螯?Φ縺ョ譫懊↓
世界はまわる。ううん。回っているのは私のほうかもしれない。だって、吐きそうだから。
――きっと……三半規管がバグってるんだ。
この世界における人ひとりの価値などちっぽけな存在だ。私一人消えたところで誰も困らない……誰も悲しまない……ならばいっそ――
『何を弱気になっておるんじゃ?』
誰かの声が聞こえる。もしかして朝倉くん?
『しっかりせんか。某じゃよ』
その声は、死んだはずのニコチンさんだった。
『お主にはまだやることが残っておるじゃろ? 某が託した聖剣はどうした? 魔王はまだ生きておるぞ?』
どうでもよかった。だって、私がやらなくても誰かがやってくれるから、私の代わりなんていくらでもいるから……
『ふむ。完全にやる気をなくしておるようじゃな。――まあ、否定はせん。某にもそういう時期があったからのぅ……
剣の修業は厳しかった。修練についていけず逃げ出したこともあった。人生はまだまだ長い。自分が戦士にならずとも、どうせ誰かが戦士になって任務をまっとうしてくれる……。だったら修行はまた明日やればいい、明日から始めよう――そう思って翌日を迎えると、また同じことを考える。明日やろう……明日から始めよう……
そうやって、永遠に明日は来ない――。困ったもんじゃ。
じゃがな? ニンゲン死ぬ気になれば何でもできるとは思わんか? 某もそうやってイマを克服したんじゃ。
消えてなくなってもいいじゃと? ならば魔王に殺されてくればよいではないか? それでお主が魔王に勝てたのならそれはそれで御の字じゃ。負けても次の誰かが立ち上がるじゃろうて』
玉砕覚悟で行けってことだ……簡単に言うよね。
『今となっては所詮他人事じゃしな。某は戦って死んだ。何を言ってももうバチは当たらん。それに、お主は重要なことを忘れおる』
「重要なこと?」
『そうじゃ。お主にはこの音が聞こえんかの?』
そう言われて私は耳を澄ませる。
すると、ピコン、ピコン、ピコン――と、等間隔に電子音が聞こえてくる。その音はやがて、明確な文字となって私の脳に流れ込んでくる。
「杏奈さん私達は祈っています!」「どうか世界を救ってください。お願いします」「これまでお祈りをサボってごめんなさい。これからは毎日ここに来ます!」「杏奈さん、このメッセージ届いてますか?」「母杏奈! 俺はあなたの言葉に救われたんです。感謝しています」「杏奈様、どうか世界を救ってください!」「あたしイヤです。もっと楽しいこといっぱいしたいです」「お母様、受け取っていますか? 私たちの祈りを」
繰り返される電子音とともに大量のメッセージが間断なく押し寄せてくる。
でも、杏奈って誰? それって私のこと? そういえば、朝倉くんが返してくれたメールにも杏奈って書いてあったっけ……
――あれ? もしかして私の名前って杏奈だったっけ? そうだったような……違うような……
『わからぬか? お前さんに期待しておる者達の声じゃ。お前さんは皆に愛されておる、必要とされておる証拠じゃ。果たして、ほかの者にお主の代わりが務まると思うかの?』
「私へのメッセージ……それじゃあ――」
私は愛されている。世界中の人々に期待されているの?
沢山の人たちが魔王を倒せと激励してくれているの?
そうだ……だったら、私は戦士にならなくちゃいけない!!
世界を救って、朝倉くんと結婚するんだ!!
『どうやら覚悟は決まったようじゃな。――おお? 目覚めの時が近いようじゃ。とにかく某はお主に託した。それだけは忘れんでくれ』
回る世界。ホワイトアウトする――
…………
私は魔王を倒しにいかなければならない。黒いマントを羽織り、白い仮面を装着する。手には聖剣を携え、魔王のもとへ――
「ちょっとあんた!? なんて格好してるの!!」
城の外へと続く扉の前で、門兵が立ちはだかる。魔王討伐の前哨戦としてはいい相手だ。
手にした聖剣を振るいブチころしてやった。実にあっけない。
「ヒョエエッ!?」
情けない声がした。振り返ると、腰を抜かしている別の門兵がいた。戦意を喪失しているようだが情けはかけない。
再び剣を振り、ブチコロシテやった――
「――?」
ふと、何者かの気配を感じ振り返った。そこにはクマのモンスターがいた。どっしりと床に座りこちらの様子をうかがっている。随分と小柄だが油断はできない。どう動く? ――いや、こういうのは先手必勝だ!
私は剣を振り上げモンスターに向かって突進した。クマはなんの抵抗もせず倒れた。ちょっと様子を見ても起き上がる気配はない。もしかして悪いモンスターじゃなかったのかもしれない。
――殺るからには必ず仕留めるんじゃ、決して情けは掛けてはならんぞ――
ニコチンさんの言った言葉が思い出される。
――そうだった!
「情けをかけてはダメ! 情けをかけてはダメ!」
私は持っていた剣をクマの喉に突き刺し、思いっきり力を入れ切断した。切断されたクマの動体から白い腹ワタが飛び出した。
「はぁ、はぁ……」
幸先のいいスタート。こちらは一切ダメージを受けていない。これなら魔王討伐も容易だろう。
武器をしまって立ち上がり進み、城門を開けた。その向こう、東の空に陽の光が見える。まるで私の旅立ちを祝福してくれているかのよう。
私の最初の一歩が外の大地を踏みしめる。
「朝倉くん。待っててね!」
頭の中は朝倉くんのことでいっぱいだった……
…………
戦闘は必要最小限に留めるべきだ。道を移動する際は人目を避けるように行動した。雑魚を相手にして無駄に体力を減らすことはしない。
しかし勇んで外へ出たはいいものの、実際魔王がどこにいるのかよくわかっていない。
「ん?」
遠くの方から迫ってくる自転車が見えた。急いで沿道の木の陰に隠れる。自転車が私のすぐ近くを通り過ぎていった。
――あれ?
乗っていたのは朝倉くんだったような気がした。
朝倉くんが来た方向を見る。
そちらの方角にあるのは確かカムライ教だ。カムライ教、朝倉くんが足繁く通う教会だ。
「教会? そうだ……セーブしておかなくちゃ!」
私はカムライ教へと足を運ぶことにした。
――――
長い坂を登り切ると、目の前に清潔感のある白い建物が出現する。扉を開け、中へと進む。
ホール内にはステージに向かて弧を描くようにきれいに並べられたイス。そのステージ奥には名も知らぬ神の偶像が置かれている。
「あ、そっか」
ここが私と朝倉くんの結婚式を挙げる場所に違いない。そう思うととても感慨深いものがった。きっと多くの信者さんたちに祝福され幸せな家庭を――
「ちょっと朝倉ぁ! ウチをひとりにしてどっか行くとかひ、ど……い……」
奥の扉から美守茜が出てきた。
――どうしてこの女がここに!?
思わぬ人物の登場に、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。
「だ……れ……?」
……はっ!?
そう言えば、そもそも私の目的はこいつを殺すことだ!
思い出したら体が勝手に動いた。
美守茜に向かって突撃する。
相手は慌てて奥の部屋へと逃げ込んでいく。
逃さない――! 絶対に――!
部屋の入口まで来ると、美守茜は部屋の奥で壁を背に立っていた。
どうやら、私が今立っている場所以外に出入り口はないようで、労せずして相手を追い込む形になった。
ただ……
狡猾なこの女のことだから、なにか罠が仕掛けられている可能性もあるかもしれない。
警戒している素振りも演技かもしれない。
私はゆっくりと室内を確認する。
畳まれた布団と敷かれたままの布団。
敷かれたままになっている布団の方にはキレイにたたまれた制服があって……
――うん……?
そう言えばさっき、カムライ教の方角から来た朝倉くんとすれ違った。そしてこの女はさっき朝倉くんの名前を呼んでいなかっただろうか……
しかもひとりにするなと愚痴っていた。
朝倉くんと美守茜はここに2人きりだった――
布団は一つしか敷かれていない――
側には畳まれた制服――
あってはならない!! 絶対ダメ!! だって、私もまだしたことないのに!!
そんな事は絶対にあってはならないっっっっっ!!!
「ふぎぃぃぃぃいいやぁぁぁっぁっぅああおぅっ!!!!」
体が自然と動いた。私は一気に距離を詰め、手にしていた包丁を美守茜の腹に突き刺した。
「うがっ!!」
互いの息が掛かるくらいの距離。
美守茜からちょっと酸っぱい臭いがした。
――まさこいつお風呂に入ってない!? 清めていない身体で朝倉くんと寝たの!? この女はっ!!
包丁を抜き取ると、美守茜は力なくその場に座り込む。
「はぁ……ぁ……」
うつろな目でこちらを見上げる
「朝倉の……ウソつき……」
――ウソつき?
朝倉くん「ぼくが一生守ってあげるからね」
美守茜「ほんと!? 茜ちょー嬉しい! チュッ!」
昨晩はきっとこんな会話のやり取りをしていたに違いない。それで、守ってくれなかったから朝倉くんがウソつきって? ふざけるなっ!! 朝倉くんをたぶらかしてっ!!
「んがぁっ!!」
私は美守茜の顔面を蹴り飛ばして仰向けにし、そして馬乗りになった。
きっと今頃、朝倉くんの遺伝子ちゃんたちがこいつの腹の中を元気に泳いでいるに違いない。
それはダメ! 絶対ダメ!
手遅れになる前に早く掻き出さないと醜い化け物が誕生してしまう。
「――ッ」
コツンと美守茜が私の仮面を撫でる。
美守茜の手についた血が糊の役割を果たして仮面がズレた。
そして、下に落ちる。
「……ぁ……」
慌てて仮面をつけ直すより目を潰すほうが早いと思った。
「ふんぬっ!!」
左右の目を潰す。
そして私は当初の目的を果たす。
お腹に包丁を突き立てて、まぁるい形になるようにギコギコ。そして皮膚を剥がす。中には真っ赤に濡れた袋のような臓器。それを鷲掴みにして引きちぎるようにして取り出した。
「この中に、朝倉くんの遺伝子ちゃんが……でもゴメンねぇ、こんな汚い場所を泳いでるより死んだほうがましだと思うの。だからね――」
私は立ち上がり、それを思いっきり畳の上に叩きつけた。
まだ足りない。その上から思いっきり踏みつけ、右に左にと捻りを加える。
「……浄化完了!」
ふうっと一息付くと、ホールの方から物音が聞こえてきた。
誰かいる? だとしたらマズい……
私は慌てて落ちていた仮面を装着し直した。
この部屋には出入り口が一つだけ。外に出るためにはホールを通らないといけない。
とにかく急いで逃げることにした。
こっちは仮面を付けて黒いマントを着ているから私の正体がバレることはないはずだ。私は勢いよく部屋を飛び出した。ホールには知らない男の人がいた。
「何だ、お前は!?」
男がこちらに気付いた。けど、声を上げただけでこっちに来ることはしないようだ。
それは私にとってはありがたい話で、いとも簡単に外へ出ることができた。
立ち止まらず走る。坂を駆け下りながら包丁を脇の樹林に向かって放る。仮面も外して投げ捨てマントも捨てる。坂を下り終える頃には、私はどこからどう見ても普通の人になった。
「ふぅ……」
呼吸を整え何食わぬ顔で道を歩く。
これで……すべてが終わった……
「ヤッター!!!」
両手を上げて喜びの声を天に伝えた。




