謫阪i繧後@蟄伜惠
どこからか吹く風が甘い香りを運んでくる。真上に登る日が燦々と照りつける。湿度はなくカラッとした暑さが肌を差す。荒野にニコチンさんが仰向けに倒れていた。
『もはや、これまでか……』
ニコチンさんの身体はところどころ破れていた。そこからこぼれたおが屑のような粉が吹く風に舞い、消える。
「大丈夫ですか?」
相変わらずエコーのかかった私の声。
ニコチンさんを見れば大丈夫じゃないことはわかる。だけど、なんて声をかければいいのかわからず、そんな言葉を投げかけるしかできなかった。
『某の心配をしてくれるのか……。じゃが、もう長くはないようじゃ……』
その声は後悔の念を孕んでいた。
『お主にこれを――』
そう言って、私に向かって持っていたサーベルを突き出し、『某に代わって魔王を……』と、無理なことをお願いしてくる。しかし、死に瀕した彼の言葉を無碍にもできず、私はそのサーベルを受け取った。ずっしりとした重みを感じるが不思議と手に馴染んだ。
その瞬間ニコチンさんは穏やかな顔を浮かべキラキラと輝く粒子となって霧散した。
サーベルを手にどうしたものかと迷っていると、突然辺りに暗雲が立ち込める。そして先程まで存在していなかったはず城壁が目の前に現れた。
開いた口が塞がらないとは正にこのこと。展開が早すぎて思考が追いつかない。だとしても、今の私には進むしか選択肢がない。城門を押し開けた。
ギギギと油の乾いた音を立てて鉄扉が開く。見た目よりも軽い扉だった。中はどんな感じなのかと思えば、扉を開けた先は広い部屋になっていた。石造りの四角い部屋で壁には松明が差してあり、その火の灯りが広い空間を弱々しく照らしていた。
そして部屋の奥中央は少し高くなっていてそこに置かれた豪奢な椅子に肘を付きながら足を組んで座っている女がいた。
「うそ……だ」
その女は戸波さんだった。白かった肌は病的なまでに青白く変色していて目は落ち窪み頬は痩けていたけ。服から覗く腕や足が筋張っていたけどど間違いなく戸波さんだった。
きっと化けて出てきたのだ。蘇ったのだ。戸波ゾンビなのだ。
戸波ゾンビは椅子から立ち上がり無言で指を鳴らした。すると戸波ゾンビが立っているすぐ側の床を付き突き破るように長い棒が飛び出してくる。それはおよそ2メートルほどの槍だった。
その武器の取り出し方、ちょっとかっこいいと思ってしまった。
戸波ゾンビは槍の柄を掴んでその先端をこちらに向けるようにして、腰を低くして構える。
サーベルなんて使ったことはない。でも相手がやる気ならこっちも構えないわけにはいかない。私はニコチンさんから託されたサーベルを正眼に構えた。――と同時に戸波ゾンビがこちらに向かって、床を滑るように疾走る。
私は構えを解いて横に逃げた。すると戸波ゾンビは猪突猛進ってな具合にそのまま壁に激突した。そして四肢がバラバラになって崩れた。映画やゲームのようにしぶとく立ち上がってくることはなかった。
「……え? これでいいの?」
ちょっと拍子抜け。でもありがたかった。いくらゾンビとはいえあの戸波さんと正面からぶつかって勝てるとは思えないから。
しかし、ひとり取り残された私はこれからどうすればいいのかと部屋の中を見回した。すると、さっきまでと戸波ゾンビが座っていた椅子が地面に沈んでいくように下に移動して、それと入れ替わるようにして別のものが現れた。
それは縦にした楕円形のなにか。人間サイズの薬のカプセルのような形で下半分が橙、上半分が白い色をしていた。その身体(?)から直接手足が生えていた。こんなキャラクターが登場する薬のテレビCMを見た記憶がある。
『よく来たな勇者よ』
変成器を使ったみたいな機械的な声が室内に響く。
どうやらその人(?)は私のことを勇者だと勘違いしているみたいだった。
「私は勇者じゃないですけど?」
『何を言う。そのサーベルこそが勇者の証。――それに我が下僕を易々と倒したではないか!』
私は自分が手にしたサーベルを見る。どうやらこれは“伝説の~”的な何かなようだ。あと、戸波ゾンビは勝手に死んだのだ私は文字通り指一本触れてない。それは倒したとは言わない。
『我が名はケンコウ。いざ尋常に勝負!!』
カプセルはケンコウと名乗り、私に向かって剣の切っ先を向ける。
ケンコウというのは確かヒンコウホウセイ国の魔王の名前だったはずだ。その魔王が尋常に勝負を挑んでくるというのもおかしな話だ。
もしかするとヒンコウホウセイとは品行方正のことなのかもしれない。だから礼儀正しいのかも……などと考えていると、ケンコウは私との距離を詰めるように遅いかかかってくる。
急いでサーベルで受け止めようとしたけど、使ったこともないものでどうやって相手の攻撃を受け止めていいかわからず、慌てて相手の攻撃をかわす方向に切り替える。
戸波ゾンビの時だってそれでなんとかなったんだから――私は同じ要領で相手の攻撃を横にかわす。
『キエエエエエッ!!』
ケンコウの振り下ろした縦一文字がさっきまで私がいた場所の石畳を砕いた。
「ひいっ!?」
あまりの迫力に思わず声を上げる。
ケンコウが私の方に視線を向ける。
戸波ゾンビは勝手に壁に激突したけど今度はそうはいかないようだ。
ケンコウがこちらに向きを変えて剣を振り上げながら距離を詰めてくる。
攻撃しなければ勝つことはできない、ならば――
私はとにかくがむしゃらにサーベルを振り回した。
「うわああああああっ!!」
気勢を上げてケンコウを迎え撃つ。
こんなとこで死ねないのだ私は。
――私には夢がある。
――朝倉くんと結婚して幸せな家庭を築くんだ。
しかし、私の思いも虚しく振り回していたサーベルがいとも容易くケンコウに弾かれてしまった。弾かれたサベールが天高く飛んでいく。
『まるで素人ではないか!』
――はい、まったくそのとおりです。
「んぎゃっ!!」
私は足を払われ背中から床に倒れしたたか頭をぶつけた。後頭部から背中にかけて電気が走ったみたいな痛みに襲われる。
仰向けの私に向かって切っ先を向けるケンコウ。
『勝負あっ――』
勝ちのセリフが途中で止まった。
先程打ち上げられたサーベルが幸運にもケンコウの後頭部めがけて落ちてきて突き刺さったのだ。
「ま、間抜けすぎる……」
ケンコウの頭部に徐々に亀裂が入っていく。
そして、カプセルの上半分――白い部分が砕け散り、刺さっていたサーベルが地に落ちて乾いた音を立てる。
「え……そんな……」
私は自分の目を疑った。砕け散った部分からは人間の上半身が現れた。どうやら中に人が入っていたらしい。そしてその人物は、美守さんと瓜二つだった。
突然石造りの天井の一部に穴が空きそこから光の筋が差し込んで来て美守さんがその光に照らされる。光に照らされた彼女の体がふわりと宙に浮きゆっくりと上空へ登っていく。
それはまさに天使たちに導かれて天に召されるような光景……エンジェルラダーとはよく言ったものだ。
何が起きているのかわからず、私はその光景を美守さんの姿が見えなくなるまでただ呆然と見上げていた。それからゆっくりと体を起こして落ちていたサーベルを拾って立ち上がった。
――そうか……そういうことだったんだ!!
私はすべてを理解した。けどその瞬間巨大な地響きとともに足場が崩れ始めた。
そして、私の体は地の底へと落ちていく――




