10月14日 前編
取り調べの中で、僕が自分の考えを述べると2人の警官が部屋を飛び出していった。部屋には調書を取っていた警官と僕の2人だけが残される。それからしばらくすると別の警官がやってきて、僕は一旦釈放されることになった。
一旦……つまり完全に容疑が晴れたわけではないということだ。
解放されたはいいものの時間は真夜中。草木も眠る何とやら……
取り敢えず、父に無理を言って迎えに来てもらうことになった。
「こういうところは警察の改善すべき点ですよね。特に僕はまだ未成年なんですから」
でもそれも致し方なことなのかもしれない。上納市は今連続殺人事件の解決にやっ気になっていていろいろなところに手が回っていないのだろう。
やれやれと、ため息を付き父の到着を待った。
……………………
…………
スマホの音で目が覚めた。アラームではない。時刻は朝の10時過ぎ。スマホの画面を見ると楡金探偵事務所の文字。それを見て眠気は一気に覚めて、僕は飛び起きた。
「はい――」
『今、お時間よろしいでしょうか?』
その声は探偵さんのものではない。一緒にいた綺麗な女性の声だった。僕は問題ないことを相手に伝えると、話があるので一度事務所に来てほしいと言われた。僕は急いで身支度を整え楡金探偵事務所へと向かった。
――――
事務所に到着すると、電話をかけてきた眼鏡の女性に招き入れられソファに座る。探偵さんの方は席を外しているのか事務所にいないようだった。
女性が向かいに座ると早速本題に入った。
「まず結論から申し上げます。ハッキングは成功しアカウント情報を入手することができました」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出しそうになる。
ついに母にメールを送っていた人間の正体がわかるんですね――
心躍る僕。しかし、そんな僕の期待を挫くように、女性は残酷な現実を突きつけてくる。
「ですが……個人の特定には至りませんでした」
「え? どういう……ことですか?」
「端的に言います。登録されていた情報がでたらめだったんです」
「ああ、なるほど」
――そうか……その可能性だってあったんですね……
メールのアカウントを取得する際は必ずしも正しい情報を入力しなければいけないわけではない。母にメールを送っていた人間もそんなことは承知で、証拠を残さぬよう偽りの情報を入力していたわけだ。
意気消沈し項垂れる僕に、「ですが――」と女性が続ける。
「少し奇妙なことが判明しました」
「奇妙なこと、ですか?」
顔を上げると、女性が表情を変えないまま「はい」と頷く。
「まず、メールの送信者は2つのアドレスを使っていたことがわかりました。それを適度に使い分けていたというわけではなく、前半と後半で変わっていました」
そう言うと女性は一度席を離れノートパソコンを持って戻ってくる。僕に見えるようにテーブルに置いて1つのメールを開いた。
それは、珠音(杏珠)を養子に迎えろという内容の例のメールだった。
「このメールが前半のアドレスの一番最後のメールです。これ以降アドレスが変わります。――先程、個人の特定はできなかったと言いましたが、実は前半に使われていたアドレスは個人のものではなく法人のものでした」
「法人……つまりどこかの会社から送られてきていたということですか?」
女性がいいえ、と首を横に振る。
「会社ではなく、児童養護施設です。詳しく調べたところ、他県にある施設で――」
他県にある養護施設……
そして最後のメールが珠音を養子に迎えることを指示する内容のものだった。
この段階で、僕の中にある仮説が組み上がっていた。
だがそれは……
もしこの考えが真実だとするならそれは……それはとても残酷な――
「大丈夫ですか?」
「……え?」
「顔色が優れないように見えますが」
「あ、いえ、話を続けてください」
「わかりました。――後半のアドレスなんですが、これはすべてがでたらめでした。住所や電話番号は実在するものが記載されていたのですが、その2つはそれぞれ別の場所にある会社のもでした。そのことから登録されていた『上木珠音』という名前も偽名かと思われます」
その名を聞いた瞬間、僕の体に雷に打たれたような衝撃が走った。
「上木……珠音。そのアカウントにはそう書かれていたんですね?」
「はい、間違いありません。それとアカウントの情報はでたらめだったんですが、そのメールをどこから送信していたかの特定はできています」
「どこから……だったんですか?」
「この事務所の近くにあるインターネットカフェからです」
「ネットカフェ……」
まとめるとこうだ――
犯人は前半と後半でメールのアカウントを変えた。
前半の最後のメールが「杏珠――正確には珠音――を養子にしろ」という内容だった。そしてそのメールはとある児童養護施設のものだった。
後半のメールアカウントの登録情報はめちゃくちゃだった。そしてそのメールはこの近くにあるネットカフェから送られていたものだった。
「私が調べることができたのはここまでです。もしもネットカフェの監視カメラに過去の映像が残っていれば、メールの送信された時間と照合してメールの送信者を特定ができるかもしれませんが」
女性が今後どうすれば犯人にたどり着くことができるかの説明をする。だがそれは必要のないことだった。
「大丈夫です。ここまでの調査で十分です」
「そうなんですか? でしたら契約が終了したということで書類に記入をお願いできますか?」
僕は契約書に手早く記入を済ませ、女性にお礼を言って事務所を出た。
…………
犯人は2つのアカウントを使っていた。最初は他県にある養護施設からメールを送っていて、後にネットカフェから送るようになった。
つまりメールの送り主は他県からこの地に移り住んだということだ。だから新しいメールアカウントを取得する必要があった。
そして僕の身近な人の中に養護施設からこの地に移り住んだ人間がいる。
だがもはや推理するまでもない。アカウント情報にあったという上木珠音という名前が答えなのだ。上木というのは母の姓だ。そしてその母が自分の杏奈という名前にちなんで珠音をもじって杏珠と名乗らせていたのだ。
相当にショックだった。まさか母を殺した人間が杏珠だったなんて……
直接手をかけたわけではないにしろ、切っ掛けを作ったのはほかでもない杏珠だ。
――なぜですか? ――どうしてなんですか?
僕はそれを問いただすべく杏珠のもとへ向かうことにした。
――――
杏珠のことだから今日もカムライ教にいるだろうと思って足を運んでみたのだが、そこに続く坂道の前に警察と何人かの信者たちがいた。そして施設に続く坂道が完全に封鎖され、カムライ教に近づくことができないようになっていた。
何があったのかと、近くにいたおじいさんに声を掛けてみた。
「んん? なんでもの、カムライ教で人が死んでおったそうじゃよ。まだ高校生らしいんじゃが……」
「カムライ教で人死にですか? しかも高校生っていのは……」
嫌な予感がした。
――まさか美守さん……なわけないですよね?
…………
一度家に帰りテレビでニュースを確認するとタイムリーな話題がやっていた。ビューティープロテクト社の記者会見だった。社長、つまり美守さんのお父さんが報道陣に向かって頭を下げているところだった。
どうやら、昨日の夜遅くから日付が変わった後すこしまでの約15分間、ビューテープロテクト社のサーバーが何者かに攻撃されたらしいということだった。
詳細は調査中とのことだが、これはビューティープロテクトを狙ったハッキングの可能性があり、これよってサーバー内にあったデータの一部が盗み出された可能性があるとのことだった。
完璧なセキュリティを謳い文句にしてきただけに、今回の一件は相当な痛手になるだろうと予想される。ただ……ハッキングという言葉が引っかかった。
――これは僕の依頼が原因だったりするんですかね……?
だとしたらこれは黙っていたほうがいいと自分の中でそう結論づけた。
報道は続き、記者団からの質疑応答が始まる。最初に手を上げた記者が言った質問に僕は自分の耳を疑った。
『先程、あなたの娘さんが何者かに殺されたという速報が入ったんですが、これについて一言お願いします!!』
「あ……」
社長の娘といえば当然美守さんのことだ。
まさかこんな形で彼女の死を知ることになるとは思っていなかった。
画面の中の美守さんのお父さんの顔が見るからに青ざめる。顔をくしゃりと歪め堪えきれずに涙を流し始めた。
その姿を見ていられなくて、僕はテレビを消した。




