プロローグ
わたしは、上納市の駅の近くに事務所を構え探偵業を営んでいる。だけど、自分が探偵に向いていないなんてことは自分自身が一番よくわかってる。大した推理力もなく、やっていることっと言ったら『まちの小さな便利屋さん』程度の仕事だ。それでも“探偵”としてこの仕事を続けているのには理由がある。
探偵業はわたしはが立ち上げたわけではなく、亡くなったお父さんが始めたものだ。
わたしの父――楡金十三は、娘のわたしが言うのもなんだけど凄く優秀な刑事だった。直感力に優れ、お父さんが犯人だと睨んだ人物はことごとく逮捕され、警察内でもお父さんの存在は大きかったらしい。
しかし、この世に完全無欠なものなど存在しない――
その事件でもお父さんはその直感力を遺憾なく発揮した。
お父さんが犯人として目星を付けたのは10才くらいの少年だった。お父さんは相手が女、子どもだろうと容赦なく追い立てる刑事だったようで。そのときもその子を厳しく追い立てたそうだ。
それが直接の原因だったのかどうかはわからないけど、結果的にその少年は行方をくらましてしまった。しかも、捜査が進んで少年が犯人ではないことが発覚したのだ。
つまりお父さんは無実の少年を犯人呼ばわりし、失踪させてしまったのだ。
当然、少年の家族はお父さんに文句を言う。連日署内は大騒ぎ。お父さんは自ら警察を辞めることを申し出て、すんなりと受理された。
それから、わたしと両親はそれまで住んでいた場所を離れ、新天地での生活を始めることとなった。
それが今わたしが住んでいるこの上納市だ。
この場所でお父さんが探偵業を始めたのは、今から約17年ほど前。わたしが10歳のときだ。
元警察官ということもあって、地域の人たちからはかなり頼りにされていた。度々地元の警察の人がお父さんに相談に来る姿も目にした。子どもながらにそれがとても凄いことだと理解していた。自慢の父親だった。
わたしが中学に入る頃になると、お父さんの仕事を手伝うようになった……と言っても、ほとんど雑用だったけど。
でもたまにお父さんの方からわたしにアドバイスを求めてくることもあった。そういうときは決まって女性の心情が絡む内容の依頼だった。家出した同い年ぐらいの女の子が行きそうな場所を聞いてきたりとかそういうかんじ。
…………
学校が終われば家にも帰らずお父さんの仕事場に直行する。そんな日々が一年半ほど続いたある日、その事件は起きた。
いつものように事務所を訪ねると、暗くシンと静まり返っていた。お父さんはお客さんが来ていないときはいつも「おかえり」とわたしに声を掛けてくれる。なのにその日はとても静かだった。来客の様子もない。それに、なぜか鼻につくような甘い匂いがした。
出かけてるのかな――そう思って、事務所の明かりをつけると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
仰向けに倒れる男性。それは間違いなく、
「お父さんっ!?」――だった。
うつ伏せに倒れるお父さんのまわりには血溜まりができていた。
「うッ――」
反射的に顔を離し袖で鼻を覆う。お父さんに近づくとさっき感じた甘い匂いがより一層強くなった。どうやら匂いの発生源はお父さんのようだった。
――どうして? ――なんで?
「そうだっ! 救急車っ!」
電話は仕事のときにいつもお父さんが座っているデスクの上にある。慌てて受話器を取って救急車を呼ぶ。そのときわたしはあることに気づいた。デスクの上のパソコンのモニターが真っ暗なのに、本体の電源が入ったままになっていたのだ。
試しにモニターの電源のスイッチを入れてみる。すると画面が表示され、そこには表計算ソフトが開かれたままになっていた。
「まさかこれって――!?」
――ダイイングメッセージ――
そんな言葉が頭をよぎったわたしはすぐにそれを外部の記録媒体にコピーすることを思いついた。どうしてそんな事をしようと思ったのかはわからない。もしかすると自分の体に流れる血がそうさせたのかもしれない。
それからすぐに救急車が到着。次いで警察とお母さんも到着した。警察を残して救急車でお母さんと一緒に病院へ行くわたし。だけど……お父さんは助からなかった――
その後どういうわけか警察の捜査は打ち切られることになった。打ち切られた理由は説明してもらえなかった。
どうしても納得がいかなかったわたしは、お父さんのパソコンからコピーしたファイルを使って独自に調査を進めていった。
今のところわかっているのはコピーしたファイルのタイトルに付けられた『アセンブル』という名前が違法な薬物の名前であることと、お父さんはその薬物のことを調べていて何者かに殺されたということだ。逆に言えばそれだけしかわかってないとも言える。もちろん調査は現在進行系で続けているがこれがなかなかに結果が出ない。
でも絶対に諦めない。お父さんの死の真相を暴くまでは――




