それ」


 そもそも真理絵ちゃんはさっきからずっとわたしのこと探偵さんって呼んでたじゃん。


「えー? そうだったのー?」


 ――って、本気か!? 真理絵ちゃん!?


「わたしの名前は楡金八重だよ。覚えてないの?」


 ああそっかと照れ笑いを浮かべる。そして、真理絵ちゃんはわたしのことを八重ちゃんと呼んだ。


 八重ちゃん――


 誰かにそう呼ばれるのは学生のとき以来だ。それに、正直彼女の申し出はありがたかった。街中で探偵さんを連呼されたら仕事に支障をきたす恐れもあるし。


 その後、わたしたちは他愛ない話をしながら食事を平らげた。


「おいしかったー。ありがとう」


「いえいえ」


 そう言いながら、チョコでベタベタになった真理絵ちゃんの口のまわりを拭いてあげた。


「おー! 八重ちゃんねねちゃんみたいー!」


「ははは」


 そう言われるとたしかにそうだ。2人に初めてあったときねねちゃんは真理絵ちゃんの世話を焼いていたことを思い出す。


 すると、まるでタイミングを計ったかのように、どこからか軽快な音楽が流れてくる。


 音の発信源は、


「あー、携帯だー」


 どうやら真理絵ちゃんの携帯だそうだ。真理絵ちゃんはカバンをゴソゴソとやりスマートフォンを取り出した。


 ――んなっ!?


 彼女が取り出したスマホを見て思わずギョッとした。スマホ自体は別に普通だった。だけど、そこに付けられているストラップがわたしの目には異様な物として映っていた。


 真っ黒い毛の束みたいなストラップ。馬の尻尾……いや、人間の髪の毛と表現したほうがしっくりくるかもしれない。それがかなり不気味だった。


 ――最近の女子高生のあいだではああいうのが流行ってるの……?


 そういえば、自分が学生だった頃は、死にかけの瞬間の人を象ったゴム人形が流行ってたっけ。それからちょっと経って、おじさんの顔をした妖精とかも流行したことを思い出す。


 今考えると、当時、なぜあんなものが流行ってたのか非常に謎だ。いつの時代も、理解不能なものが女子学生の心をつかんで止まないのかもしれない。


「ねねちゃんがねー。心配してるー」


 携帯の操作を終えた真理絵ちゃんが言った。


 どうやら相手はねねちゃんらしい。噂をすればってやつだ。そして、彼女の保護者的役割は学校が変わっても健在のようだ。


「ああ、ごめん。そうだったの」


「うん。だから帰らないとー」


「ごめんね。付き合わせちゃって」


「ううん。おいしかったからだいしょうぶー。それじゃあ、すぐ近くに来てるって言ったから。バイバイ」


「うん。またね」


 真理絵ちゃんは手を振りながら店の外に出ていった。


「さて――」


 お腹も満たしたことだし、わたしも事務所に帰ることにした。

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