10月13日
一夜開け、僕はまだ誰もいないにカムライ教を出ることにした。念の為葛西さんに僕がカムライ教を出たこと連絡する。外に出ると、風が少し強いように感じた。そう言えば台風が近づいていることを思い出す。
「さて」
問題はこれからどうするかだ。
どうせ昨日僕が家に帰らなかったことは警察の知ることとなっているだろう。そしてそれは同時に僕に対する疑念も深める結果になったはずだ。
その警察から逃れる方法は2つ。1つはこのまま逃げ続けること。1つは自分が犯人ではない事を証明すること。
頭の良い選択をするなら2つ目の方である。
だけど、
――そんなもの、どうやって手に入れられるんですかね……
とにかく僕は上ノ木町を離れることにする。警察はきっと町内を捜し回っているはずだ。
僕は上納市へと向かった。
…………
木を隠すなら森の中。そう考えて人通りの多い場所を狙って歩き回っていた。しかし、歓楽街に入った辺りから誰かにつけられるような感覚があった。振り返らず人の波を縫うように歩く。僕の後追ってくる気配も同じように続いてくる。
「これは確定ですかね」
おそらく僕をつけているのは警察だろう。
現在市内では連続殺人事件の真っ只中にある。警官が巡回している可能性を考えるべきだったと、自分の浅はかさを恨む。もしかすると上ノ木町にいたほうがよかったのかもしれない。
「灯台下暗しともいいますしね……」
ため息混じりに呟いた。
ただ、なんとしても捕まる事態だけは避けなければならない。このまま捕まればおそらく長期勾留は免れないだろう。その間に別の事件が発生すれば僕の疑いも晴れるかもしれないが、僕が捕まったと知って犯人がピタリと殺人を止めるかもしれない。もし僕が思っている人物の中に犯人がいるのなら尚更だ。
「そうなったら何もかもお終いです」
廃れかけたカムライ教――今僕が捕まって、実は杏奈に息子がいただとか、その息子が連続殺人事件の犯人だったなどと噂が立てばカムライ教は今よりもっと人が寄り付かない場所になるだろう。それだけは絶対に回避しなければいけない。
「――ん?」
ふと、目の前に、ホテルの入口でもめている男女を見つけた。男の方は頭髪の薄い50代後半くらい。女性の方は女の子で――
「美守さん……?」
同じ学校に通う生徒だった。彼女は無理やりホテルに連れ込まれようとしていた。どう見ても美守さんは嫌がっていた。仮に同意の上だとしても未成年淫行は犯罪だ。
それを見て僕は閃いた。
「なにやってるんですか?」
僕は2人に声を掛けた。
「ん? なんだ?」
男性が怪訝な表情でこちらを向く。
「その子。上ノ木の制服を着てるってことは未成年ですよね? 犯罪ですよ?」
「これはコスプレだ! お前には関係ないだろう!」
「ありますよ。だってその子、僕の知り合いですから」
「え? 日高……なんで?」
美守さんは今はじめて僕の存在に気がついたようだ。
「そういうわけなんで。――行きますよ美守さん」
「おいコラちょっと――!」
男性がものすごい剣幕で詰め寄ってくる。今にも飛びかかってきそうな勢いだ。そのとき、ちょうど自分の視界に警官の姿が映った。それは、先程まで自分を尾行していた警官だ。
視線が合う。
「あ! すいません! この人未成年と淫らな行為をしようとしてますよ!」
警官に向かって叫んだ。すると男性は美守さんの腕から手を放し一目散に逃げ出した。警官は一瞬だけどうすべきか迷ったようだが、男性を追いかけることを選んだようだ。結果的に警官を撒くことができた。
「助かりましたよ」
僕が美守さんにお礼を言うと、彼女はどうして自分がお礼を言われているのかわからず首を傾げるのだった。
…………
美守さんの手を引きやってきたのは歓楽街から離れたところにある牛丼チェーン。彼女は手を引く僕に文句一つ言うことなく付いてきてくれた。
――本当はこんな事してる余裕はないんですけどね……だからといって、目の前で困っている知り合いを放っておくのは違いますしね。それに女の子と一緒に歩いていれば警察の目から逃れられる可能性もありますし。
店に入った途端、後方からグゥ……という虫の鳴き声が聞こえてくる。ほかでもない美守さんのお腹だ。
「ちょうど昼時ですからね食べます?」
項垂れる彼女がわずかに首を振った。僕と美守さんはカウンターに隣り合って座り、購入した食券を店員に渡した。
「仲のよかった友人が亡くなって自棄を起こした……というわけではなさそうですよね? ――事情、訊いてもいいですか?」
僕は美守さんがどうしてあんなところにいたのか気になって訊ねた。ややあって、彼女は少しずつ語り始める。
――――
彼女の口から語られる話の内容はにわかには信じ難いものだった。だが冒頭で彼女が口にした『予言のメール』という言葉で一気に興味を惹かれた。時折詳しい内容を聞き出しながら彼女から話を聞く。そしてやはり気になったのは、朝倉君に届いたという予言のメールだ。
「やっぱりあんたも朝倉が犯人だと思うでしょ?」
「いいえ」
「なんで? だってどう考えたってそうでしょ?」
「警察には話したんですよね?」
「うん」
「おそらく警察は朝倉君に接触したはずですよ」
そう、警察は確実に朝倉君に接触している。彼から事情も聞いているのは間違いない。
もしも朝倉君が警察に予言のメールのことを話しているなら……僕が犯人ではないことを証明できる可能性はある。まさかこのような形で自分が犯人ではない事を証明できる材料を入手できるなんて思ってもいなかった。
「え? だったらどうしてあいつを野放しにしてるの?」
「簡単ですよ。警察が調べた結果朝倉君が犯人ではないとわかったからです。――ところで、今日一日さえ乗り切れれば助かるという根拠はなんですか?」
「朝倉が言ってたんだよ。メールを受け取ってから2日以内にメールに書かれていた人物が死ぬって」
自分が殺されるかもしれないと言っている人間に、ああそうと適当な返事を返せるほど僕は薄情じゃないつもりだ。
彼女を助けて上げられる方法があるとすればそれは――
「これから僕が安全な場所に案内すると言ったらついてきますか?」
「え? そんな場所どこに……」
僕は牛丼の残りをかき込んでそれを流し込むようにセルフの水を飲み干す。
「それは、カムライ教ですよ」
…………
美守さんをカムライ教へと案内する。バスを降りて、カムライ教へと続く坂道を登る。道すがら美守さんの疑問に答えながら歩く。向かいから吹く強風の影響でいつも以上に坂道を登るのがキツく感じた。だがそれでも一歩ずつ着実に歩みを進めカムライ教へと着く。
「着きましたよ」
きっと彼女はここへ来るのは初めてなのだろう。口を開けてカムライ教の建物を見上げていた。
「僕はこれからちょっと用事があるんで、ここから先は一人で行ってください」
「え? うん、その……助かった」
そう言って美守さんは建物の中へ。彼女が中に入るのを見届けた後、僕は裏口へと回った。
…………
昨日杏珠が言っていたイベントというのが気になっていた。
人がたくさん集まる――
杏珠のその言葉を信じて、ここが安全だと判断し美守さんを案内したのだが、これで全然人が集まらなかったら僕は彼女に嘘をついたことになってしまう。
ステージの脇からホールの様子を見る。
杏珠の姿が見える。彼女はカムライ教に来た人に対して必死に頭を下げていた。
――お焚き上げができないことを謝罪しているんですかね?
杏珠と話をしている人はその後帰ろうとはせずホール内に留まる。どうやら単なる謝罪ではないようだ。そうして時間が経つに連れてホール内に徐々に人が集まりだす。
「これはいったい……」
「あの……坊っちゃん?」
不意に背後から声を掛けられ振り返る。
「葛西さん? どうしたんですか?」
彼はどこか申し訳なさそうにしていた。
「坊っちゃんに伝えたいことがあって。いいですか?」
葛西さんのいつもと違う態度を察し、僕は事務所に下がった。
――――
葛西さんから告げられた話は。端的に言えば、僕がここに来たら警察に連絡する手はずになっているというものだった。だが、彼はまだ警察には連絡していないそうだ。
「ひとつだけお願いしてもいいですか?」
「なんですか、坊っちゃん?」
「僕は絶対に逃げるようなことはしません。だから警察に連絡するのは少し待ってもらえませんか? これから杏珠が何をしようとしているのか見届けたいんです」
わかりましたと答える葛西さん。僕の意を汲んでくれたことに感謝する。
「あの? 変なことを聞くようですけど、坊っちゃんは……その……」
「心配ありませんよ。僕は人を殺すようなことは絶対にしません」
言いにくそうにしていたので、質問の内容を察して先を打った。すると葛西さんはですよねと表情を明るくするのだった。
…………
時刻が夜の10時を回るとイベントが始まった。
「そうか……これが……」
ホール中に集まる沢山の人々。皆が一丸となってひとつのことを成し遂げようとしている。朝倉君のもとに送られてきたメールアドレスにメールで返信する。
そんなことで世界の終わりを防げるとは到底思えない。けれど、杏珠にはそれをそう思わせてしまう力があった。
いや……
ここにいるみんなだって初めから気がついているのかもしれない。
こんなことで世界を救えるわけないと――
そもそも世界の終わりなんてないってことを――
だけど、杏珠の必死に頭を下げる姿を見て心を打たれた、あるいは空気を読んでくれたのかもしれない。
目の前に広がる光景はいつか見た母の予言の日のようだった。
杏珠……頼もしい限りだ。
もしも連続殺人事件の犯人が、米座さんの――そして僕の推理通りカムライ教に関係している人間なら、少なからずカムライ教は非難されることになるだろう。
だがこれなら……
――もしかしてこれを見越して母は『世界の終わり』を予言したんでしょうか?
母亡き後、カムライ教の結束を強くするために……
――まさか……ですよね。
自嘲する。
「坊っちゃん……来たようです」
警察にはすでに連絡済みだった。どうやらそれが到着したようだった。
「ええ、わかりました」
僕は事務所へと戻り、裏口から外へ出た。辺りは闇に染まり、厳しい風が吹き付けてくる。
駐車場内にライトを付けている一台の車があった。あちらも気付いたようで、僕は一瞬そのハイビームライトに照らされる。
車から降りてきた2人の人物に対し僕は宣言する。
逃げも隠れもしない――
さあ、僕の知っているすべてを語ろう……




