10月14日 後編
カムライ教にもいない――というか入れない――し、今日は万葉学園は休み。そうなると杏珠は自宅にいる可能性が高い。僕は杏珠の家――厳密には亡くなった母の家――へ向かうも留守だった。こうなるともう杏珠の行きそうな場所に心当たりがない。
僕は当て所なく街を彷徨った。
気づけば西の空が茜色に染まっていた。
今は上ノ木町を歩いていた。そしてその足は再度カムライ教向かっていた。すると突然、携帯が振動し着信を知らせる。誰かと思えば父だった。
「はい。何か用事ですか?」
『ああ、繋がった。今家に警察が――』
『おい! 日高孝だな!? 無事なんだな!?』
父の電話を無理やり奪い取ったのか、途中から別の人間の怒鳴り声に変わる。その声に覚えがあった。あのとき僕の取り調べをした年配の刑事さんだ。
「怒鳴らなくても聞こえてますよ。それで、何かあったんですか?」
『いいか、よく聞け。朝倉勇の携帯にメールが届いた。そこにはお前の名前が書いてあった。これの意味は理解できるな?』
それは、僕が連続殺人犯の次のターゲットに選ばれたということだ。そして、このタイミングでメールを送ることができるということは、
「朝倉さんは犯人ではなかったんですね?」
『ああ……。で、今からお前を保護する。だから今どこにいるかを教えろ。それで、俺たちが行くまで近くの警官に助けを求めるんだ。いいな!?』
電話の向こうで刑事さんが話を続けるが、正直僕の頭には入ってこなかった。
今回の連続殺人事件と母の元に送られていた予言のメール、この2つのことを考えれば犯人の正体に予想がつく。
『おい! 聞いてるか!? 返事を――』
「大丈夫ですよ。犯人に目星はついていますから、僕が遅れを取ることは……」
そのとき、目の前からこちらに向かって歩いてくる黒い制服姿の女の子が目に入った。私用であっても制服の着用が校則で決められている万葉学園の制服。
杏珠……
彼女はひどく落ち込んだように俯いてトボトボと歩いていた。彼女が歩いてくるその向こうはカムライ教へと続く道に繋がている。きっと封鎖されているあの状況を見てショックを受けた……そんなとこでしょう。
『おい! どうした!? まさか何か――』
僕は携帯の電源を切っていた。そして、杏珠に近づき声を掛けた……
「義兄さん!?」
杏珠は驚いた様子で顔を上げる。しかしその表情はすぐに不安げなものとなり、
「あ、あの……カムライ教が大変なことになってしまって……私、どうしていいか――」
――杏珠が……母を……
あれやこれやと状況を説明する杏珠。
しかし、僕の頭にあるのは例のメールの件のこと。それから……連続殺人のこと……
「ちょっと話があるんですが近くの公園に行きませんか?」
杏珠の話を遮るようにして言う。
「――え? あ、はい」
僕の意図がわかっていない杏珠はただ小首を傾げるのだった。
…………
公園に着く頃には辺りはすっかりと暗くなっていた。
昨今の完全安全主義の煽りを受け危険とみなされた遊具が撤去されてしまった公園。結果すべてが取り除かれ、残ったのはベンチと砂場と木くらい、あとは電灯が等間隔にあるだけ。でも利用者の少ない場所だからかその内のいくつかは電気が切れたままになっていて、ちゃんと灯りがついているものに関してもどこか頼りない。
普段から静かな場所が、夜ということもあってより寂寥とした雰囲気に包まれていた。
公園の中を少し歩き、電灯の下で振り返った。遠回しな質問に意味はない。直球でいく。
「杏珠、正直に答えてください。母に予言のメールを送っていたのは杏珠なんですか?」
その瞬間杏珠の顔色がかわった。唇がわなわなと震え、動揺しているのが見て取れる。決定的だった。
「なぜ……どうしてなんです!? どうして母の死を予言するメールを送ったりしたんですか!? そんなことをしなければ母は死ななかったかもしれないんですよ!?」
肩をつかみ揺さぶる。
「ちっ、違います! ――それは私じゃないです!!」
“それは”ということは、ほかは自分が送ったと認めたということだ。でもそんなのは言い訳にもなっていない。
「どういう理由があったかは知りませんが、自分を養子に迎え入れるよう母にメールを送るなんてずいぶん知恵が働くじゃないですか……目的はなんです? カムライ教の乗っ取りですか?」
僕の鋭い言葉が堪えたのか、杏珠の頬を涙が伝う。
「ごめん、なさい……」
項垂れた杏珠はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「施設にいたときネットで、身寄りのない子どもを攫って変な実験をしている人がいるっていう話を見て、次は私の番なんじゃないかって思って。それで怖くなって。……誰かの子どもになれば助かると思って、杏奈さんにメールを送ったんです。――いきなり子どもにしてと送ったら無視されると思って、興味を引くような内容で送ったら、そしたら私の送ったメールが本当になったと杏奈さんからメールが来て、最初は私もビックリしたんです。それで、その後もいろいろメールを送ったんです。それからタイミングを見て私を連れ出してもらえるメールを――」
「なるほど」
杏珠が母に引き取られたのは彼女がまだ幼い頃だったと聞かされている。そんな幼かった彼女がネットの根も葉もない噂を信じてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
それに、当時の幹部たちが母の予言の再現をしたりなどしなければ杏珠を養子に迎え入れるようなことはなかったのかもしれない。だからカムライ教側にも責任の一端はある。
「でも! そのメールが最後だったんです! 私はそれ以降メールを送っていないんです!」
たしかに養子にしろという内容のメール以降はメールはアドレスが変わっていて、送信場所も変わっている。矛盾はない。だけどそれはあり得ない――
「お願いです! 信じてください! 兄さん!!」
必死に僕に訴えてくる。
「信じてくれ……ですか……」
これだけの証拠が揃っているのに何をどう信じろと言うのか……
母宛に予言のメールが送られてきていたことを知っているのは、母を除けば僕と杏珠だけなのに――
そこまで考えて、僕は妙な違和感に囚われた。
母宛のメールは前半と後半でアドレスが変わっている。このことからも杏珠の言う途中でやめたという発言は言い訳として通用する。前半は自分が送ってたけど後半は別の人間が送ってたんだという主張は通るから。
だがしかし、僕が前半と後半でアドレスが変わっていることを知っていなければ、途中でやめたという発言は僕を説得する材料として成立しない。もし僕がその事実を知らなかったら“何を言ってるんだ?”の一言で一蹴していただろう。
もちろん両方ともの送信者が杏珠で、とっさの判断で途中でやめたという発言が出たのかもしれない。後半は自分ではないと主張しようとしたのかもしれない。それでもやはり、僕がアドレスが変わっていたとう事実を知らなければ言い訳にもならない発言だ。
実際、探偵に調査を依頼しなければそのことに気が付かなかっただろう。逆に言えば探偵に依頼したからその事に気づけたということ。
「僕は、間違ってる……のか?」
だったら後半のメールは誰が送っていたというのか……
そもそもそれができる人間は母が予言のメールを受け取っていたことを知っていた人物に限られる。でなければ杏珠の後を引き継ぐようにしてメールを送るなんて芸当は不可能だ。僕でさえ今月の初めに予言のメールの存在を知ったんだから。それをほかの人間が知っていたなんてこと――
「あり得なくは……ないんですか?」
「に、い……さん?」
杏珠が僕の呟きに反応する。
僕以外の人間が知っていたとするならば、それは幹部の人間限られるだろう。部外者に予言のメールの話をしてそれが広まりでもしたら、それはカムライ教の信用問題につながるからだ。母はそのような愚かなことをする人間ではない。
すると必然的に3人に絞られるわけだが……
米座さん……? 朝倉さんか? それとも葛西さんが――
「葛西さん……」
葛西さんからノートパソコンを手渡されたときのことを思い出す。
「ひとつ訊いてもいいですか?」
杏珠に顔を向ける。
「母は……家でノートパソコンを使ってましたか?」
杏珠が首を横に振った。
「いいえ。母はパソコンで作業をすることはありましたけど、家で使っていたのはデスクトップでしたよ」
「そうですか……」
決まりだった。
冷静になって考えてみればおかしなことは幾つかあった。
例えば、最初に探偵に頼ることを提案したのは葛西さんだ。あのときは僕が迷惑を被っていると嘘の説明をしたが、葛西さんにはお見通しだったのだろう。
そして、僕はまんまと相手の思惑通りアカウント情報を入手した。そしてそこには杏珠の本名が記載されていた。登録さたほか情報がデタラメだったのに名前だけが本名だなんて、よく考えればおかしなことなのだ。普通は真っ先に偽名を使おうと思うはず。その事にもっと早く気がつくべきだった。
それに、母が亡くなったのは今年の7月。突然死んだのならわからなくもないが、母は予言で死期を明言していた。だったらノートパソコンを渡すタイミングなんていくらでもあったはず。1日にこだわるなら、それこそ8月1日でも9月1日でもよかったはずだ。
なのになぜ10月でなければいけなかったのか?
逆に、今月でなければならなかった理由は?
最近特に変わったことがあるか? ――と問われれば、誰だって真っ先に上納市で起きている連続殺人事件と答えるだろう。
しかも事件現場には『カムライ教のお守り』が残されていたということを事情聴取のときに聞かされている。つまりこの事件にはカムライ教がガッツリ絡んでいる。
極めつけは美守さんから予言のメールの話を聞かされていなければ、僕が犯人にされていたかもしれないということ。
「…………」
葛西さんのやろうとしていることがなんとなくわかったかもしれない。
母は予言のメールで死んだ。幹部に戻ろうかと話していた米座さんは殺された。そして、僕は連続殺人事件の犯人にされていたかもしれない。
すると残るのは杏珠と葛西さんの2人だけ。杏珠はまだ高校生で、何をするにしても大人の助けが必要な年齢だ。すると身近な大人である葛西さんを頼ることになり、彼は事実上の摂政となるわけだ。
――カムライ教を乗っ取ろうとしていたのは杏珠ではなく葛西さんだったというわけですか……
そのために、僕をはめるためにわざわざノートパソコンまで用意して。
――でも、葛西さんはどうやって母が受信していたはずのメールをノートパソコンにコピーできたんでしょうか? それに、朝倉くんが受け取っていたという予言のメールは? どうやって彼のメールアドレスを――
「義兄さん! 後ろに――!!」
唐突に聞こえた杏珠の叫ぶ声。
「……?」
思考の海にどっぷりと浸かっていたせいで完全に反応が遅れた。
後ろを振り返る間もなく後頭部に重たい衝撃を受け地面に倒れてしまった。
目の前が火花が散ったみたいにチカチカして、頭の中がガンガンと響いている。だが幸いにも気を失ってはいない。
――真実に気づいた僕を直接やりに来たんですか? 随分とタイミングがいいですね……
朦朧とする意識のなか僕はなんとか立ち上がろうとすると、
「きゃあぁぁぁぁっっ!!」
すぐ近くでゴンと鈍い音が聞こえた。続けてドサッと地面に何かが倒れる音。
そちらに顔を向けると、仰向けに倒れる杏珠がいた。電灯の灯に照らされる杏珠の顔。目を大きく見開いたまま固まり、額から血を流している。
「あん……じゅ?」
掠れた声で名を呼ぶ。
反応はない。
「くっ――」
僕がもっと早く真実にたどり着いていれば――!!
己を奮い立たせ重たい体を持ち上げる。
「葛西さん!!」
虚勢を張って相手をにらみつける勢いで相手の方に振り返る――
「……え、ぁ?」
自分でもわかるくらい間の抜けた声が出た。
電灯に照らされるようにして金属バットを持った人物がそこに立っていた。
だが、そこにいたのは葛西さんではなかった。
「い、つみく、ん……?」
――どうして、逸見君がここに?
視界が薄ぼんやりとしているが見間違えるほどではない。
彼がゆっくりとした動作でバットを振り上げる。あるいは脳に受けた衝撃によって相手の動きがゆっくりに見えていたのかもしれない。
逸見君――同じ高校に通う男子生徒。その姿をハッキリと認識すると同時に、彼は僕に向かって金属バットを振り下ろした――




