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アセンブル2 ― 14days  作者: 桜木樹
第六章 楡金八重 編

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10月2日

 その日の夕方、日高孝と名乗る少年がうちの事務所を訪ねてきた。高校生の男の子で、このくらいの子がたったひとりでここを訪ねてくるのはかなり珍しいかった。

 いったいどんな依頼なのかと確認してみると、彼はカバンからノートパソコンを取り出し、それをテーブルに置いた。

 それから彼は特にこれといった前置きもなく「このメールの送り主を特定できませんか?」と画面を指さしながら言った。

 そこを見ると、件名に『divination of the spirit』と書かれたメールが大量に並んでいた。

 同じ件名のメールがこれだけ大量に送られてきているとなると、少なくとも単純なイタズラの類ではなさそうだ。

 ちなみに『divination』は予言、『the spirit』は神と言う意味になる。つまりこれは『神の予言』という意味の言葉だ。それ自体が何を意味しているのかはわからないけれど、メールの送り主の特定ってのはわたし個人でできることが限られている。

 そのことを伝えると、「それって特定は不可能ということですか?」と日高くんが不安そうな顔をする。そう言われると、なんか探偵として負けたような気持ちになる。


 取り敢えず今確認できることだけでも確認してみようか……


「うーん。チョット待ってね」


 フォルダ内のメールをいくつか確認してみる。


 内容は短い文章で構成されていて、件名が示すとおり予言めいた内容だった。少なくとも迷惑メールではないし、誹謗中傷や殺人予告の類でもない。次にメールのソースを確認してみることにする。


「ソースファイルですか?」


 画面とにらめっこしているところに明里がやって来てわたしの隣に座った。


 明里こと卯佐美明里(うさみあかり)はある事件が切っ掛けでここで住み込みで働いてもらうようになった女性だ。いうなれば助手と言ったところか。

 後ろで結ったきれいな黒髪は腰まで伸び、整った顔立ちに切れ長の目、黒縁の眼鏡が聡明さを一層際立てている。そんな彼女はご近所さんからの評判もいい。特に男の人から。そういった意味でも彼女の存在は非常に助かっている。

 目立った欠点を上げるとするなら生活能力が極端に低いことと感情を表に脱すのが非常に苦手ということだろうか。基本いつも無表情で時々感情を露わにすることもあるがそれもほんの僅か程度でしかない。

 ちなみに明里はわたしのことを八重()と呼ぶ。


 ――恥ずかしいからやめてほしいんだけどね……


「うん。このメールの送り主を特定してほしいっていう依頼なんだけど、ここを見るに、どうやらこのメールはビューティプロテクト社のメールアカウントサービスを利用しているみたいなんだよね」


「なるほど。となると、かなり難しいですね」


「だよね」


 日高くんそっちのけで話しをしていたところ、何か問題があるのかと訊ねられたので説明することにする。


「えっと、このメールの送り主を特定する方法は2つあって、ひとつはプロバイダに開示請求するって方法。ただしこれは、こっちが何かしらの被害を受けている場合じゃないと基本的に申請が下りない。さっき適当にメールの内容見た感じだと殺害予告とかがあるわけじゃなさそうだからぶん無理。

 で、もうひとつはサーバーにハッキングを仕掛けて、このメールアドレスで登録されているアカウントの情報をぶっこ抜くって方法。けどこのアカウントはビュティープロテクト社っていうところのアカウントで、その会社は全国でもトップレベルのセキュリティを誇るIT関連の会社なんだよ。おそらくハッキングは不可能」


 実際わたしもビューティープロテクト社のレンタルドライブというサービス――クラウドに対応したオンラインストレージサービス――を利用して、他人に見られるとまずい情報なんかはそこに保存していたりする。自分のパソコンに保存しておくより遥かに安全だからね。


「つまり相手を知る方法はない。ということですか?」


「申し訳ないけどそうなっちゃうかな」


 わたしが断りを入れると、


「待ってください。できるかもしれません」


 明里がそれを静止した。


「え?」「えぇ!?」


 わたしと日高くんが驚いて声を上げる。


「いやでも、さすがに相手が悪いような」


「八重様に迷惑をかけるつもりはありません。やらせてください!」


 明里がわたしのことを真剣な目で見つめてくる。


 彼女がパソコン分野が得意であることは十分理解しているし、別に今さらダーティーとかイリーガルだとか言って止めるつもりもない。こっちも探偵である以上は、時にそういったことに手を染めなくてはいけないこともあるんだし。


 ただ、今回ばかりは相手が悪すぎる――


 ――だけど、こういうときの明里ってテコでも動かないんだよね。


 それに、わたしを見る真剣な顔。いつもめったに表情を変えることのない明里にしては珍しい反応だ。


「わかった、わかったよ。それじゃあこの件は明里に任せるね」


「はい」


「というわけで、この依頼受けることにします」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 日高くんが嬉しそうな表情で、テーブルに頭をぶつけるんじゃないかって勢いで頭を下げる。


「ただしいくつか条件をつけます」


 そんな彼に明里が注意を促す。


「まず、この依頼は時間がかかるということ。最低でも結果が出るまで2週間ほどかかります。それから、こちら側に危険が迫った場合調査は即打ち切らせてもらいます」


 まぁ、妥当なとこだろう。


「問題ありません」


 日高くんのその言葉で、契約は成立となった。それから急いで契約書を作り、明里は日高くんのメールを自分の仕事用のパソコンにコピーした。


 …………


 日高くんが帰った後、早速仕事に取り掛かるのかと思ったらそうではないようだった。どうやらハッキングを仕掛ける前にいろいろと準備を行うらしい。わたしも仕事上それなりにパソコンに詳しいつもりだけど、知識量は完全に明里のほうが上だ。わたしはハッキングスキルなんて持ってないし。


「ねぇ、勝算はあるの?」


「はい。以前ネット上で知り合った方に連絡してアドバイスを貰うつもりです」


「その人信用できるの!? ってか、こっちの素性とか絶対バラしちゃダメだよ!」


「心配しないでください。八重様に迷惑がかかるようなことは絶対にしませんから」


 大した自信だった。


 けど、明里は表情を変えずに言うもんだから、どこまで本気なのかがイマイチつかみにくい。一緒に仕事をするようになって3年で、それなりに彼女の感情の機微を読み取れるようになってきたとは言え完璧にとまではなってない。

 でも、依頼を受けて契約書を作った以上、わたしにできることは明里を信じることだけだ……

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